翌日学校へ行くと、絵莉ちゃんはもう登校してきていた。
話しかけるか迷ったけれど、そばには別の友達がいて、輪に入れなかった。
もうわたしたちのグループに絵莉ちゃんがいないという現実を改めて突きつけられる。
その瞬間、一瞬くらっと意識が遠のいた。
「こころちゃん、大丈夫?」
「……柚乃ちゃん。ありがとう」
倒れそうになったわたしを支えてくれたのは、柚乃ちゃんだった。
一瞬、支えてくれたのが絵莉ちゃんだと思ってしまった自分が恥ずかしくなる。
体調を心配してくれた柚乃ちゃんに、わたしは昨日の絵莉ちゃんとの出来事を打ち明けた。
「……そっか。やっぱ瑠夏を始めとした、わたしたちのせいだったか」
「うん。どうしたら、いいのかな」
「どうしようね。瑠夏にもこのこと話して、謝るしかないかな」
「そうだよね」
ちゃんとみんなで謝罪すれば、絵莉ちゃんも許してくれるかもしれない。
わたしと柚乃ちゃんは期待を胸に抱いて、瑠夏ちゃんにも打ち明けることにした。
けれど瑠夏ちゃんの反応は、予想とは違っていた。
「は、何それ」
「だから、絵莉ちゃんにみんなで謝ろうって」
「嫌だよ。ウチ、何も悪いことしてない。だって別に絵莉を仲間はずれにしようとか思ってないし。だいたい話に入れないなら、その場で言ってくれれば良かったじゃん!」
わたしと柚乃ちゃんは、顔を見合わせる。
これじゃあ瑠夏ちゃんは絵莉ちゃんに謝る気はないだろう。
「いや、でも実際わたしたちも悪いでしょ。瑠夏は自分は絶対悪くないって思うの?」
「絶対じゃないけどさ。話したいことを話して何が悪いの。それが許されないなら、ウチは絵莉とは気が合わないんだと思う。無理やり仲直りする必要なんてないじゃん。たかが部活仲間なんだからさ」
“部活仲間”。
その言葉を聞いて、わたしは心に引っかかっていたモヤモヤが晴れた気がした。
「……そうだよ。わたしたち、部活仲間なんだ」
「え?」
「やっぱりこのままじゃダメだよ、瑠夏ちゃん」
「こころまで、絵莉の味方なの?」
わたしは首を横に振る。
「違う。わたしたちはみんなで一緒に県大会金賞を目指してる。それを叶えるためには、やっぱり仲違いしたまま挑むのは良くないと思う」
「何で? 別に良くない? まず木管と金管で違うんだし」
「確かに違うけど、部活仲間なんだよ、わたしたち。わたしは……せっかくできた友達だから。みんなで“青春”したい」
思ったままにそう言うと、瑠夏ちゃんは口を閉じた。
絵莉ちゃんは、わたしが高校に入って初めてできた友達だから。
柚乃ちゃんは、笑顔で頷いてくれた。
「うん。わたしもそう思う」
「柚乃ちゃん……ありがとう」
「ね、瑠夏も本当はそう思ってるんでしょ? ただ意地っ張りだから素直に言えないだけ」
「さすがウチの幼馴染。……はぁ。もう。分かったよ」
瑠夏ちゃん……!
わたしは瑠夏ちゃんと柚乃ちゃんに「ありがとう」と感謝を伝えた。
放課後、部活の時間になった。
わたしたちはある作戦を立てていた。絵莉ちゃんと仲直りをするという作戦。子どもみたいなことをしていると自分でも思うけれど。
「絵莉ちゃん!」
「あ……っと。わたし、サックスの練習しないといけないから」
この場を離れようとする絵莉ちゃんの腕を、わたしは優しく掴んだ。
「少しだけ時間くれないかな? 聞いてほしい曲があるの」
「曲?」
「うん。わたしと柚乃ちゃんと瑠夏ちゃんの、アンサンブル」
「……分かった」
ひとまず一安心だ。
わたしは絵莉ちゃんを連れてふたりがいる教室に行き、トランペットを構えた。
今からやるのは、“吹奏楽のためのワルツ”の中間部分、木管がメロディーのところ。
わたしたちはその箇所を吹いた。
「どうかな、絵莉ちゃん」
「どうって……木管がメロディーのところだよね。申し訳ないけど、そこは金管つまらなそうだなって思ってた」
わたしたちは、自然と笑みがこぼれる。
「そうなの。すごくつまらないよ」
「え……」
「金管って、トランペットはまだメロディーがあるほうだけど、他の楽器はほぼメロディーの支えなんだよね。伸ばしや裏打ちが多いし。だからつまらないの」
「そうそう。たまにメロディー吹きたい! って投げ出したくなるもん」
柚乃ちゃんや瑠夏ちゃんがそう答えると、絵莉ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
「だから、メロディーラインが多い木管と、伴奏が多い金管じゃ全然違うよね」
「……うん。だからわたしは、みんなとは違うってこと?」
「違うの、そうじゃなくて。あのさ、ショートケーキは苺があっても、土台のケーキがないと成り立たないでしょ? スポンジとクリームがあってこそ、そこに苺が乗る」
絵莉ちゃんはまだよく分からないといった表情で、それを見た瑠夏ちゃんが「つまり!」と説明した。
「木管と金管も、支えあってるってこと!」
「支え、あってる……」
「木管は木管、金管は金管かもしれない。でも、木管と金管があって、打楽器や弦楽器も合わさったものが吹奏楽だと思うの。だからわたしたちは知らないうちに、支えあってるんだよ。お互いの音を聴いて、奏でているんだよ」
それが吹奏楽。それが音楽だと、わたしは思った。
そして、これが最後の作戦。
わたしは絵莉ちゃんへ頭を下げた。
「ごめんなさい、絵莉ちゃん。わたしたち、絵莉ちゃんの気持ち全然考えてなかった。孤独な気持ちにさせちゃってごめんなさい」
「ごめん」
「ごめんね」
瑠夏ちゃんと柚乃ちゃんも、わたしの後に続く。
簡単に許してもらおうなんて思っていない。ただ少しでも絵莉ちゃんに謝りたいと思ったから、作戦を立てたのだ。
すると絵莉ちゃんは、何も言わずにアルトサックスを持ち、音を出した。
「これ、って……」
今絵莉ちゃんが奏でているのは、わたしたちがさっき吹いた“吹奏楽のためのワルツ”の中間部分だ。
わたしたち三人は、アルトサックスのメロディーに伴奏を乗せる。
ホルンとトランペットは小さく裏打ち、トロンボーンは音を伸ばす。
そのハーモニーが重なって、とても綺麗な和音になっていた。
吹き終わった瞬間、今度は絵莉ちゃんが頭を下げてきた。
「わたしこそ……ごめんなさい。みんなた話すのが怖くて、避けてばかりだった。こころちゃんにもたくさんひどいこと言ったよね」
「ううん、わたしは全然大丈夫だよ」
「ごめんね。次から気をつける」
「今回は許す! ドーナツ奢りねっ!」
瑠夏ちゃんのふざけた発言に、絵莉ちゃんは涙を見せながら笑った。
そろそろ合奏が始まるから、わたしたちは部室に戻ることにした。
「絵莉ちゃん」
「うん?」
「わたし、絵莉ちゃんのアルトの音、好きだよ」
「……それ、いつかの仕返し?」
絵莉ちゃんはおかしそうに微笑んだ。
わたしがパニックになってしまったとき、絵莉ちゃんが「こころちゃんのトランペットの音好きだよ」と言ってくれたのを鮮明に覚えている。
そう言われるのは、何か自分の容姿や性格を褒められることよりも、特別に嬉しく感じた。
話しかけるか迷ったけれど、そばには別の友達がいて、輪に入れなかった。
もうわたしたちのグループに絵莉ちゃんがいないという現実を改めて突きつけられる。
その瞬間、一瞬くらっと意識が遠のいた。
「こころちゃん、大丈夫?」
「……柚乃ちゃん。ありがとう」
倒れそうになったわたしを支えてくれたのは、柚乃ちゃんだった。
一瞬、支えてくれたのが絵莉ちゃんだと思ってしまった自分が恥ずかしくなる。
体調を心配してくれた柚乃ちゃんに、わたしは昨日の絵莉ちゃんとの出来事を打ち明けた。
「……そっか。やっぱ瑠夏を始めとした、わたしたちのせいだったか」
「うん。どうしたら、いいのかな」
「どうしようね。瑠夏にもこのこと話して、謝るしかないかな」
「そうだよね」
ちゃんとみんなで謝罪すれば、絵莉ちゃんも許してくれるかもしれない。
わたしと柚乃ちゃんは期待を胸に抱いて、瑠夏ちゃんにも打ち明けることにした。
けれど瑠夏ちゃんの反応は、予想とは違っていた。
「は、何それ」
「だから、絵莉ちゃんにみんなで謝ろうって」
「嫌だよ。ウチ、何も悪いことしてない。だって別に絵莉を仲間はずれにしようとか思ってないし。だいたい話に入れないなら、その場で言ってくれれば良かったじゃん!」
わたしと柚乃ちゃんは、顔を見合わせる。
これじゃあ瑠夏ちゃんは絵莉ちゃんに謝る気はないだろう。
「いや、でも実際わたしたちも悪いでしょ。瑠夏は自分は絶対悪くないって思うの?」
「絶対じゃないけどさ。話したいことを話して何が悪いの。それが許されないなら、ウチは絵莉とは気が合わないんだと思う。無理やり仲直りする必要なんてないじゃん。たかが部活仲間なんだからさ」
“部活仲間”。
その言葉を聞いて、わたしは心に引っかかっていたモヤモヤが晴れた気がした。
「……そうだよ。わたしたち、部活仲間なんだ」
「え?」
「やっぱりこのままじゃダメだよ、瑠夏ちゃん」
「こころまで、絵莉の味方なの?」
わたしは首を横に振る。
「違う。わたしたちはみんなで一緒に県大会金賞を目指してる。それを叶えるためには、やっぱり仲違いしたまま挑むのは良くないと思う」
「何で? 別に良くない? まず木管と金管で違うんだし」
「確かに違うけど、部活仲間なんだよ、わたしたち。わたしは……せっかくできた友達だから。みんなで“青春”したい」
思ったままにそう言うと、瑠夏ちゃんは口を閉じた。
絵莉ちゃんは、わたしが高校に入って初めてできた友達だから。
柚乃ちゃんは、笑顔で頷いてくれた。
「うん。わたしもそう思う」
「柚乃ちゃん……ありがとう」
「ね、瑠夏も本当はそう思ってるんでしょ? ただ意地っ張りだから素直に言えないだけ」
「さすがウチの幼馴染。……はぁ。もう。分かったよ」
瑠夏ちゃん……!
わたしは瑠夏ちゃんと柚乃ちゃんに「ありがとう」と感謝を伝えた。
放課後、部活の時間になった。
わたしたちはある作戦を立てていた。絵莉ちゃんと仲直りをするという作戦。子どもみたいなことをしていると自分でも思うけれど。
「絵莉ちゃん!」
「あ……っと。わたし、サックスの練習しないといけないから」
この場を離れようとする絵莉ちゃんの腕を、わたしは優しく掴んだ。
「少しだけ時間くれないかな? 聞いてほしい曲があるの」
「曲?」
「うん。わたしと柚乃ちゃんと瑠夏ちゃんの、アンサンブル」
「……分かった」
ひとまず一安心だ。
わたしは絵莉ちゃんを連れてふたりがいる教室に行き、トランペットを構えた。
今からやるのは、“吹奏楽のためのワルツ”の中間部分、木管がメロディーのところ。
わたしたちはその箇所を吹いた。
「どうかな、絵莉ちゃん」
「どうって……木管がメロディーのところだよね。申し訳ないけど、そこは金管つまらなそうだなって思ってた」
わたしたちは、自然と笑みがこぼれる。
「そうなの。すごくつまらないよ」
「え……」
「金管って、トランペットはまだメロディーがあるほうだけど、他の楽器はほぼメロディーの支えなんだよね。伸ばしや裏打ちが多いし。だからつまらないの」
「そうそう。たまにメロディー吹きたい! って投げ出したくなるもん」
柚乃ちゃんや瑠夏ちゃんがそう答えると、絵莉ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
「だから、メロディーラインが多い木管と、伴奏が多い金管じゃ全然違うよね」
「……うん。だからわたしは、みんなとは違うってこと?」
「違うの、そうじゃなくて。あのさ、ショートケーキは苺があっても、土台のケーキがないと成り立たないでしょ? スポンジとクリームがあってこそ、そこに苺が乗る」
絵莉ちゃんはまだよく分からないといった表情で、それを見た瑠夏ちゃんが「つまり!」と説明した。
「木管と金管も、支えあってるってこと!」
「支え、あってる……」
「木管は木管、金管は金管かもしれない。でも、木管と金管があって、打楽器や弦楽器も合わさったものが吹奏楽だと思うの。だからわたしたちは知らないうちに、支えあってるんだよ。お互いの音を聴いて、奏でているんだよ」
それが吹奏楽。それが音楽だと、わたしは思った。
そして、これが最後の作戦。
わたしは絵莉ちゃんへ頭を下げた。
「ごめんなさい、絵莉ちゃん。わたしたち、絵莉ちゃんの気持ち全然考えてなかった。孤独な気持ちにさせちゃってごめんなさい」
「ごめん」
「ごめんね」
瑠夏ちゃんと柚乃ちゃんも、わたしの後に続く。
簡単に許してもらおうなんて思っていない。ただ少しでも絵莉ちゃんに謝りたいと思ったから、作戦を立てたのだ。
すると絵莉ちゃんは、何も言わずにアルトサックスを持ち、音を出した。
「これ、って……」
今絵莉ちゃんが奏でているのは、わたしたちがさっき吹いた“吹奏楽のためのワルツ”の中間部分だ。
わたしたち三人は、アルトサックスのメロディーに伴奏を乗せる。
ホルンとトランペットは小さく裏打ち、トロンボーンは音を伸ばす。
そのハーモニーが重なって、とても綺麗な和音になっていた。
吹き終わった瞬間、今度は絵莉ちゃんが頭を下げてきた。
「わたしこそ……ごめんなさい。みんなた話すのが怖くて、避けてばかりだった。こころちゃんにもたくさんひどいこと言ったよね」
「ううん、わたしは全然大丈夫だよ」
「ごめんね。次から気をつける」
「今回は許す! ドーナツ奢りねっ!」
瑠夏ちゃんのふざけた発言に、絵莉ちゃんは涙を見せながら笑った。
そろそろ合奏が始まるから、わたしたちは部室に戻ることにした。
「絵莉ちゃん」
「うん?」
「わたし、絵莉ちゃんのアルトの音、好きだよ」
「……それ、いつかの仕返し?」
絵莉ちゃんはおかしそうに微笑んだ。
わたしがパニックになってしまったとき、絵莉ちゃんが「こころちゃんのトランペットの音好きだよ」と言ってくれたのを鮮明に覚えている。
そう言われるのは、何か自分の容姿や性格を褒められることよりも、特別に嬉しく感じた。



