秋が終わり、もう十二月に突入し、寒い冬の季節がやってきた。
文化祭では吹部も出演し、数曲披露した。みんなリズムに乗って楽しそうに聴いてくれていたことがとても嬉しかった。
今、部活では基礎練習や卒業式に吹く曲を決めて練習しているところだ。
ある日、いつものように土曜日部活へ行くと、トランペットの音が聴こえてきた。だけど愛良先輩の音ではないような気がした。
……うそ。もしかして!
わたしは急いで階段を駆け上がり、部室へ向かう。
「えっ、こ、こころちゃん!?」
「里奈先輩……!」
勢いよくガラガラッとドアを開けると、そこにはトランペットを吹く里奈先輩の姿があった。
やっぱりこのトランペットの音は、先輩だったんだ。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「いや、あの、トランペットの音が聴こえてきたので、つい……。先輩こそどうしてここに? 受験とか大丈夫なんですか?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
そう言って先輩は、わたしにピースサインを向ける。
「なんとなんと、大学受験はもう終わりました!」
「えっ、もう終わったんですか!?」
「うん、私立の推薦だったからね。もう合格発表がこの前出たんだ」
だからまだ十二月なのに受験が終わったんだ。
そんなに喜んでいるということは、もしかして。
「合格、したんですか?」
「うん!」
「おめでとうございます! さすがです」
「へへ、ありがと」
先輩は嬉しそうに微笑んだ。
……久しぶりに見れたな。先輩の笑顔。
わたしも元気をもらえた気がした。
「それで、今日はどうしてここへ来たんですか? というか楽器室開いてたんですね」
「あぁ、それは須田先生に開けてもらったんだー、トランペット吹きたくなっちゃって。これからわたし、勉強に専念するから学校休むことも増えるんだ。だから今日しかないと思って」
「へぇ、そうなんですね」
もしかして、専門学校だったりするのかな。それも音楽の。
里奈先輩がトランペットを続けてくれるんだったら嬉しいな。
そんなわたしの期待に答えを出すかのように、先輩は俯いた。
「……実はね。もう、トランペットは続けないつもりなの」
「えっ」
「ごめんね、たぶんこころちゃんも愛良ちゃんも……みんなもわたしがトランペットを続けるんだと思ってるよね。部長だったし」
「は、はい……でも、どうして」
急なことに、わたしは理解ができなかった。
じゃあ、もう先輩のトランペットの音を聴くことはできないのだろうか。
「わたし、美容師になりたいんだ。小さいころからの夢だったの。だからそれを叶えるために、専門学校に行くことにした。……だから、トランペットとは高校でお別れしようと思って」
「でも、趣味で続ける人は、たくさんいると思うんですけど……」
「わたしも考えた。マイ楽器を買って、楽しく吹くのもいいんじゃないかなって。でも、今はそんな自分を想像できないから。もっと大人になったら、考えは変わるかもしれないけどね」
先輩は手に持っているトランペットを見つめながらそう言った。
きっと、中途半端な気持ちでどちらもやるなんてことはしたくないんだ、先輩は。
「そう、ですか」
「うん、ごめんね。だから最後に吹きに来たんだ。わたしはそろそろ帰るね」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「三十分ぐらい吹いたから。ありがとうね、こころちゃん」
その“ありがとう”には、先輩と一緒にトランペットを吹いた半年間の思い出が詰まっている気がした。
わたしは帰宅の準備を終えた先輩に軽くお辞儀をする。
「お疲れ様でした。あの……美容師、里奈先輩なら絶対なれます。頑張ってください」
「えー、嬉しいな。ありがとう。もしわたしが美容師になれたら、こころちゃんの髪も可愛くさせてね」
「光栄です!」
「ふふ、じゃあまたね」
里奈先輩は、部室から去っていった。
その約十分後に、愛良先輩が登校してきた。わたしは悩んだ末、里奈先輩のことを伝えることに決めた。
「あの、先輩。里奈先輩のこと、聞いてますか?」
「里奈先輩? 聞いてないけど、何かあった?」
「……トランペット、辞めちゃうみたいで」
そう言うと、先輩は「あぁー、でしょうね」と呟いた。
もっと驚くものかと思っていたから、わたしのほうがびっくりしてしまう。
「お、驚かないんですか?」
「だって里奈先輩、トランペットに一途ってわけじゃなかったし。吹奏楽部が好きなんでしょ、きっと」
吹奏楽部が好き……。
一人でプロとして楽器奏者を続けるより、みんなで奏でる吹奏楽が好きなんだ。わたしもそうかもしれない。
「ま、あたしは何があっても絶対続けるけどね」
「……先輩ならそう言うと思ってました」
「でしょ。あたしほどトランペットを愛してる人はいないと思うよ」
「そうですね。たぶん、わたしは負けてます」
わたしたちは笑った。
わたしは、里奈先輩みたいになりたい夢を目標に、努力をするのだろうか。それとも愛良先輩のようにトランペットを続けて、プロを目指すのだろうか。
もう二年後には、きっと進路は決まっているはず。二年という短い期間で、わたしは将来を決めることができるのかなーー。
文化祭では吹部も出演し、数曲披露した。みんなリズムに乗って楽しそうに聴いてくれていたことがとても嬉しかった。
今、部活では基礎練習や卒業式に吹く曲を決めて練習しているところだ。
ある日、いつものように土曜日部活へ行くと、トランペットの音が聴こえてきた。だけど愛良先輩の音ではないような気がした。
……うそ。もしかして!
わたしは急いで階段を駆け上がり、部室へ向かう。
「えっ、こ、こころちゃん!?」
「里奈先輩……!」
勢いよくガラガラッとドアを開けると、そこにはトランペットを吹く里奈先輩の姿があった。
やっぱりこのトランペットの音は、先輩だったんだ。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「いや、あの、トランペットの音が聴こえてきたので、つい……。先輩こそどうしてここに? 受験とか大丈夫なんですか?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
そう言って先輩は、わたしにピースサインを向ける。
「なんとなんと、大学受験はもう終わりました!」
「えっ、もう終わったんですか!?」
「うん、私立の推薦だったからね。もう合格発表がこの前出たんだ」
だからまだ十二月なのに受験が終わったんだ。
そんなに喜んでいるということは、もしかして。
「合格、したんですか?」
「うん!」
「おめでとうございます! さすがです」
「へへ、ありがと」
先輩は嬉しそうに微笑んだ。
……久しぶりに見れたな。先輩の笑顔。
わたしも元気をもらえた気がした。
「それで、今日はどうしてここへ来たんですか? というか楽器室開いてたんですね」
「あぁ、それは須田先生に開けてもらったんだー、トランペット吹きたくなっちゃって。これからわたし、勉強に専念するから学校休むことも増えるんだ。だから今日しかないと思って」
「へぇ、そうなんですね」
もしかして、専門学校だったりするのかな。それも音楽の。
里奈先輩がトランペットを続けてくれるんだったら嬉しいな。
そんなわたしの期待に答えを出すかのように、先輩は俯いた。
「……実はね。もう、トランペットは続けないつもりなの」
「えっ」
「ごめんね、たぶんこころちゃんも愛良ちゃんも……みんなもわたしがトランペットを続けるんだと思ってるよね。部長だったし」
「は、はい……でも、どうして」
急なことに、わたしは理解ができなかった。
じゃあ、もう先輩のトランペットの音を聴くことはできないのだろうか。
「わたし、美容師になりたいんだ。小さいころからの夢だったの。だからそれを叶えるために、専門学校に行くことにした。……だから、トランペットとは高校でお別れしようと思って」
「でも、趣味で続ける人は、たくさんいると思うんですけど……」
「わたしも考えた。マイ楽器を買って、楽しく吹くのもいいんじゃないかなって。でも、今はそんな自分を想像できないから。もっと大人になったら、考えは変わるかもしれないけどね」
先輩は手に持っているトランペットを見つめながらそう言った。
きっと、中途半端な気持ちでどちらもやるなんてことはしたくないんだ、先輩は。
「そう、ですか」
「うん、ごめんね。だから最後に吹きに来たんだ。わたしはそろそろ帰るね」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「三十分ぐらい吹いたから。ありがとうね、こころちゃん」
その“ありがとう”には、先輩と一緒にトランペットを吹いた半年間の思い出が詰まっている気がした。
わたしは帰宅の準備を終えた先輩に軽くお辞儀をする。
「お疲れ様でした。あの……美容師、里奈先輩なら絶対なれます。頑張ってください」
「えー、嬉しいな。ありがとう。もしわたしが美容師になれたら、こころちゃんの髪も可愛くさせてね」
「光栄です!」
「ふふ、じゃあまたね」
里奈先輩は、部室から去っていった。
その約十分後に、愛良先輩が登校してきた。わたしは悩んだ末、里奈先輩のことを伝えることに決めた。
「あの、先輩。里奈先輩のこと、聞いてますか?」
「里奈先輩? 聞いてないけど、何かあった?」
「……トランペット、辞めちゃうみたいで」
そう言うと、先輩は「あぁー、でしょうね」と呟いた。
もっと驚くものかと思っていたから、わたしのほうがびっくりしてしまう。
「お、驚かないんですか?」
「だって里奈先輩、トランペットに一途ってわけじゃなかったし。吹奏楽部が好きなんでしょ、きっと」
吹奏楽部が好き……。
一人でプロとして楽器奏者を続けるより、みんなで奏でる吹奏楽が好きなんだ。わたしもそうかもしれない。
「ま、あたしは何があっても絶対続けるけどね」
「……先輩ならそう言うと思ってました」
「でしょ。あたしほどトランペットを愛してる人はいないと思うよ」
「そうですね。たぶん、わたしは負けてます」
わたしたちは笑った。
わたしは、里奈先輩みたいになりたい夢を目標に、努力をするのだろうか。それとも愛良先輩のようにトランペットを続けて、プロを目指すのだろうか。
もう二年後には、きっと進路は決まっているはず。二年という短い期間で、わたしは将来を決めることができるのかなーー。



