地区大会のコンクールまで、あと約二週間。
 それなのに、わたしは最近、少し将来のことを考え込んでいた。

 「おはよう、こころちゃん」

 「あ、絵莉ちゃん。おはよう」

 「何か考えてる? どうしたの?」

 「……最近、ずっと将来のことを考えてて」

 そう答えると、絵莉ちゃんは「えっ、もしかして、将来の夢とかもう考えてるの!?」と興奮気味に言った。
 どうやら勘違いさせてしまったようで、慌てて訂正する。

 「違うの、あの……来年とか、再来年のこと。わたしたちも先輩になるけど、わたしはちゃんと先輩になれるのかなって」

 「あぁ、それで最近悩んでるんだね」

 「うん。突然不安になっちゃって。わたし、最近パニック障害の症状は出ないから、体調は安定してきてるの。だから余計部活のことを考えちゃうんだよね」

 最近精神科に行ったけれど、パニック障害は治りつつあると思うと診断された。
 確かに、わたしはその通りだと思った。もちろん治るのは嬉しい。
 けれど今まで一番悩んでいたことがなくなったからこそ、そういう部活のことや将来のことを考えすぎてしまっている。

 「難しいよね、将来って。全然予想もつかないし、わたしも不安になる」

 「うん、そうだよね」

 「だから、今はコンクールに集中してるよ。来年とか再来年は関係ない。今年、絶対県大会に出場して金賞を取る。そう覚悟してる」

 絵莉ちゃんの真剣な瞳から、覚悟が伝わってきた。

 「すごいね、絵莉ちゃんは。強い」

 「そんなことないよ。わたしは弱いよ。……みんな、弱いんだよ。だけど県大会金賞を取るって目標は、一緒だから。こころちゃんがわたしに気づかせてくれたことでしょ」

 「……ありがとう。ちょっと元気出てきた」

 こんな気持ちのままコンクールの練習に参加するのは失礼だ。
 絵莉ちゃんのおかげで、悩んていだ心が晴れた気がする。

 「いえいえ、それなら良かった。あとコンクールまで二週間しかないんだね」

 「早いよね。地区大会は絶対突破しないとだね」

 「うん。絶対」

 わたしと絵莉ちゃんは、「頑張ろう」と心に誓った。


 「あれ、先輩大丈夫ですか?」

 「あ、こころ」

 部活の合奏中、急に愛良先輩が吹くのをやめ、何やら楽器を調整しているようだった。
 金管楽器は溜まった水を定期的に抜かないといけないので、それをしているのかと思ったけど、先輩は混乱している様子だったため話しかけた。

 「何か、さっきからピストンが押しにくくて。オイル刺したら直ってきたから安心して」

 「そうですか。良かったです」

 「ごめん、ありがと」

 そう言って、先輩はトランペットを持ち直した。
 本当にもう大丈夫だろうかと不安になったけれど、そのあとの合奏で先輩はちゃんと楽器を吹いていたため、安心できた。

 「こころー、今日途中まで一緒に帰らない?」

 「え、いいですけど、何かありましたか?」

 「んー、ちょっとね。まぁいいから来てよ」

 わたしは愛良先輩に誘われ、ふたりで帰宅することになった。
 といっても先輩とは電車が反対なので、それまでの十分ほどだけ。
 先輩が誘ってくれるなんて珍しい。こんなの初めてだ。

 「突然どうしたんですか?」

 「……んー」

 「えぇ、何ですか? 教えてください」

 先輩がなかなか渋って教えてくれない。
 本当に何があるのか分からず、話すこともないので、無言が続いた。
 駅にもうすぐ到着するというときに、先輩は口を開いた。

 「これ、渡したくて」

 「えっ」

 先輩がそう言って渡してきたのは、トランペットのワッペンバッジだった。

 「お守り。あたしが作ったの」

 「えっ、先輩が!?」

 「笑わないでよね、どうせガラじゃないし!」

 笑うなんて、そんなことするわけがない。
 先輩がこれを一生懸命作って、恥ずかしくてなかなか渡せなかった気持ちを考えると、とても嬉しくなった。

 「ありがと……ございます……嬉しいですぅ」

 「ちょ、え、泣いてる? 何でよもう、泣かないでよ」

 「だって、先輩がっ……お守り、だなんて」

 涙が止まらなくなる。
 先輩は呆れたと言った顔で、わたしの髪をくしゃくしゃと撫でた。

 「これ、里奈先輩にもあげたから、三人お揃い。コンクール頑張ろ。本気出さないと怒るからね!」

 「はい……!」

 わたしはお守りをぎゅっと胸に抱きしめて、帰宅した。
 お守りの色は里奈先輩がピンク、愛良先輩が青、わたしがオレンジという、それぞれ色違いらしい。
 愛良先輩から『それぞれのイメージの色にした』とメッセージが来ていた。
 ……わたし、オレンジのイメージなんだ。
 何だか一人だけの特別な色という感じがして、更に嬉しくなった。