里奈先輩や松嶋先輩と話してから一週間後、土曜日の部活の日がやってきた。
あれから平日の部活ではパート練習の時間がなく合奏ばかりだったので、何もしないまま一週間が過ぎてしまった。
今日こそはパート練習があるはずだから、松嶋先輩にちゃんと話をしよう。
そう思いながら楽器を準備していると、葵先輩が部室に向かっていた。
「先輩、おはようございます」
「こころちゃん、おはよ。偉いねぇ、ちゃんと先輩に挨拶してくれるなんて」
「もちろんです」
そう答えると、葵先輩は嬉しそうに笑った。
「最近、険しい顔してるときあるけど何かあった?」
わたしは思わず「え」と声を上げてしまう。
……葵先輩にも気づかれていたなんて。
「そんな顔してました?」
「うん。まぁ愛良の愛想が悪くて悩んでるんでしょ」
「い、いえ! そんな訳では」
「あははっ、冗談冗談。可愛いなぁ一年生」
からかわれた反応が、どうやら可愛かったらしい。何だかちょっと恥ずかしいんだけど。
そんなことは気にせず、わたしは葵先輩にも話すことにした。
もしかしたら松嶋先輩のいろいろなことを知っているかもしれないから。
「松嶋先輩って、どうして里奈先輩のことを嫌っているんでしょうか」
「あー、愛良、里奈先輩のこと嫌ってるよね。いっつも言ってるよ。あたしがファースト吹くんだーって」
「里奈先輩いい人なのに……。葵先輩も知らないんですね、嫌っている理由」
「うん、ごめんね。親友のわたしにも話さないってことは、他は誰も知らないんじゃないかなぁ」
そうなのか。じゃあ他の先輩に聞いても分からないだろう。
やっぱり本人に直接聞くしかない。
「ありがとうございました。すみません、練習前なのに」
「ううん、全然大丈夫だよ。あ、でも、もしかしたらこころちゃんになら教えてくれるかもね」
「……わたしになら、ですか?」
「そう。なんか愛良、こころちゃんにだけ優しい気がする。あの人が名前で呼ぶのって珍しいんだよ」
絵莉ちゃんたちだけでなく、葵先輩もそう思っていたなんて。
新事実にわたしは驚いた。
「葵先輩のことも、名前で呼んでますよね。そんなに珍しいんですか?」
「そうなの、だって先輩みんなのこと苗字で呼んでるし。同い年だと名前とか何も言わずに話しかけてるよ」
「へぇ、そうなんですか」
確かに、松嶋先輩は里奈先輩のことを中澤先輩って呼んでいた。それにトロンボーンの南川先輩のことも。
「だからこころちゃんが気になるなら、思いきって聞いてみたほうがいいかもね」
「はい。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てなくてごめんねー。じゃあまたね」
そう言って、葵先輩はパート練習の教室に入っていった。
葵先輩と話したあと、わたしはひとりでトランペットを練習していた。
すると里奈先輩より先に松嶋先輩が教室に入ってきた。
「おはようございます!」
「んー。今日早いんだね」
「あの、先輩にお話したいことがあって早く来ました」
「……またあの話?」
そう言うと、松嶋先輩は明らかに面倒くさそうな態度を取った。
そりゃあそうだ。何度も同じ話をされるのなんて嫌に決まっている。
「そうじゃなくて。わたし、松嶋先輩の気持ちが聞きたいんです!」
「……あたしの、気持ち?」
「はい。相談に乗りたいんです。……松嶋先輩が、これからどうしたいのか」
「はぁ、何それ、後輩のくせになんか上から目線じゃない?」
「はい!」
わたしは勢いよく返事をする。松嶋先輩の冷たく放たれた言葉には、もう慣れている。
だってそれは、先輩の本音ではないのだから。
「わたし、先輩のトランペットの腕前を尊敬してます。だから相談に乗らせてください」
「だから、って……。なんなの、さっきから」
「先輩、本当はもっとみんなと仲良くしたいって思っていませんか?」
「……え」
その瞬間、先輩が一歩身を引いたような気がした。
今だ、と思い、わたしは続ける。
「里奈先輩を嫌っているのは、トランペットが下手だからなんですよね? なのに部長として頑張っていて、いつも笑顔で明るくて優しいから、みんなに好かれているのは里奈先輩。それが引っかかっているんですよね」
「……っ」
「わたし、松嶋先輩は人見知りなんだと思いました。だから最初わたしが来たときも嫌そうな顔してたのかなって」
「……そうだよ。あたしは人見知りだよ。それに中澤先輩を嫌っている理由も正解。だからなんなの? それを聞いてあたしにどうしろって言うわけ? 結局はこころも中澤先輩の味方なの!?」
わたしたちしかいない教室に、松嶋先輩の大声が響きわたる。
わたしはそっと先輩に近づいた。
「わたしは、先輩たちのこと、どちらも好きです。尊敬してます。……でも」
すー、はー。深呼吸をして、口を開く。
「ファーストは……トランペットソロは、愛良先輩に吹いてほしいと思ってます」
そう言った瞬間、愛良先輩は一粒の涙を流した。
あれから平日の部活ではパート練習の時間がなく合奏ばかりだったので、何もしないまま一週間が過ぎてしまった。
今日こそはパート練習があるはずだから、松嶋先輩にちゃんと話をしよう。
そう思いながら楽器を準備していると、葵先輩が部室に向かっていた。
「先輩、おはようございます」
「こころちゃん、おはよ。偉いねぇ、ちゃんと先輩に挨拶してくれるなんて」
「もちろんです」
そう答えると、葵先輩は嬉しそうに笑った。
「最近、険しい顔してるときあるけど何かあった?」
わたしは思わず「え」と声を上げてしまう。
……葵先輩にも気づかれていたなんて。
「そんな顔してました?」
「うん。まぁ愛良の愛想が悪くて悩んでるんでしょ」
「い、いえ! そんな訳では」
「あははっ、冗談冗談。可愛いなぁ一年生」
からかわれた反応が、どうやら可愛かったらしい。何だかちょっと恥ずかしいんだけど。
そんなことは気にせず、わたしは葵先輩にも話すことにした。
もしかしたら松嶋先輩のいろいろなことを知っているかもしれないから。
「松嶋先輩って、どうして里奈先輩のことを嫌っているんでしょうか」
「あー、愛良、里奈先輩のこと嫌ってるよね。いっつも言ってるよ。あたしがファースト吹くんだーって」
「里奈先輩いい人なのに……。葵先輩も知らないんですね、嫌っている理由」
「うん、ごめんね。親友のわたしにも話さないってことは、他は誰も知らないんじゃないかなぁ」
そうなのか。じゃあ他の先輩に聞いても分からないだろう。
やっぱり本人に直接聞くしかない。
「ありがとうございました。すみません、練習前なのに」
「ううん、全然大丈夫だよ。あ、でも、もしかしたらこころちゃんになら教えてくれるかもね」
「……わたしになら、ですか?」
「そう。なんか愛良、こころちゃんにだけ優しい気がする。あの人が名前で呼ぶのって珍しいんだよ」
絵莉ちゃんたちだけでなく、葵先輩もそう思っていたなんて。
新事実にわたしは驚いた。
「葵先輩のことも、名前で呼んでますよね。そんなに珍しいんですか?」
「そうなの、だって先輩みんなのこと苗字で呼んでるし。同い年だと名前とか何も言わずに話しかけてるよ」
「へぇ、そうなんですか」
確かに、松嶋先輩は里奈先輩のことを中澤先輩って呼んでいた。それにトロンボーンの南川先輩のことも。
「だからこころちゃんが気になるなら、思いきって聞いてみたほうがいいかもね」
「はい。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てなくてごめんねー。じゃあまたね」
そう言って、葵先輩はパート練習の教室に入っていった。
葵先輩と話したあと、わたしはひとりでトランペットを練習していた。
すると里奈先輩より先に松嶋先輩が教室に入ってきた。
「おはようございます!」
「んー。今日早いんだね」
「あの、先輩にお話したいことがあって早く来ました」
「……またあの話?」
そう言うと、松嶋先輩は明らかに面倒くさそうな態度を取った。
そりゃあそうだ。何度も同じ話をされるのなんて嫌に決まっている。
「そうじゃなくて。わたし、松嶋先輩の気持ちが聞きたいんです!」
「……あたしの、気持ち?」
「はい。相談に乗りたいんです。……松嶋先輩が、これからどうしたいのか」
「はぁ、何それ、後輩のくせになんか上から目線じゃない?」
「はい!」
わたしは勢いよく返事をする。松嶋先輩の冷たく放たれた言葉には、もう慣れている。
だってそれは、先輩の本音ではないのだから。
「わたし、先輩のトランペットの腕前を尊敬してます。だから相談に乗らせてください」
「だから、って……。なんなの、さっきから」
「先輩、本当はもっとみんなと仲良くしたいって思っていませんか?」
「……え」
その瞬間、先輩が一歩身を引いたような気がした。
今だ、と思い、わたしは続ける。
「里奈先輩を嫌っているのは、トランペットが下手だからなんですよね? なのに部長として頑張っていて、いつも笑顔で明るくて優しいから、みんなに好かれているのは里奈先輩。それが引っかかっているんですよね」
「……っ」
「わたし、松嶋先輩は人見知りなんだと思いました。だから最初わたしが来たときも嫌そうな顔してたのかなって」
「……そうだよ。あたしは人見知りだよ。それに中澤先輩を嫌っている理由も正解。だからなんなの? それを聞いてあたしにどうしろって言うわけ? 結局はこころも中澤先輩の味方なの!?」
わたしたちしかいない教室に、松嶋先輩の大声が響きわたる。
わたしはそっと先輩に近づいた。
「わたしは、先輩たちのこと、どちらも好きです。尊敬してます。……でも」
すー、はー。深呼吸をして、口を開く。
「ファーストは……トランペットソロは、愛良先輩に吹いてほしいと思ってます」
そう言った瞬間、愛良先輩は一粒の涙を流した。



