八月に入ると、県大会に向けて一日中練習をする機会が増えた。
弁当持ちで、朝の九時から十六時くらいまで。
大変だし口も疲れるけれど、わたしは金賞を取るためなら、と頑張れていた。
「こころちゃん、お疲れ様」
「絵莉ちゃん! お疲れ」
「これ、良かったらいる? ゼリー」
「いいの? じゃあいただきます」
休憩時間に、絵莉ちゃんがくれたオレンジ味の小さいゼリーを貰う。
……冷たくて、美味しい。
たくさん吹いて頑張ったあとのご褒美は、最高に美味しく感じた。
「今日、トランペットいい感じだね。いつもより音が綺麗」
「本当? ありがとう。愛良先輩この前楽器修理出したみたいだから、音良くなってるのかもね。里奈先輩も毎日家でも練習してるらしいから上手くなってるのかも」
そう言うと、絵莉ちゃんはくすっと笑った。
わたし、何か変なことを言っただろうか。
「こころちゃん、先輩たちのこと大好きなんだね。すごく良く知ってるから」
「えっ、そうかな」
「うん。すごいなぁ、こころちゃんは。先輩とそんなに仲良くなれるなんて。わたしも仲良くなりたいとは思ってるんだけどねぇ」
そう思っていたなんて、わたしは知らなかった。
確かに先輩に後輩から話しかけるのは、少し勇気がいる。
「うーん、わたしの場合はもともと里奈先輩は話しやすいし、愛良先輩はトランペット上手くて尊敬してたから……。まずは楽譜のことを質問するとかどう?」
「あ、いいかも! 分からないところ、とか?」
「そうそう。後輩に頼られるって嬉しいんじゃないかな……たぶん」
わたしは中学では辞めてしまったから、後輩はできたことがないのだけれど。
きっと自分だったら、嬉しいと思うから。
「ありがとう、こころちゃん。先輩と仲良くなれるように頑張ってみる。三年生の先輩は、今年で最後だもんね」
「……うん。そうだよね」
考えたくないけれど、引退というのはいつか必ず来てしまう。
わたしも里奈先輩と一緒に部活ができるうちに、たくさん話したいと思った。
「じゃあまたね」
「うん、またね」
わたしと別れて、絵莉ちゃんは早速サックスの先輩に話しかけていた。行動力すごいなぁ。
そう関心していると、突然後ろから誰かに目隠しされた。
「えっ……!?」
「こころちゃん、わたし! 分かる?」
「え、えっと、里奈先輩?」
「当たりっ」
後ろからにこにこした先輩が顔を見せてくれた。
「びっくりさせないでくださいよ」
「ごめんごめん。さっき絵莉ちゃんと話してたよね。三年生がどうのこうのって」
「あ、はい」
「なにー? もしかして、三年が厳しいとかそういう話?」
そう言われて、わたしは首をブンブンと横に振る。
「まさか、違います。先輩と仲良くなりたいって絵莉ちゃんが言ってたんです」
「へぇー、そうなんだ。ふふ、嬉しいなぁ。こころちゃんもそう思ってくれてるの?」
「もちろん。先輩たちのこと、一年みんな尊敬してます」
「えへへー、嬉しい」
先輩は相当嬉しそうだった。
わたしはひとつの疑問が頭に浮かぶ。
「あの、後輩に好かれるのって、そんなに嬉しいんですか?」
「え……こころちゃんはそうじゃなかった?」
「いえ、あの、わたしは後輩ができる前に部活を退部してしまったので」
「あー、そうなんだね。わたしは嬉しいよ。だって後輩みんないい子だし! 先輩先輩って頼られるのも嬉しい。自分が先輩なんだと思うとちょっと恥ずかしいけどね」
なるほど。わたしは里奈先輩は先輩としか思えないけれど、自分が先輩になったという実感が湧かないのか。
何だか不思議な感じ。
「わたしも後輩できるの楽しみになりました」
「うん、来年だね! こころちゃんならきっと優しくて、でも指導もしていい先輩になるんだろうなぁ」
「そうだと嬉しいです。でもわたしは、三年生の先輩たちと部活ができる今が一番楽しいです」
「……ありがとう。絶対目標達成しようね」
わたしは心から頷く。
県大会金賞が目標だけれど、金賞は金賞でも代表ではない、いわゆるダメ金だったら支部大会には出場できない。
県大会で終わってしまったら、もう三年生は引退になってしまう。
……そんなの、寂しすぎるよ。
里奈先輩も、沙羅先輩も、他の三年生の先輩も。先輩たちがいない部活なんて想像できない。
「こころちゃん。こころちゃん、大丈夫?」
「え、あ、すみません。ぼーっとしてました」
「そっか。県大会に向けて体調整えてね。あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます」
わたしの悪い癖だ。先のことばかり考えて不安になってしまい、目の前のことを見れなくなっている。
今回はわたしも吹くのだから、足を引っ張ってはいけない。
そう、強く思った。
弁当持ちで、朝の九時から十六時くらいまで。
大変だし口も疲れるけれど、わたしは金賞を取るためなら、と頑張れていた。
「こころちゃん、お疲れ様」
「絵莉ちゃん! お疲れ」
「これ、良かったらいる? ゼリー」
「いいの? じゃあいただきます」
休憩時間に、絵莉ちゃんがくれたオレンジ味の小さいゼリーを貰う。
……冷たくて、美味しい。
たくさん吹いて頑張ったあとのご褒美は、最高に美味しく感じた。
「今日、トランペットいい感じだね。いつもより音が綺麗」
「本当? ありがとう。愛良先輩この前楽器修理出したみたいだから、音良くなってるのかもね。里奈先輩も毎日家でも練習してるらしいから上手くなってるのかも」
そう言うと、絵莉ちゃんはくすっと笑った。
わたし、何か変なことを言っただろうか。
「こころちゃん、先輩たちのこと大好きなんだね。すごく良く知ってるから」
「えっ、そうかな」
「うん。すごいなぁ、こころちゃんは。先輩とそんなに仲良くなれるなんて。わたしも仲良くなりたいとは思ってるんだけどねぇ」
そう思っていたなんて、わたしは知らなかった。
確かに先輩に後輩から話しかけるのは、少し勇気がいる。
「うーん、わたしの場合はもともと里奈先輩は話しやすいし、愛良先輩はトランペット上手くて尊敬してたから……。まずは楽譜のことを質問するとかどう?」
「あ、いいかも! 分からないところ、とか?」
「そうそう。後輩に頼られるって嬉しいんじゃないかな……たぶん」
わたしは中学では辞めてしまったから、後輩はできたことがないのだけれど。
きっと自分だったら、嬉しいと思うから。
「ありがとう、こころちゃん。先輩と仲良くなれるように頑張ってみる。三年生の先輩は、今年で最後だもんね」
「……うん。そうだよね」
考えたくないけれど、引退というのはいつか必ず来てしまう。
わたしも里奈先輩と一緒に部活ができるうちに、たくさん話したいと思った。
「じゃあまたね」
「うん、またね」
わたしと別れて、絵莉ちゃんは早速サックスの先輩に話しかけていた。行動力すごいなぁ。
そう関心していると、突然後ろから誰かに目隠しされた。
「えっ……!?」
「こころちゃん、わたし! 分かる?」
「え、えっと、里奈先輩?」
「当たりっ」
後ろからにこにこした先輩が顔を見せてくれた。
「びっくりさせないでくださいよ」
「ごめんごめん。さっき絵莉ちゃんと話してたよね。三年生がどうのこうのって」
「あ、はい」
「なにー? もしかして、三年が厳しいとかそういう話?」
そう言われて、わたしは首をブンブンと横に振る。
「まさか、違います。先輩と仲良くなりたいって絵莉ちゃんが言ってたんです」
「へぇー、そうなんだ。ふふ、嬉しいなぁ。こころちゃんもそう思ってくれてるの?」
「もちろん。先輩たちのこと、一年みんな尊敬してます」
「えへへー、嬉しい」
先輩は相当嬉しそうだった。
わたしはひとつの疑問が頭に浮かぶ。
「あの、後輩に好かれるのって、そんなに嬉しいんですか?」
「え……こころちゃんはそうじゃなかった?」
「いえ、あの、わたしは後輩ができる前に部活を退部してしまったので」
「あー、そうなんだね。わたしは嬉しいよ。だって後輩みんないい子だし! 先輩先輩って頼られるのも嬉しい。自分が先輩なんだと思うとちょっと恥ずかしいけどね」
なるほど。わたしは里奈先輩は先輩としか思えないけれど、自分が先輩になったという実感が湧かないのか。
何だか不思議な感じ。
「わたしも後輩できるの楽しみになりました」
「うん、来年だね! こころちゃんならきっと優しくて、でも指導もしていい先輩になるんだろうなぁ」
「そうだと嬉しいです。でもわたしは、三年生の先輩たちと部活ができる今が一番楽しいです」
「……ありがとう。絶対目標達成しようね」
わたしは心から頷く。
県大会金賞が目標だけれど、金賞は金賞でも代表ではない、いわゆるダメ金だったら支部大会には出場できない。
県大会で終わってしまったら、もう三年生は引退になってしまう。
……そんなの、寂しすぎるよ。
里奈先輩も、沙羅先輩も、他の三年生の先輩も。先輩たちがいない部活なんて想像できない。
「こころちゃん。こころちゃん、大丈夫?」
「え、あ、すみません。ぼーっとしてました」
「そっか。県大会に向けて体調整えてね。あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます」
わたしの悪い癖だ。先のことばかり考えて不安になってしまい、目の前のことを見れなくなっている。
今回はわたしも吹くのだから、足を引っ張ってはいけない。
そう、強く思った。



