ーー……いよいよ、県大会本番の日がやってきた。
 地区大会よりも圧倒的に緊張しているような気がする。
 わたしたちの学校の出番は最後のほうなので、そのまま残って会場で結果発表を聞くことになった。

 「こころ、おはよう。楽器の調子は大丈夫そう?」

 「先輩、おはようございます。大丈夫そうです。先輩も今回は大丈夫そうで良かったです」

 「あたしも安心した。やっぱり修理出したほうがいいね」

 「そうですね」

 わたしは笑った。
 先輩は、突然険しい表情になる。

 「やっと、三人で吹けるね」

 「……はい!」

 けれど、もしかしたらこれが、トランペットパート三人で吹く最後の機会になるかもしれない。
 だからこそわたしは全力で吹こう。そう思った。

 会場は、地区大会よりも遥かに大きかった。
 楽器を準備していると、どこかの高校に、

 「こんにちは!」

 と大きな声で次々に挨拶された。
 すると柚乃ちゃんが「あれ、強豪校だね」と言った。

 「強豪校なの?」

 「うん、ここらへんの吹奏楽では有名。しかもプログラム見たらわたしたちの一つ前みたい」

 「そうなんだ」

 ということは、わたしたちが審査員に比べられてしまう可能性もある、ということだ。
 それにしても柚乃ちゃんが吹奏楽にとても詳しくて、すごいなぁと思う。

 「ではチューニング室へ移動します!」

 地区大会と同じく、里奈先輩がわたしと愛良先輩のピッチが合っているか確認してくれた。
 わたしたち全員ピッチは安定していて、大丈夫そうだった。

 「ふー……緊張してきたね。お腹痛い」

 「大丈夫ですか? わたしも緊張します」

 「愛良ちゃんは緊張しないの?」

 里奈先輩がそう言うと、愛良先輩はこくりと頷く。

 「あたしは、ただあたしの音を聴いてもらうまでなので。誰よりも上手いソロを吹きます」

 ……先輩はやっぱり、自信に満ち溢れている。
 そんな堂々とした姿勢が愛良先輩らしくてかっこいいなと思う。

 「じゃあリハーサル室に移動しまーす!」

 最後の通し練習をしたあと、まだ少し本番まで時間があった。
 各パートで練習をしていると、里奈先輩が突然、前へ出た。

 「急にすみません! わたしから少し話があります」

 先輩がそう言って一礼すると、部員全員がざわついた。

 「今日はいよいよ県大会本番ですね。えっと……昨日言いたいことを固めてきたんですけど、いざここに来ると緊張しちゃいますね。頭真っ白になっちゃう。……わたしが言いたいのは、ここまで誰一人欠けることなく頑張ってくれて嬉しい! 本当にありがとう!」

 そして、と先輩は続けた。

 「今まで全部、今日のために頑張ってきた。だから今日は結果を出せばいいだけ。でも演奏に笑顔を忘れないでね! 楽しむ姿勢は大切だから! それで、えっと……」

 しーん、と沈黙が続く。きっと里奈先輩は緊張で頭がいっぱいいっぱいなんだろう。
 すると隣に座っていた愛良先輩がすくっと立った。

 「部長! あたしも頑張ります! だから前を向いて!」

 「愛良、ちゃん……」

 あかり先輩や葵先輩も、愛良先輩に続いた。

 「一年生も二年生も、先輩たちのこととても尊敬しています! 部長、わたしたちのことを引っ張ってくれて本当にありがとうございます!」

 「絶対にゴールド金賞、取りましょう!」

 「みんな、ありがと……っ」

 里奈先輩は、涙を見せた。
 そばにいた須田先生が、里奈先輩の肩を優しく引き寄せた。

 「わたしも、部長のあなたにはとても助けられた。中澤さん、ありがとう。最後にひとことお願いします」

 「須田先生、ありがとうございます……っ。みんな、手を上に掲げて!」

 わたしは言われた通り、掌を上に掲げる。

 「みんなで金賞取るぞー!!」

 「おー!!」


 わたしたちは楽器と楽譜を持ち、ステージに上がった。
 やはり地区大会よりも広く、客席数も多かった。あのなかに審査員がいるのだと思うと、より緊張する。
 わたしはポケットに入れているお守りをぎゅっと握った。

 照明が付いた。いよいよ始まる。
 明るくなってからの景色は、とてもキラキラと輝いていた。
 吹いている途中、今までの練習のことを思い出し、少しだけ涙が出てしまった。

 トランペットソロが始まった瞬間、愛良先輩のソロが会場全体に響いていた。
 こういう会場では照明が熱いので、少しピッチが高くなるはずなのだが、ぴったり合っている。
 きっと先輩はそれを見越して少し低めにチューニングしていたんだ。さすが愛良先輩。
 ……いろいろあったなぁ、先輩たちの間で。
 胸がぎゅっと切なくなりながらも、わたしはまたトランペットを構えた。

 そして最後の音を吹いて、“吹奏楽のためのロマンス”は幕を閉じた。

 須田先生が礼をすると、会場全体に拍手が響いた。
 熱いライトの真下だからぼーっとしてしまうのか、この出来事が夢のように感じる。
 わたしたちのステージは終わった。