新学期が始まった。
 9月になったけれどまだ夏は続いていて、気温も高い。
 早く秋が来ればいいな、なんて思ってはいるけれど、先輩たちが引退してしまうことを考えるのは苦しかった。

 「おはよー」

 「おはよう。もう9月かー、早いね」

 「早いよね。もうすぐ体育大会もあるし」

 「あっという間だね、本当に」

 わたしたちは席に座って雑談する。
 そうだ。もうすぐ体育大会もあるし、文化祭も十一月にあるので、この時期はいろいろ決め事があって大忙しだ。
 部活はコンクールが終わって、何をするんだろう。

 「あ、そういえば。葵先輩からみんなに言ってって伝言頼まれてるんだった」

 「伝言? なになに?」

 「あのね、それぞれパートの三年生の先輩に手紙を渡そうって話になってるの。毎年恒例なんだって」

 確かにパートの先輩に手紙を渡すというのは良いアイデアだと思った。
 じゃあわたしは今週の土曜日の引退式までに、里奈先輩に手紙を書けば良いのか。

 「瑠夏は沙羅先輩に、こころちゃんは里奈先輩にお願い。木管はわたし分からないから、二年生の先輩に聞いてもらえるかな?」

 「分かった、聞いてみる。柚乃ちゃんありがとう」

 「おっけー、任せといて!」

 「了解です」

 ホルンとチューバは三年生の先輩がいないから、柚乃ちゃんと高野先輩やあかり先輩は書く人がいないんだ。
 ふと、金管の三年生の先輩が少ないことに気づいた。木管の先輩は多いのに。
 それだけ金管楽器の人気が少ないってことか……。わたしはひとりで勝手に悲しくなる。

 「てかさ、今度小学校に行って、楽器紹介とかするんでしょ?」

 「そうらしいね」

 「楽しみだねー。一年生と二年生での初めてのイベントじゃない?」

 「確かに」

 小学校への交流会は、三年生いないんだ。
 寂しくなるけれど、これからは二年生と活動するのだから、三年生ばかりに甘えず頑張ろうと思った。


 土曜日になり、三年生引退の部活が始まった。
 わたしは先日書いた手紙を持ってきた。

 「じゃあまず、部長の中澤さんからひとことお願いします」

 「はい。えっと、この場を開いてくださった須田先生ありがとうございます。わたしは最後のコンクールで目標を叶えることができてとても嬉しいです。二年生は一年半、一年生は半年という短い間だったけどありがとう。これからはみんなで新しい吹奏楽部を築いていってください。三年も本当にありがとう、楽しかったよ」

 里奈先輩の言葉に、泣きそうになってしまう。
 須田先生や他の部員も涙ぐんでいた。

 「もうひとつ。わたしから、新しく発表したいことがあります」

 ざわざわ。
 三年生以外の全員が「何だろう」「どうしたのかな」と疑問に思っているようだった。

 「三年と須田先生で話し合って、これからの部長と副部長をひとりずつ決めました。この場で発表したいと思います」

 新しい、部長と副部長……!
 そうだった。里奈先輩が部長なのが当たり前だったけれど、これからは変わるんだ。
 ワクワクした気持ちと少し不安な思いでいっぱいになる。

 「まず、副部長は……チューバパートの高野吉彦くんです!」

 「え……俺ですか」

 「そうだよ、高野くん。きみしかいないでしょ!」

 高野先輩が副部長。
 先輩に幹部というイメージが沸かないけれど、確かに目立たないだけでチューバの実力はあるから、ふさわしいと思った。

 「そして、部長は……トランペットパートの松嶋愛良ちゃんです!」

 「え」

 わたしは思わず驚きを声に出してしまい、すぐに手で口を塞ぐ。
 ……うそ、部長愛良先輩!?
 隣にいる先輩は、わたしよりもっと驚いていた。

 「ちょ、ちょっと待って。あたし? 先輩、マジ?」

 「マジだよ。愛良ちゃんが部長にふさわしいって、ちゃんと話し合って決めたんだから」

 「でも、あたし部長とか向いてないし。先輩から引き継がれるなんて、プレッシャーが」

 「大丈夫だよ。だって愛良ちゃん、すっごくトランペットが上手いんだから。声も大きくて明るいし、堂々としてる。欠席も少ない。ぴったりだよ」

 里奈先輩が微笑むと、愛良先輩は納得したのか渋々頷いた。
 愛良先輩が部長で、高野先輩が副部長か……!
 まだ違和感があるけれど、今日から先輩たちが幹部なんだ。

 「ということで。これから部長と副部長頑張ってね。じゃあ今からそれぞれパートの引き継ぎになります。楽譜を整理したり、プレゼントとか渡す方もいると思うので。じゃあ移動でーす!」

 「はい!」

 わたしはいつものパート練習の教室へ移動した。金管パート全員一緒だ。
 いつ手紙を渡すのか分からないので、ヒヤヒヤしていた。

 「先輩、部長おめでとうございます」

 「……ありがと。あたし、部長できるかな」

 「愛良ちゃんなら大丈夫だよ。わたしが言うんだもん、間違いない! ね、こころちゃん」

 「はい、そう思います」

 愛良先輩、やっぱりまだ不安なんだ。
 そうだよね。いきなり部長なんて言われても、不安でしかないよね。
 先輩の気持ちが伝わってきた。

 「すみません、三年生の先輩方、注目してくださーい!」

 葵先輩が、黒板の前に立った。
 きっと手紙を渡す時が来たんだ。

 「一年と二年から、渡したいものがあります。沙羅先輩と里奈先輩は前に出てください」

 「え、うそ。沙羅、わたし泣いちゃうかも」

 「同じく。マジで泣きそう」

 わたしと愛良先輩は里奈先輩、瑠夏ちゃんは沙羅先輩の前に立った。
 そして手紙を出し、先輩に差し出す。

 「じゃあ三人とも、先輩方にひとことずつお願い。まず瑠夏ちゃんから!」

 「はい! えっと、沙羅先輩今までありがとうございました。先輩のトロンボーンの音をもう聴けないなんて寂しすぎるけど、これからはひとりで頑張っていきます! 大好きです!」

 「瑠夏……ありがとう、めちゃくちゃ良い後輩だよ、あんたは」

 瑠夏ちゃんの熱い先輩への思いが、わたしまで伝わった。
 沙羅先輩は涙を我慢しているようだった。

 「じゃあ次、愛良」

 「……里奈先輩、今までありがとうございました。いろいろ生意気言ったと思うけど、先輩は部長として頑張ってたと思います。あたしが部長なんて不安でしかないけど、絶対に先輩を越す部長になります」

 「こちらこそありがとう、愛良ちゃん。ほんと、生意気だったね」

 「もう、最後くらいからかわないでよ!」

 「……でも、わたしはそういうところが大好きだよ。愛良ちゃんは絶対わたしを越す部長になれる。応援してるからね」

 すると里奈先輩ではなく、愛良先輩が涙を流してしまった。
 先輩たちの姿を見て、わたしも貰い泣きしそうになる。
 ……ダメダメ。我慢しないと。
 これが三年生との最後の部活なんだから。最後くらい笑顔でいたい。

 「じゃあ最後、こころちゃん」

 「はい。里奈先輩、ありがとうございました。先輩とトランペットを吹けて楽しかったです。部長もお疲れ様でした。わたし、もっとトランペットを上手くなれるように頑張ります」

 「こころちゃん、ありがとう。こころちゃんなら絶対もっと上を目指せると思う。頑張ってね」

 「はい……っ!」

 ……ダメだ。
 やっぱり、涙が出てきてしまった。
 いつか終わりというものは、必ず来てしまう。仕方のないことだと分かっているけれど、わたしは先輩たちの引退が想像以上に悲しかった。