時が過ぎ、地区大会コンクールの当日になった。
 先程みんなでバスに乗って、会場に到着したところだ。
 わたしは昨夜緊張でよく眠れず、行きのバスで眠ってしまった。

 「おはよう」

 「おはよー!」

 「おはよ」

 「こころちゃんおはよう。頑張ろうね」

 絵莉ちゃんの言葉に、わたしは頷いた。
 ……今日のためにやってきたんだ。頑張ろう。
 グッと拳を握りしめた。

 「はーい、じゃあ楽器運搬しまーす。打楽器は保護者のみなさんに持ち方とか教えてあげてねー。管楽器は須田先生に続いてくださーい」

 「はい!」

 そしていよいよ、チューニング室へ案内された。
 里奈先輩は部長として案内してくれる大学生に挨拶をしてから、こちらへ向かってきた。

 「ごめんね遅くなっちゃって。わたしはチューニング大丈夫だから、愛良ちゃんとこころちゃん吹いてみて」

 里奈先輩はわたしと愛良先輩にチューナーを向けたので、わたしは吹いた。
 すると先輩は「おっけー」と頷いてくれた。

 「チューニングはバッチリ。あとはリハーサル頑張ろうね!」

 「はい」

 「頑張ります!」

 各楽器チューニングが終わり、次は本番前練習が最後になる、リハーサル室へ案内された。
 管楽器で最後の通し練習をした。

 そして最後は、舞台裏へと移動した。何故かここに来たら、前の団体がとても上手く聴こえて自信がなくなる。
 もうすぐわたしたちの番。そんなとき事件は起こってしまった。

 「……嘘」

 「先輩? どうかしましたか?」

 愛良先輩が青ざめた顔で、わたしにトランペットを見せてくる。

 「また、ピストンが……動かないの。今度はオイル刺しても全く動かない」

 「え」

 「どうしよう。あー、もう、あたしのバカ。修理行けば良かったんだ……」

 あのときーー。
 いつかの部活で、ピストンが動かなくなったと先輩は言っていた。
 わたしももっと早く気づいていたら、対処できたのかもしれないのに。

 「先輩だけのせいじゃないです」

 「あたしのせいだよ……自分の楽器の管理もできてないなんて」

 「ストーップ、ふたりとも! 今は自分を責めることより、対処法を考えることが先でしょ?」

 里奈先輩が、自分を責め合うわたしたちを止めた。
 先輩の言う通りだ。もう時間がないのだから。

 「愛良ちゃん、わたしの楽器貸すよ」

 「え?」

 「だからソロ頑張って」

 わたしも愛良先輩も、里奈先輩の発言に混乱状態だった。

 「いや、そしたら先輩の楽器が」

 「わたしが愛良先輩に貸します! だから里奈先輩は吹いてください!」

 「こころ……だって、あんなに練習してきたのに」

 「いいんです、わたしは。だから先輩たちは吹いてください」

 そう言うと、先輩たちは唇を噛みしめた。
 愛良先輩はものすごく悔しそうに、わたしと楽器を交換する。

 「ごめ……ん、こころ、本当にごめん」

 愛良先輩が泣きそうになった瞬間、アナウンスでわたしたちの学校名が呼ばれた。

 「プログラムナンバー六番、坂浦(さかうら)私立奏和田高等学校。曲は“吹奏楽のためのロマンス”。指揮は、須田友香子です」

 「……ほら、先輩。もう始まるんですから。泣くのは終わったあとですよ」

 「ーーうん」

 わたしはお守りをぎゅっと握りしめ、ステージ
を一歩ずつ歩いていく。
 椅子に座ると、打楽器は急いでセッティングを終わらせていた。

 「譜面台の高さはこれくらいで大丈夫ですか?」

 「はい、大丈夫です」

 案内役の大学生が、ひとりひとりに声を掛けてくれる。
 そして照明が付いた瞬間、個々の楽器がキラキラと輝いていた。
 須田先生が指揮を振って、フルートの美しい音が響く。
 ピストンは動かないけれど、わたしは楽器を構えた。

 ソロパートが始まった。
 アルトサックスもクラリネットも、綺麗な音が響いていた。ホルンとユーフォは柔らかな気持ちにさせてくれる。
 そして、愛良先輩のトランペットは堂々としていた。“自分が一番上手い”と伝わってくるような、そんな音。


 コンクール本番は、一瞬で過ぎてしまった。

 「お疲れ様、愛良ちゃんも、こころちゃんも」

 「お疲れ様でした。先輩にもこころにも迷惑掛けてごめんなさい」

 「ううん、全然大丈夫だよ」

 「わたしも平気です。愛良先輩のソロ、やっぱりすごかったです!」

 楽器は吹けなかったけれど、コンクールの舞台に立つという初経験を得られた。
 愛良先輩は「ありがとう」と短く答えた。
 結果は、今夜のホームページで掲載される。わたしはドキドキしながらも、絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせた。


 十八時。
 わたしは課題を終わらせなければいけなく部屋に籠もっていると、お母さんの階段を走ってくる音が聞こえた。

 「こころ、今いい!?」

 「いいけど、どうしたの?」

 「コンクールの結果が出てたよ! お母さんもまだ見てないんだけど」

 「え、嘘っ」

 わたしは急いでスマホを開き、調べた。
 “高B 結果”という箇所をタップする。

 端から端まで、目で追う。

 坂浦市立奏和田高等学校。

 ……あった、わたしたちの学校だ。
 結果はーー。

 “金賞 代表”

 「……っ!」

 「おめでとう、こころ!」

 声にならないくらい、嬉しい。
 県大会に出られるんだ……!

 「ふっ……うぅ……やったぁぁ」

 「おめでとう、次も頑張ってね」

 涙が止まらないわたしを、お母さんはそっと抱きしめた。
 県大会は、あと約二週間後。
 喜んでばかりいられない。絶対に金賞を取る。
 それがみんなの、目標だから。