三年生が引退して、一年生と二年生だけでの部活は今日が初めてだ。
須田先生によると、今日は小学生との交流会の練習ではなく、基礎合奏をするらしい。
部室へ向かうと、楽器室から自分のトランペットを出した。いつもはもう無いはずの里奈先輩のトランペットがあることに、少し違和感を覚える。
……そっか。三年生はもういないんだもんね。
「先輩、お疲れ様です」
「こころ、お疲れー」
愛良先輩に軽く挨拶を交わし、自分の席に着く。
里奈先輩がいないから、これからわたしは一つ隣の席、つまり愛良先輩の隣に座ることになった。
目の前には柚乃ちゃんが座っている。
「ではみなさん揃ったということで。起立、お願いします」
「お願いします!」
「今日は基礎合奏をメインにやっていきたいと思います。初めての一年生と二年生だけでの部活で不安だと思いますが、いつも通りの実力を発揮してくださいね」
「はい!」
わたしたちは、クラを基準に順番にチューニングしていった。
けれど、木管楽器はなかなか二年生も一年生も、ピッチを合わせるのに時間がかかっていた。
やっとトランペットの番になった。愛良先輩は一発で完璧にピッチが合っていた。
一方わたしはと言うと、何度か調整してピッチが合ったという感じだ。
「じゃあみんなでチューニングして、そのあとスケールやります」
スケールとは、音階練習のことだ。長音階や短音階、半音階など、さまざまな種類の音階を練習する。
「いち、に、さん、しっ!」
わたしたちは先生の指揮で一斉に音を出す。
……音が濁っていたり唸っていたり、ピッチがズレている。
それに、音量も全く出ていない。これでは小さすぎる。
みんなもそれに気づいているのか、あやふやな顔をしながら吹いていた。
それに音階練習も、間違えている人が多かった。
「はい、ストップ。みんな全然音量出てないし、音間違えてる人もいる。じゃあ半音階をパートごとにやってみて」
実際に吹いて先生に「合格」と言われたのは、ホルン、ユーフォ、チューバだけだった。
わたしは緊張のあまり何度も音を間違えてしまった。完璧にできていた愛良先輩に申し訳ない。
そう思っていると、先生はため息を吐いた。
「みんな、ちゃんと練習してる? コンクールがあったから忙しかったとは思うけど、スケールはすごく大切。パートごとにちゃんとチューニングを合わせてから合奏に入ってください。いいですか?」
「はい!」
「じゃあ今日はパート練習に移ります。各自課題と思うことをクリアしてください」
わたしたちは、金管パート全員でパート練習をやることにした。
先程合格だと言われていたホルンパートの柚乃ちゃんに声を掛ける。
「柚乃ちゃんすごいね、家でも練習してるの?」
「たまにしかしてないよ。こころちゃんはどうしたの? いつもの実力出せてなかったよね」
「うん……」
「こころちゃんだけじゃない。サックスもクラも、瑠夏も。何か引っかかる」
柚乃ちゃんとわたしの話を聞いていたのか、瑠夏ちゃんが「ごめん」と言った。
「何か調子出なかったんだよね。コンクール前より下手になってる気がする」
「そんなことは、ないと思うけど」
「沙羅先輩がいないのって、こんな寂しかったんだ……」
その言葉に、わたしはドクンと心臓の音が聞こえた気がした。
それを聞いていたフルートやクラ、サックスは息を呑んでいた。
「そういうことなの? 三年生の先輩がいないから、そのパートは全く調子が出ていないってこと?」
「だからホルン、ユーフォ、チューバはできてるんだ……もちろん、練習はしてると思うけど」
「それだけ三年生の存在は大きかったってことだよね」
脳裏に里奈先輩の笑顔が浮かんだ。
……先輩がいないのって、こんなに不安だったんだ。三年生がいないわたしたちは、先輩たちが引退したくらいで下手になっちゃうんだ。
何だか自分の実力を思い知った気がした。今まで上手い気になっていたのは、三年生がいたからこそなんだ。
「何? この空気、何の騒ぎ?」
「愛良先輩……あの、三年生の話で」
「またそれ? 三年の先輩がいないから寂しいってことでしょ?」
わたしたちは頷いた。
すると先輩は呆れたようにわざとらしいため息を吐く。
「あのさ、みんなの気持ちはそれくらいだったわけ? 来年の目標は支部大会出場じゃなかった?」
「そうです、けど」
「でもわたしたち、先輩がいないと不安なんです」
愛良先輩は、拳をぎゅっと握りしめた。
「あたしだってっ、あたしだって不安だよ! 部長になったことはもちろん不安だけど、ソロ吹くときも怖かった! 今だって逃げ出したくなる、もう何も考えたくないときだってある!」
先輩は、初めて今の心情をみんなにぶつけた。
みんなは先輩の気持ちを知ってびっくりしている。
「でも……それじゃダメなんだよ。あたしは今年、県大会ダメ金で終わったことがめちゃくちゃ悔しかった。悔しいって思うってことは、今のままじゃダメだってことでしょ!?」
「先輩……」
「だからあたしは部長を頑張る。トランペットもめちゃくちゃ練習して、めちゃくちゃ上手くなるって決めた! だから部員がそんな顔しないで。不安になったら楽器じゃなくて、あたしに気持ちをぶつければいい! いつでも相談乗るから」
楽器じゃなくて、先輩に気持ちをぶつける……。
それくらい、先輩は覚悟があるんだ。一度決めたら揺るがない、そんな気持ちが。
なのにわたしは何度も三年生がいないことに不安になり、甘えていたんだ。
「わたしは、先輩に賛成です」
「ウチも賛成です!」
「わたしもそう思います」
「わたしも!」
わたしに続いて、瑠夏ちゃん、柚乃ちゃん、絵莉ちゃんが賛成の意思を見せてくれた。
「……ありがと。他のみんなも、賛成の人は手を挙げて!」
誰一人、手を挙げない人はいなかった。
その瞬間、みんなの心がひとつになった気がした。
「ありがとう! こんな部長だけど、これからも着いてこいよ! みんな!」
「はい!」
愛良先輩が決めた覚悟があるのなら、わたしたちは先輩に着いていくだけ。
これからは、三年生がいない部活が当たり前になる。
不安な気持ちに負けないくらいトランペットを頑張ろうと思った。
須田先生によると、今日は小学生との交流会の練習ではなく、基礎合奏をするらしい。
部室へ向かうと、楽器室から自分のトランペットを出した。いつもはもう無いはずの里奈先輩のトランペットがあることに、少し違和感を覚える。
……そっか。三年生はもういないんだもんね。
「先輩、お疲れ様です」
「こころ、お疲れー」
愛良先輩に軽く挨拶を交わし、自分の席に着く。
里奈先輩がいないから、これからわたしは一つ隣の席、つまり愛良先輩の隣に座ることになった。
目の前には柚乃ちゃんが座っている。
「ではみなさん揃ったということで。起立、お願いします」
「お願いします!」
「今日は基礎合奏をメインにやっていきたいと思います。初めての一年生と二年生だけでの部活で不安だと思いますが、いつも通りの実力を発揮してくださいね」
「はい!」
わたしたちは、クラを基準に順番にチューニングしていった。
けれど、木管楽器はなかなか二年生も一年生も、ピッチを合わせるのに時間がかかっていた。
やっとトランペットの番になった。愛良先輩は一発で完璧にピッチが合っていた。
一方わたしはと言うと、何度か調整してピッチが合ったという感じだ。
「じゃあみんなでチューニングして、そのあとスケールやります」
スケールとは、音階練習のことだ。長音階や短音階、半音階など、さまざまな種類の音階を練習する。
「いち、に、さん、しっ!」
わたしたちは先生の指揮で一斉に音を出す。
……音が濁っていたり唸っていたり、ピッチがズレている。
それに、音量も全く出ていない。これでは小さすぎる。
みんなもそれに気づいているのか、あやふやな顔をしながら吹いていた。
それに音階練習も、間違えている人が多かった。
「はい、ストップ。みんな全然音量出てないし、音間違えてる人もいる。じゃあ半音階をパートごとにやってみて」
実際に吹いて先生に「合格」と言われたのは、ホルン、ユーフォ、チューバだけだった。
わたしは緊張のあまり何度も音を間違えてしまった。完璧にできていた愛良先輩に申し訳ない。
そう思っていると、先生はため息を吐いた。
「みんな、ちゃんと練習してる? コンクールがあったから忙しかったとは思うけど、スケールはすごく大切。パートごとにちゃんとチューニングを合わせてから合奏に入ってください。いいですか?」
「はい!」
「じゃあ今日はパート練習に移ります。各自課題と思うことをクリアしてください」
わたしたちは、金管パート全員でパート練習をやることにした。
先程合格だと言われていたホルンパートの柚乃ちゃんに声を掛ける。
「柚乃ちゃんすごいね、家でも練習してるの?」
「たまにしかしてないよ。こころちゃんはどうしたの? いつもの実力出せてなかったよね」
「うん……」
「こころちゃんだけじゃない。サックスもクラも、瑠夏も。何か引っかかる」
柚乃ちゃんとわたしの話を聞いていたのか、瑠夏ちゃんが「ごめん」と言った。
「何か調子出なかったんだよね。コンクール前より下手になってる気がする」
「そんなことは、ないと思うけど」
「沙羅先輩がいないのって、こんな寂しかったんだ……」
その言葉に、わたしはドクンと心臓の音が聞こえた気がした。
それを聞いていたフルートやクラ、サックスは息を呑んでいた。
「そういうことなの? 三年生の先輩がいないから、そのパートは全く調子が出ていないってこと?」
「だからホルン、ユーフォ、チューバはできてるんだ……もちろん、練習はしてると思うけど」
「それだけ三年生の存在は大きかったってことだよね」
脳裏に里奈先輩の笑顔が浮かんだ。
……先輩がいないのって、こんなに不安だったんだ。三年生がいないわたしたちは、先輩たちが引退したくらいで下手になっちゃうんだ。
何だか自分の実力を思い知った気がした。今まで上手い気になっていたのは、三年生がいたからこそなんだ。
「何? この空気、何の騒ぎ?」
「愛良先輩……あの、三年生の話で」
「またそれ? 三年の先輩がいないから寂しいってことでしょ?」
わたしたちは頷いた。
すると先輩は呆れたようにわざとらしいため息を吐く。
「あのさ、みんなの気持ちはそれくらいだったわけ? 来年の目標は支部大会出場じゃなかった?」
「そうです、けど」
「でもわたしたち、先輩がいないと不安なんです」
愛良先輩は、拳をぎゅっと握りしめた。
「あたしだってっ、あたしだって不安だよ! 部長になったことはもちろん不安だけど、ソロ吹くときも怖かった! 今だって逃げ出したくなる、もう何も考えたくないときだってある!」
先輩は、初めて今の心情をみんなにぶつけた。
みんなは先輩の気持ちを知ってびっくりしている。
「でも……それじゃダメなんだよ。あたしは今年、県大会ダメ金で終わったことがめちゃくちゃ悔しかった。悔しいって思うってことは、今のままじゃダメだってことでしょ!?」
「先輩……」
「だからあたしは部長を頑張る。トランペットもめちゃくちゃ練習して、めちゃくちゃ上手くなるって決めた! だから部員がそんな顔しないで。不安になったら楽器じゃなくて、あたしに気持ちをぶつければいい! いつでも相談乗るから」
楽器じゃなくて、先輩に気持ちをぶつける……。
それくらい、先輩は覚悟があるんだ。一度決めたら揺るがない、そんな気持ちが。
なのにわたしは何度も三年生がいないことに不安になり、甘えていたんだ。
「わたしは、先輩に賛成です」
「ウチも賛成です!」
「わたしもそう思います」
「わたしも!」
わたしに続いて、瑠夏ちゃん、柚乃ちゃん、絵莉ちゃんが賛成の意思を見せてくれた。
「……ありがと。他のみんなも、賛成の人は手を挙げて!」
誰一人、手を挙げない人はいなかった。
その瞬間、みんなの心がひとつになった気がした。
「ありがとう! こんな部長だけど、これからも着いてこいよ! みんな!」
「はい!」
愛良先輩が決めた覚悟があるのなら、わたしたちは先輩に着いていくだけ。
これからは、三年生がいない部活が当たり前になる。
不安な気持ちに負けないくらいトランペットを頑張ろうと思った。



