パートリーダーは、もちろん愛良先輩になった。
トロンボーンは一年生の瑠夏ちゃんしかいないので、必然的に瑠夏ちゃんになってしまった。
パートに自分ひとりしかいないって、どれだけ不安なのだろう。わたしだったら不安でたまらなくなる。
他のパートは引き続きあかり先輩、高野先輩、葵先輩がパートリーダーだ。
楽譜や教本などを里奈先輩が愛良先輩に渡して、全てのパートの引き継ぎが終わった。
そして里奈先輩は、トランペットをケースに片付けた。
「……寂しいな。この子とお別れするの」
「先輩……」
「なんかさ、楽器って相棒みたいじゃない? いつも隣にいてくれた仲間、っていうか。だから寂しいんだよね」
先輩はトランペットを眺めながらそう言った。
その横顔は、とても落ち込んでいるように見える。
「来年はこの楽器、もしかしたら新入生が使うかもしれないもんね。きみもまた、早く吹いてもらえるといいね」
「先輩じゃないと……その子も寂しがっちゃいますよ」
「あははっ、こころちゃんはおもしろいね。……わたしも、吹きたいよ。まだ部活していたい。でも、今日が最後」
……最後だなんて。
わたしもまだ、里奈先輩と一緒に部活していたいのに。
チクタク、チクタクと、時計の針だけが過ぎていく。
「バイバイ」
そう言って、先輩は楽器ケースを閉じた。
わたしはその光景を見て、胸がぎゅっと苦しくなった。
「ごめんね、こころちゃん。こころちゃんまで悲しい気持ちにさせちゃったよね」
「いえ、わたしは……。先輩たちのことが大好きなので。まだ、一緒に部活していたい……」
思わず本音が出てしまった。そんなことを言っても、先輩を困らせるだけなのに。
それに一番引退が悲しいのは、三年生なのに。
「こころちゃん、入部のときから変わったね」
「えっ」
「すごく変わった。あのときはおしとやかな子だなって思ってたけど、今は明るくて努力家な子だと思ってる。楽器は人を変えるのかもね」
楽器は、人を変えるーー。
自分が入部のときから変わったとは思えないけれど、里奈先輩のその言葉が心にズシンと響いた。
「これからもトランペット頑張ってね。わたしのことも頼ってくれると嬉しいな! 元部長だし、力になれることはあると思うから」
「はい、もちろんです。頑張ります!」
そう答えると、先輩は笑顔で頷いてくれた。
沙羅先輩の「里奈ー、そろそろ帰るよー!」という声が聞こえた。
わたしたち一年生と二年生も、先輩たちを見送りに昇降口へ行く。
「三年生のみなさん、元気でね。たまには部活に来てください」
「先生、ありがとうございました」
「三年間の先生の指導、ずっと忘れません」
わたしは急いで愛良先輩の隣に並んだ。
「こころ、遅いじゃん。里奈先輩とずっと話してたの?」
「そんな感じです。……先輩、やっぱり里奈先輩ともう一緒に部活できないの、寂しいですか?」
「そりゃあね。寂しいよ。でも、これからはあたしがみんなを引っ張っていかないといけないから。そんな甘えたことは言ってられないなって思って」
……すごい。やっぱり先輩は強いな。
さすが里奈部長から引き継いだ、愛良部長だ。
わたしたちは昇降口を出る三年生に礼をする。
「ありがとうございました!」
愛良先輩に続いて、わたしたちも「ありがとうございました!」と言った。
先輩たちは大半の人が涙を流していて、帰りたくないと言っているように見えた。
里奈先輩や沙羅先輩が、金管のメンバーに向けて手をひらひらと振ってくれた。
そして、三年生の先輩たちは、吹奏楽部から飛び立っていった。
そのあと、須田先生から今後の部活の予定を話された。
これからは今月の終わりにある小学生との交流会へ向けて練習をするとのこと。
またそれが終わったら文化祭でも吹奏楽部は出演するので、大忙しだ。
「じゃあ今日はこれにて解散します。みなさん、三年生が引退して不安な気持ちが大きいと思いますが、これから新しい吹奏楽部を創り上げていきましょう」
「はい!」
わたしは愛良先輩に「お疲れ様でした」と言って、絵莉ちゃんたちのもとへ行った。
すると驚いたことに瑠夏ちゃんが号泣していた。
「る、瑠夏ちゃん。どうしたの?」
「瑠夏、沙羅先輩が引退して悲しくて仕方がないみたい。そんな会えなくなるわけじゃあるまいし」
「だってぇ……っ、もうほとんど会えないでしょ。こころは悲しくないの……?」
「わたしは……悲しいよ。すごく寂しい。でもさっき愛良先輩に言われて気づいたの、甘えてばかりじゃダメなんだなぁって」
そう言うと、瑠夏ちゃんは涙をゴシゴシと手で拭った。
シャキーンと姿勢を伸ばし、いつもの瑠夏ちゃんに戻った気がする。
「そうだね、ありがとう、こころ」
「良かった、瑠夏ちゃんが元気になって。こころちゃんすごいね」
「いや、わたしは何もしてないよ。これからも頑張ろ、みんな」
「だね。来年は支部大会出場目指そう!」
柚乃ちゃんの言葉に、わたしたちは強く頷いた。
三年生が引退したこれからの部活は、不安でしかないけれど。
それでもわたしにはたくさんの仲間がいるから頑張ろうと思った。
トロンボーンは一年生の瑠夏ちゃんしかいないので、必然的に瑠夏ちゃんになってしまった。
パートに自分ひとりしかいないって、どれだけ不安なのだろう。わたしだったら不安でたまらなくなる。
他のパートは引き続きあかり先輩、高野先輩、葵先輩がパートリーダーだ。
楽譜や教本などを里奈先輩が愛良先輩に渡して、全てのパートの引き継ぎが終わった。
そして里奈先輩は、トランペットをケースに片付けた。
「……寂しいな。この子とお別れするの」
「先輩……」
「なんかさ、楽器って相棒みたいじゃない? いつも隣にいてくれた仲間、っていうか。だから寂しいんだよね」
先輩はトランペットを眺めながらそう言った。
その横顔は、とても落ち込んでいるように見える。
「来年はこの楽器、もしかしたら新入生が使うかもしれないもんね。きみもまた、早く吹いてもらえるといいね」
「先輩じゃないと……その子も寂しがっちゃいますよ」
「あははっ、こころちゃんはおもしろいね。……わたしも、吹きたいよ。まだ部活していたい。でも、今日が最後」
……最後だなんて。
わたしもまだ、里奈先輩と一緒に部活していたいのに。
チクタク、チクタクと、時計の針だけが過ぎていく。
「バイバイ」
そう言って、先輩は楽器ケースを閉じた。
わたしはその光景を見て、胸がぎゅっと苦しくなった。
「ごめんね、こころちゃん。こころちゃんまで悲しい気持ちにさせちゃったよね」
「いえ、わたしは……。先輩たちのことが大好きなので。まだ、一緒に部活していたい……」
思わず本音が出てしまった。そんなことを言っても、先輩を困らせるだけなのに。
それに一番引退が悲しいのは、三年生なのに。
「こころちゃん、入部のときから変わったね」
「えっ」
「すごく変わった。あのときはおしとやかな子だなって思ってたけど、今は明るくて努力家な子だと思ってる。楽器は人を変えるのかもね」
楽器は、人を変えるーー。
自分が入部のときから変わったとは思えないけれど、里奈先輩のその言葉が心にズシンと響いた。
「これからもトランペット頑張ってね。わたしのことも頼ってくれると嬉しいな! 元部長だし、力になれることはあると思うから」
「はい、もちろんです。頑張ります!」
そう答えると、先輩は笑顔で頷いてくれた。
沙羅先輩の「里奈ー、そろそろ帰るよー!」という声が聞こえた。
わたしたち一年生と二年生も、先輩たちを見送りに昇降口へ行く。
「三年生のみなさん、元気でね。たまには部活に来てください」
「先生、ありがとうございました」
「三年間の先生の指導、ずっと忘れません」
わたしは急いで愛良先輩の隣に並んだ。
「こころ、遅いじゃん。里奈先輩とずっと話してたの?」
「そんな感じです。……先輩、やっぱり里奈先輩ともう一緒に部活できないの、寂しいですか?」
「そりゃあね。寂しいよ。でも、これからはあたしがみんなを引っ張っていかないといけないから。そんな甘えたことは言ってられないなって思って」
……すごい。やっぱり先輩は強いな。
さすが里奈部長から引き継いだ、愛良部長だ。
わたしたちは昇降口を出る三年生に礼をする。
「ありがとうございました!」
愛良先輩に続いて、わたしたちも「ありがとうございました!」と言った。
先輩たちは大半の人が涙を流していて、帰りたくないと言っているように見えた。
里奈先輩や沙羅先輩が、金管のメンバーに向けて手をひらひらと振ってくれた。
そして、三年生の先輩たちは、吹奏楽部から飛び立っていった。
そのあと、須田先生から今後の部活の予定を話された。
これからは今月の終わりにある小学生との交流会へ向けて練習をするとのこと。
またそれが終わったら文化祭でも吹奏楽部は出演するので、大忙しだ。
「じゃあ今日はこれにて解散します。みなさん、三年生が引退して不安な気持ちが大きいと思いますが、これから新しい吹奏楽部を創り上げていきましょう」
「はい!」
わたしは愛良先輩に「お疲れ様でした」と言って、絵莉ちゃんたちのもとへ行った。
すると驚いたことに瑠夏ちゃんが号泣していた。
「る、瑠夏ちゃん。どうしたの?」
「瑠夏、沙羅先輩が引退して悲しくて仕方がないみたい。そんな会えなくなるわけじゃあるまいし」
「だってぇ……っ、もうほとんど会えないでしょ。こころは悲しくないの……?」
「わたしは……悲しいよ。すごく寂しい。でもさっき愛良先輩に言われて気づいたの、甘えてばかりじゃダメなんだなぁって」
そう言うと、瑠夏ちゃんは涙をゴシゴシと手で拭った。
シャキーンと姿勢を伸ばし、いつもの瑠夏ちゃんに戻った気がする。
「そうだね、ありがとう、こころ」
「良かった、瑠夏ちゃんが元気になって。こころちゃんすごいね」
「いや、わたしは何もしてないよ。これからも頑張ろ、みんな」
「だね。来年は支部大会出場目指そう!」
柚乃ちゃんの言葉に、わたしたちは強く頷いた。
三年生が引退したこれからの部活は、不安でしかないけれど。
それでもわたしにはたくさんの仲間がいるから頑張ろうと思った。



