しばらくして里奈先輩がこの場に来て、わたしたちはもう一度話し合いをすることにした。
今年のコンクールは誰がファーストを吹くのか。トランペットソロにふさわしいのは誰なのか。
ここまで来て話し合いしないわけにもいかないと、三人全員が思ったから。
「あたしは、やっぱり気持ちは変わらない。ファーストを吹きたい。……でも、中澤先輩がどうしても、吹きたいなら。それでみんなが納得するなら、譲ってもいいです」
「……うん。わたしも、正直言ってファースト吹きたいよ。去年はセカンドだったし、今年は最後だから。だけど、ふさわしいのは愛良ちゃんだって思ってるよ」
「先輩……」
どちらの気持ちも痛いほど伝わってくる。
先輩に譲っても良いという気持ちがある愛良先輩も、ファーストにふさわしいの後輩だと分かっている里奈先輩も。
……ふたりとも、ソロを吹けたらいいのに。
なんて、そう思ってしまった。
「こころは、どう思う?」
「わたしは、来年も再来年もあるし、セカンドでもサードでもやります。今年の目標は県大会金賞ですよね。その目標を叶えるためなら、ファーストとか関係なく、自分のパートを一生懸命頑張りたいと思ってます!」
そう答えると、里奈先輩はハッと何かに気づいたようだった。
「……愛良ちゃん」
「はい」
「やっぱりわたし、ファースト譲ります」
え、と思わず声を上げてしまった。
……里奈先輩、どうして急に、譲るなんて?
同じことを考えていたようで、愛良先輩も驚いていた。
「先輩、そういうの嫌です。あたしがかわいそうだとか、そういう理由で譲られても嬉しくないです!」
「違うの! ……わたし、さっきのこころちゃんの発言で気づかされたよ。大切なのはファーストかどうかソロを吹くかどうかじゃない。目標を叶えることなんだって」
里奈先輩は、わたしのほうを見てそう言った。
『目標を叶えるためなら、ファーストとか関係なく、自分のパートを一生懸命頑張りたいと思ってます』
……そうだ。大切なのは、目標を叶えることなんだ。
「県大会金賞を取るためなら、わたしはファーストもソロも譲る。ううん、譲るとかじゃない。わたしは愛良ちゃんに吹いてほしい」
「……で、でも。先輩は最後でしょ。今年が最後でしょ! それなのにいいの!? 後輩にファースト譲るなんて!」
「いいんだよ。だって愛良ちゃんだもん。出会ったときから分かってた、愛良ちゃんが上手いことなんか」
愛良先輩は里奈先輩の言葉を聞くと、また泣き出してしまった。
そんな先輩の頭を里奈先輩がぽんぽんと撫でた。
ふたりのその姿を見て、わたしは微笑ましくなると同時に、自分も頑張らないといけないと強く思った。
パート練習が終わり、合奏が始まった。
最初はいつものように基礎練習。
「じゃあ次、真中さん」
「はい」
わたしの番が来た瞬間、構えていたトランペットのマウスピースに息を入れ、音を出した。
するとクラリネットとぴったり音が合った。
「はい、そこまで。いいじゃない、真中さん。音も安定してるし、前より良い音してる。どうしたの?」
「えっと……もっと頑張らなきゃいけないな、と思ったんです。トランペットを」
緊張して声が上擦ってしまった。
須田先生は優しく笑ってくれた。
「ふふ、そうなのね。その調子で頑張って」
「ありがとうございます!」
わたしは、先生に褒められたことが自分の誇りになった。
基礎練習が終わり、“吹奏楽のためのロマンス”の練習が始まった。
最初はフルートとクラリネットの小さな音から始まる。
真ん中部分でクラリネット、アルトサックス、ホルンやユーフォのソリ、最後にトランペットという順番でソロがある。
最後は各楽器全てが目立つ構成になっており、打楽器と管楽器がアンサンブルになり終わるという感じだ。
「クラリネットとアルト、ソロはもっとゆったり吹いて! それだとロマンスは想像できない!」
「ホルンとユーフォのソリは音を伸ばす所も多いから、息を震わせてビブラートにするとか、アレンジするのもいいかも!」
須田先生は、合奏になると別人のように熱心になった。
ソロは特に目立つから、さまざまな指摘をしていた。
「トランペットソロ! 上手いわね、やっぱり。すごく上手い。だけどトランペットソロのあとはまた全体になるから、みんなにバトンタッチするような感じで最後は吹いて!」
「はい!」
……すごい。
トランペットソロを聴いた最初の感想は、それだった。
隣で愛良先輩の音が響いた瞬間、パッと雰囲気が変わったような気がした。
須田先生にもソロのなかで一番褒められていて、やはり先輩はすごいと思った。
隣の先輩の顔を見てみると、口角が上がっていて、嬉しそうだった。
四時間の部活が終わり、楽器の片付けをしていると。
楽器室から、ヒソヒソと誰かの話す声が聞こえてきた。
「ねぇ、どうだった? トランペットソロ」
「んー、正直言って普通じゃない? あれだったら里奈が吹いても同じだと思うんだけど」
「それな!? やっぱそうだよね。愛良ちゃん上手い上手いって須田にも言われてるけど、別に普通じゃん?」
……あれ、三年生のクラリネットの先輩と、バリトンサックスの先輩だ。
いま、愛良先輩の悪口を言っていたような。
盗み聞きをしてはいけないと分かっているけれど、そのまま部屋に入るわけにもいかず、わたしは足を止めた。
「てか、二年でファースト吹くってどうなの? 三年もいるのにさ」
「葵ちゃんとかあかりちゃんは三年いないから仕方ないけど、里奈がいるのにねー」
「そうそう! 里奈かわいそ、部長頑張ってるし、最後なのに。愛良ちゃんに譲ってって頼んでみようよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭のなかのどこかがプツッと切れる音がした。
「あの!」
「え……こころちゃん」
「いまの話、本当ですか」
「いや、えっと、違う違う。ただ里奈がかわいそうってだけで」
クラの先輩は否定していたけれど、わたしの怒りは全く収まらなかった。
「愛良先輩は上手いです、すごく上手いです! それに里奈先輩はファーストを譲ったんじゃなく、愛良先輩に吹いてほしいと言ったんです。部長だからとか最後だからとか、そういう言葉が一番里奈先輩を傷つけます! 先輩たちを陰で悪く言うのはやめてください!」
息をするのも忘れるまま、言いきった。
クラの先輩もバリサクの先輩も、わたしの勢いに押されてしまったようだった。
……って、わたし、やっちゃった。先輩に反論するなんて。
きっとわたしのことも陰で言われちゃうんだろうな。
そう思っていると、誰かがわたしの頭をグッと下げてきた。
「すみません。こころが生意気言って」
「え、愛良、ちゃん」
え……愛良先輩?
もしかして、わたしの大声を聞いて来てくれたのだろうか。
「でもあたし、ファースト頑張るんで。里奈先輩とこころもあたしと同じくらい頑張ると思うんで。みんなで県大会金賞目指すんですよね」
「そう、だけど……」
「じゃあ一緒に頑張りましょう、先輩」
「……うん。ごめん」
クラとバリサクの先輩たちは、愛良先輩に謝罪しているようだった。
……愛良先輩、わたしのこと、助けてくれたの?
「あの、先輩。ありがとうございました」
「何のこと? それより三年に生意気言うなんて、こころもなかなかやるじゃん。さすがあたしの後輩」
愛良先輩はニッ、と歯を見せて笑った。
やっぱり先輩は見返りを求めない、心優しい先輩だ。
「これからも愛良先輩のソロ、楽しみにしてます」
「うん、ありがと。……あとさ」
「はい」
「名前で呼ばれるのって、結構嬉しいもんだね」
先輩はそう言って、少し照れくさそうな顔で笑った。
わたしは前より少しだけ先輩と親しくなれた気がして、嬉しくなった。
今年のコンクールは誰がファーストを吹くのか。トランペットソロにふさわしいのは誰なのか。
ここまで来て話し合いしないわけにもいかないと、三人全員が思ったから。
「あたしは、やっぱり気持ちは変わらない。ファーストを吹きたい。……でも、中澤先輩がどうしても、吹きたいなら。それでみんなが納得するなら、譲ってもいいです」
「……うん。わたしも、正直言ってファースト吹きたいよ。去年はセカンドだったし、今年は最後だから。だけど、ふさわしいのは愛良ちゃんだって思ってるよ」
「先輩……」
どちらの気持ちも痛いほど伝わってくる。
先輩に譲っても良いという気持ちがある愛良先輩も、ファーストにふさわしいの後輩だと分かっている里奈先輩も。
……ふたりとも、ソロを吹けたらいいのに。
なんて、そう思ってしまった。
「こころは、どう思う?」
「わたしは、来年も再来年もあるし、セカンドでもサードでもやります。今年の目標は県大会金賞ですよね。その目標を叶えるためなら、ファーストとか関係なく、自分のパートを一生懸命頑張りたいと思ってます!」
そう答えると、里奈先輩はハッと何かに気づいたようだった。
「……愛良ちゃん」
「はい」
「やっぱりわたし、ファースト譲ります」
え、と思わず声を上げてしまった。
……里奈先輩、どうして急に、譲るなんて?
同じことを考えていたようで、愛良先輩も驚いていた。
「先輩、そういうの嫌です。あたしがかわいそうだとか、そういう理由で譲られても嬉しくないです!」
「違うの! ……わたし、さっきのこころちゃんの発言で気づかされたよ。大切なのはファーストかどうかソロを吹くかどうかじゃない。目標を叶えることなんだって」
里奈先輩は、わたしのほうを見てそう言った。
『目標を叶えるためなら、ファーストとか関係なく、自分のパートを一生懸命頑張りたいと思ってます』
……そうだ。大切なのは、目標を叶えることなんだ。
「県大会金賞を取るためなら、わたしはファーストもソロも譲る。ううん、譲るとかじゃない。わたしは愛良ちゃんに吹いてほしい」
「……で、でも。先輩は最後でしょ。今年が最後でしょ! それなのにいいの!? 後輩にファースト譲るなんて!」
「いいんだよ。だって愛良ちゃんだもん。出会ったときから分かってた、愛良ちゃんが上手いことなんか」
愛良先輩は里奈先輩の言葉を聞くと、また泣き出してしまった。
そんな先輩の頭を里奈先輩がぽんぽんと撫でた。
ふたりのその姿を見て、わたしは微笑ましくなると同時に、自分も頑張らないといけないと強く思った。
パート練習が終わり、合奏が始まった。
最初はいつものように基礎練習。
「じゃあ次、真中さん」
「はい」
わたしの番が来た瞬間、構えていたトランペットのマウスピースに息を入れ、音を出した。
するとクラリネットとぴったり音が合った。
「はい、そこまで。いいじゃない、真中さん。音も安定してるし、前より良い音してる。どうしたの?」
「えっと……もっと頑張らなきゃいけないな、と思ったんです。トランペットを」
緊張して声が上擦ってしまった。
須田先生は優しく笑ってくれた。
「ふふ、そうなのね。その調子で頑張って」
「ありがとうございます!」
わたしは、先生に褒められたことが自分の誇りになった。
基礎練習が終わり、“吹奏楽のためのロマンス”の練習が始まった。
最初はフルートとクラリネットの小さな音から始まる。
真ん中部分でクラリネット、アルトサックス、ホルンやユーフォのソリ、最後にトランペットという順番でソロがある。
最後は各楽器全てが目立つ構成になっており、打楽器と管楽器がアンサンブルになり終わるという感じだ。
「クラリネットとアルト、ソロはもっとゆったり吹いて! それだとロマンスは想像できない!」
「ホルンとユーフォのソリは音を伸ばす所も多いから、息を震わせてビブラートにするとか、アレンジするのもいいかも!」
須田先生は、合奏になると別人のように熱心になった。
ソロは特に目立つから、さまざまな指摘をしていた。
「トランペットソロ! 上手いわね、やっぱり。すごく上手い。だけどトランペットソロのあとはまた全体になるから、みんなにバトンタッチするような感じで最後は吹いて!」
「はい!」
……すごい。
トランペットソロを聴いた最初の感想は、それだった。
隣で愛良先輩の音が響いた瞬間、パッと雰囲気が変わったような気がした。
須田先生にもソロのなかで一番褒められていて、やはり先輩はすごいと思った。
隣の先輩の顔を見てみると、口角が上がっていて、嬉しそうだった。
四時間の部活が終わり、楽器の片付けをしていると。
楽器室から、ヒソヒソと誰かの話す声が聞こえてきた。
「ねぇ、どうだった? トランペットソロ」
「んー、正直言って普通じゃない? あれだったら里奈が吹いても同じだと思うんだけど」
「それな!? やっぱそうだよね。愛良ちゃん上手い上手いって須田にも言われてるけど、別に普通じゃん?」
……あれ、三年生のクラリネットの先輩と、バリトンサックスの先輩だ。
いま、愛良先輩の悪口を言っていたような。
盗み聞きをしてはいけないと分かっているけれど、そのまま部屋に入るわけにもいかず、わたしは足を止めた。
「てか、二年でファースト吹くってどうなの? 三年もいるのにさ」
「葵ちゃんとかあかりちゃんは三年いないから仕方ないけど、里奈がいるのにねー」
「そうそう! 里奈かわいそ、部長頑張ってるし、最後なのに。愛良ちゃんに譲ってって頼んでみようよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭のなかのどこかがプツッと切れる音がした。
「あの!」
「え……こころちゃん」
「いまの話、本当ですか」
「いや、えっと、違う違う。ただ里奈がかわいそうってだけで」
クラの先輩は否定していたけれど、わたしの怒りは全く収まらなかった。
「愛良先輩は上手いです、すごく上手いです! それに里奈先輩はファーストを譲ったんじゃなく、愛良先輩に吹いてほしいと言ったんです。部長だからとか最後だからとか、そういう言葉が一番里奈先輩を傷つけます! 先輩たちを陰で悪く言うのはやめてください!」
息をするのも忘れるまま、言いきった。
クラの先輩もバリサクの先輩も、わたしの勢いに押されてしまったようだった。
……って、わたし、やっちゃった。先輩に反論するなんて。
きっとわたしのことも陰で言われちゃうんだろうな。
そう思っていると、誰かがわたしの頭をグッと下げてきた。
「すみません。こころが生意気言って」
「え、愛良、ちゃん」
え……愛良先輩?
もしかして、わたしの大声を聞いて来てくれたのだろうか。
「でもあたし、ファースト頑張るんで。里奈先輩とこころもあたしと同じくらい頑張ると思うんで。みんなで県大会金賞目指すんですよね」
「そう、だけど……」
「じゃあ一緒に頑張りましょう、先輩」
「……うん。ごめん」
クラとバリサクの先輩たちは、愛良先輩に謝罪しているようだった。
……愛良先輩、わたしのこと、助けてくれたの?
「あの、先輩。ありがとうございました」
「何のこと? それより三年に生意気言うなんて、こころもなかなかやるじゃん。さすがあたしの後輩」
愛良先輩はニッ、と歯を見せて笑った。
やっぱり先輩は見返りを求めない、心優しい先輩だ。
「これからも愛良先輩のソロ、楽しみにしてます」
「うん、ありがと。……あとさ」
「はい」
「名前で呼ばれるのって、結構嬉しいもんだね」
先輩はそう言って、少し照れくさそうな顔で笑った。
わたしは前より少しだけ先輩と親しくなれた気がして、嬉しくなった。



