三月、卒業式の日になった。
 これで三年生とこの学校で会えるのは、本当に最後。
 わたしたちは“さくらと別れ”という吹奏楽では有名な曲を披露することになった。
 この曲は、三年生も吹いたことがある曲らしい。

 「こころ、おはよ」

 「先輩、おはようございます。いよいよ卒業式ですね」

 「だね。あたしたちの音で里奈先輩の卒業を見届けよう。……それより、あたし、考えがあるんだ」

 「えっ、考え?」

 わたしの言葉に、愛良先輩は頷いた。

 「たぶん、今まで一度もやったことないと思う。ただ部長として、あたしはやりたい」

 「どういうことですか……?」

 「楽しみにしてて。須田先生にはさっき話して、なんとか許可貰えたから」

 先輩の考えって、何だろうか。
 わたしは疑問になりながらも、「分かりました」と答えた。
 クラスごとに体育館へ集まるのだけど、吹部の出番は入場のタイミングなので、わたしたちは一足早く楽器を持って体育館へ向かった。
 すると驚いたことに、里奈先輩がトランペットを持って吹いていた。先輩だけじゃなく、沙羅先輩や三年生の先輩全員。

 「里奈先輩っ!」

 「こころちゃん。おはよう」

 「おはよう、ございます。あ、あの、どうしてトランペットを持っているんですか!?」

 「あっ、まだ後輩ちゃんたちは知らないんだもんね。……愛良ちゃんの提案で、わたしたち三年も“さくらと別れ”の曲に参加することになったの」

 ……うそ。じゃあ愛良先輩がさっき言ってた考えって。
 三年生の先輩も、わたしたちの合奏に参加することだったんだ。
 そっか、三年生の先輩たちはこの曲を吹いたことがあるから、楽譜を見ればきっと吹けるんだ。
 わたしは嬉しくてたまらなくなる。瑠夏ちゃんたちも同じ気持ちのようだった。

 「びっくりしたでしょ、こころ」

 「は、はい。でも、どうして急に?」

 「あたしがそうしたかったから。三年の先輩たちと吹けるチャンスは今日しかないと思って。最後に思い出を作りたいって里奈先輩も言ってたしね」

 「もう、愛良ちゃんてば全部バラすんだから!」

 愛良先輩はおかしそうに笑う。
 もう一度先輩たちの絡みを見ることができて、とても嬉しかった。
 やっぱり部長が愛良先輩で良かった。先輩でないと、絶対にこの考えは実行できなかったと思う。
 それを急遽許可してくれた須田先生にも感謝しかない。

 「先輩と、もう一度吹けるんですね。すごく嬉しいです」

 「わたしも嬉しい。最後がこの曲って、何だか泣けちゃうね」

 「はい。絶対泣きます」

 「ウチもー!」

 と、瑠夏ちゃんが話に入ってきた。
 三年生が引退してから、ずっと一人で頑張ってきた瑠夏ちゃん。きっともう一度沙羅先輩と吹けるだなんて、よっぽど嬉しいだろうな。
 絵莉ちゃんも、サックスの三年生と楽しそうに話していて、わたしまで嬉しくなった。

 「吹奏楽部のみなさん、集まってください。きっともう気づいてると思いますが、今朝部長の松嶋さんからの提案で、最後に三年生のみなさんも合奏に参加することになりました。では元部長の中澤さんからひとことどうぞ」

 急な須田先生からの言葉に、里奈先輩は「えぇっ」と慌てながらも前に出た。

 「えっと……本当に愛良ちゃんからの提案が嬉しいですし、先生も許可してくださってありがとうございます。わたしたち三年は今日で卒業します。だから最後に、最高に楽しく演奏したいと思います! じゃあ部長の愛良ちゃん、ひとことどうぞっ」

 「ちょ、あたしも!?」

 先輩たちのコントに部員全員が笑った。
 今日が卒業式だと思えないほど、わたしたちはいつものように明るい。

 「三年のみなさん、ご卒業おめでとうございます。今日がこのメンバーで演奏できる最後のステージになります。“さくらと別れ”は、卒業にぴったりの曲ですが、里奈先輩も言ったように最高に楽しく演奏しましょう!」

 「はい!」

 「ふたりとも、ひとことありがとう。じゃあみんなで頭から通します!」

 何度か通し練習をし、本番がやってきた。
 わたしは椅子に座ると、隣に里奈先輩がいることにとても感動してしまった。
 先輩は愛良先輩と同じく、ファーストを吹くらしい。セカンドを吹くのはわたしだけだから、頑張らないと。

 「愛良ちゃん、こころちゃん。頑張ろうね」

 「はい!」

 「もちろんです」

 わたしたちは、掌を出し、小さくハイタッチをした。
 そして須田先生が指揮を振り、わたしたちの演奏が始まった。
 最初はクラリネットのソロから始まる。この曲は途中トランペットのソロもあるので、愛良先輩と里奈先輩、どちらが吹くのだろうと思っていた。

 フルートの繊細な音、クラの柔らかい音、サックスの深みのある音、ホルンの神秘的な音、ユーフォの包み込むような音、チューバの重く低い音、パーカッションの軽快な音、そしてトランペットの華やかな音が響く。
 どれも輝いていて、“さくら”と“別れ”を表現しているかのようだった。

 トランペットソロの瞬間、里奈先輩と愛良先輩、ふたりとも立った。そして一緒にソロを吹いていた。
 ……素敵。ふたりで吹いているはずなのに、一本のトランペットに聴こえる。
 事前に何度も練習したに違いない。わたしからすれば、とんでもないサプライズだった。
 まるでトランペットのソロは、音が泣いているかのように儚かった。

 どの学年の人も席でわたしたちの音を聴いていて、涙を流す三年生もいた。
 わたしも吹いている途中、泣きそうになった。そのときふと隣の里奈先輩を見ると、先輩は何粒もの涙を流していた。

 ……今年、支部大会出場したかったな。
 もっと練習しておけば良かった。もっと頑張れば良かった。そしたら三年生ともっとたくさん部活ができたのに。
 そんな後悔が溢れてくると同時に、入部してからの一年間の思い出が巡る。

 辛いことも苦しいことも、たくさん悩んだこともあったけど、どれもかけがえのない思い出ばかり。
 さくらのように、美しいと思った。

 まだ終わってほしくない。だけど絶対、別れは来てしまう。
 そして、わたしたちの“さくらと別れ”は幕を閉じた。
 吹き終わった瞬間、涙がこぼれる。みんなも同じだった。

 「吹奏楽部のみなさんの演奏でした。ありがとうございました」

 わたしたちは楽器と椅子の片付けをし、クラスごとの席へ着いた。
 卒業式が終わったら、里奈先輩にちゃんとさよならを言おう。そう思った。