そして三時間のパート練習が始まった。
今日は里奈先輩の提案でトランペットだけでなく、金管パート全員で一緒にやることにした。
“吹奏楽のためのロマンス”の楽譜は一度だけ目に通した。わたしはサードだから低い音が多い。けれどファーストにはソロがあるらしいから、松嶋先輩は誰よりも重要な役目だ。
他にもクラリネットやアルトサックス、ホルンやユーフォにもソロがあるから、どのパートもなかなか大変そう。
「こころちゃん、おはよう」
「こころ、おはよ!」
「柚乃ちゃん、瑠夏ちゃん。おはよう」
パート練習をする教室に移動すると、柚乃ちゃんと瑠夏ちゃんが話しかけてくれた。
ホルンとトロンボーンは、柚乃ちゃんや瑠夏ちゃんと、各楽器二年生一人しかいない。だからふたりは強制的にセカンドの楽譜を貰っているのだろう。
……じゃあ、“吹奏楽のためのロマンス”のホルンソロは、葵先輩が吹くのかな。
「ねぇ、えっと……真中だっけ」
「え? あっ、はい。そうです」
突然、チューバの二年生、高野 吉彦先輩が話しかけてきた。
高野先輩、異性ということもあり少し話しかけにくいと思っていたから、初めて話すかもしれない。
いつもは大人しく落ち着いた雰囲気の先輩。だけどわたしの名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。
「気にしないで。その……松嶋と、部長のこと」
「松嶋先輩と、里奈先輩のこと……ですか?」
「うん。なんか、気負いそうな性格だと思ったから。それだけ」
そう言って、高野先輩はチューバを吹き始めた。全ての楽器を支える低音が響くと同時に、わたしは疑問に思った。
……高野先輩、わたしが先輩たちのことを気にしてると思って、声掛けてくれたのかな。
高野先輩って結構話しやすい人なのかも。
「こころちゃん、譜読みとかできる? 大丈夫?」
「譜読みは大丈夫そうです。一応ピアノを習っていたことがあるので」
「えー、そうなんだ! すごいなぁ。わたし音譜読めなくてさ。良かったら教えてくれないかな?」
里奈先輩が胸の前で手を合わせ、お願いしてきた。
“吹奏楽のためのロマンス”を練習したいと思っていたけれど……先輩に頼まれてしまったら仕方がない。
「はい、大丈夫です。むしろわたしで良いんですか? 後輩なのに」
「うん、こころちゃんともっと話してみたいし! わたしこそごめんね」
「いえ、嬉しいです」
「ありがとう! 待ってて、シャーペン取ってくるね」
里奈先輩は慌てて廊下を走って行った。
それと同時に、隣に座っている松嶋先輩から舌打ちのような音が聞こえたのは気のせいであってほしいと思った。
わたしは里奈先輩と、譜読みが始まった。
まず先輩に音階の読み方を教えたあと、先輩はひとりで頑張っていた。
先輩に後輩が教えるなんて図々しくないだろうか。そう思いながらも、わたしは自分の譜読みを進めていったとき。
「ねぇ、こころ」
先程までひとりで練習していた松嶋先輩が、突然話しかけてきた。
「先輩。どうしたんですか?」
「譜読み終わった? 早く練習したいんだけど」
「す、すみません。もう終わります。……って、先輩は譜読み終わってるんですか?」
「終わってるっていうか、別に目通せばそのくらい分かるでしょ。音名なんて書かなくてもどうせ暗記するんだから」
見ると松嶋先輩の譜面には音名を書いておらず、真っ白だった。
……すごいな。先輩は何も書かなくても、すぐ暗記できるだなんて。
わたしはすぐに譜読みを終わらせた。
「できそう? サード」
「はい、何とか。自信はないんですけど」
「そう。ていうかあたしは、こころがセカンドのほうが良いと思ったけどね」
「……え、それって」
どういうことですか。
そう尋ねようとしたとき、「お待たせー!」と里奈先輩が声を掛けてきた。どうやら譜読みが終わったらしい。
わたしは疑問に思いながらも、みんなでパート練習を始めることになってしまった。
「ねぇねぇ、こころちゃん、だよね」
「えっ? は、はい! そうです」
「だよね。わたし、ユーフォパート二年の金沢 あかりです。あかりでいいよ。よろしくね」
「真中こころです。あかり先輩、よろしくお願いします」
茶色の髪とロングヘアが特徴的な、あかり先輩。
優しくて美人な先輩だ。
ユーフォが似合うなぁ、なんてほのぼのしていると、何かを思いついたように里奈先輩が「そうそう!」と言った。
「わたしね、前から思ってたの! 先輩のこと名前で呼ぶほうがみんな仲良くなれるんじゃないかなって。後輩ちゃんも、先輩に気軽に話しかけやすくなるでしょ? 異性のことは苗字のほうが呼びやすかったらそれでいいよ!」
「あー、確かに。それはうちもちょっと思ってたよ」
「でしょ! さすが沙羅、分かってるぅ」
……先輩のことを名前で呼ぶ、か。
今のところわたしは里奈先輩、葵先輩、あかり先輩のことは名前で呼んでいるけど。
他の先輩のことも名前で呼ぶって、少し緊張してしまう。
ということは、松嶋先輩のことも名前で呼ぶことになるんだ。
「一年生も二年生も、それでいい?」
「はい!」
「了解です!」
「ありがとう! じゃあ改めて、これからよろしくね! みんなコンクールに向けて頑張っていこう!」
わたしたちは大きく頷いた。
だけど、わたしは気づいていた。松嶋先輩だけが、少し不満げな顔をしていることに。
でも、わたしはそれを見て見ぬふりをした。
今日は里奈先輩の提案でトランペットだけでなく、金管パート全員で一緒にやることにした。
“吹奏楽のためのロマンス”の楽譜は一度だけ目に通した。わたしはサードだから低い音が多い。けれどファーストにはソロがあるらしいから、松嶋先輩は誰よりも重要な役目だ。
他にもクラリネットやアルトサックス、ホルンやユーフォにもソロがあるから、どのパートもなかなか大変そう。
「こころちゃん、おはよう」
「こころ、おはよ!」
「柚乃ちゃん、瑠夏ちゃん。おはよう」
パート練習をする教室に移動すると、柚乃ちゃんと瑠夏ちゃんが話しかけてくれた。
ホルンとトロンボーンは、柚乃ちゃんや瑠夏ちゃんと、各楽器二年生一人しかいない。だからふたりは強制的にセカンドの楽譜を貰っているのだろう。
……じゃあ、“吹奏楽のためのロマンス”のホルンソロは、葵先輩が吹くのかな。
「ねぇ、えっと……真中だっけ」
「え? あっ、はい。そうです」
突然、チューバの二年生、高野 吉彦先輩が話しかけてきた。
高野先輩、異性ということもあり少し話しかけにくいと思っていたから、初めて話すかもしれない。
いつもは大人しく落ち着いた雰囲気の先輩。だけどわたしの名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。
「気にしないで。その……松嶋と、部長のこと」
「松嶋先輩と、里奈先輩のこと……ですか?」
「うん。なんか、気負いそうな性格だと思ったから。それだけ」
そう言って、高野先輩はチューバを吹き始めた。全ての楽器を支える低音が響くと同時に、わたしは疑問に思った。
……高野先輩、わたしが先輩たちのことを気にしてると思って、声掛けてくれたのかな。
高野先輩って結構話しやすい人なのかも。
「こころちゃん、譜読みとかできる? 大丈夫?」
「譜読みは大丈夫そうです。一応ピアノを習っていたことがあるので」
「えー、そうなんだ! すごいなぁ。わたし音譜読めなくてさ。良かったら教えてくれないかな?」
里奈先輩が胸の前で手を合わせ、お願いしてきた。
“吹奏楽のためのロマンス”を練習したいと思っていたけれど……先輩に頼まれてしまったら仕方がない。
「はい、大丈夫です。むしろわたしで良いんですか? 後輩なのに」
「うん、こころちゃんともっと話してみたいし! わたしこそごめんね」
「いえ、嬉しいです」
「ありがとう! 待ってて、シャーペン取ってくるね」
里奈先輩は慌てて廊下を走って行った。
それと同時に、隣に座っている松嶋先輩から舌打ちのような音が聞こえたのは気のせいであってほしいと思った。
わたしは里奈先輩と、譜読みが始まった。
まず先輩に音階の読み方を教えたあと、先輩はひとりで頑張っていた。
先輩に後輩が教えるなんて図々しくないだろうか。そう思いながらも、わたしは自分の譜読みを進めていったとき。
「ねぇ、こころ」
先程までひとりで練習していた松嶋先輩が、突然話しかけてきた。
「先輩。どうしたんですか?」
「譜読み終わった? 早く練習したいんだけど」
「す、すみません。もう終わります。……って、先輩は譜読み終わってるんですか?」
「終わってるっていうか、別に目通せばそのくらい分かるでしょ。音名なんて書かなくてもどうせ暗記するんだから」
見ると松嶋先輩の譜面には音名を書いておらず、真っ白だった。
……すごいな。先輩は何も書かなくても、すぐ暗記できるだなんて。
わたしはすぐに譜読みを終わらせた。
「できそう? サード」
「はい、何とか。自信はないんですけど」
「そう。ていうかあたしは、こころがセカンドのほうが良いと思ったけどね」
「……え、それって」
どういうことですか。
そう尋ねようとしたとき、「お待たせー!」と里奈先輩が声を掛けてきた。どうやら譜読みが終わったらしい。
わたしは疑問に思いながらも、みんなでパート練習を始めることになってしまった。
「ねぇねぇ、こころちゃん、だよね」
「えっ? は、はい! そうです」
「だよね。わたし、ユーフォパート二年の金沢 あかりです。あかりでいいよ。よろしくね」
「真中こころです。あかり先輩、よろしくお願いします」
茶色の髪とロングヘアが特徴的な、あかり先輩。
優しくて美人な先輩だ。
ユーフォが似合うなぁ、なんてほのぼのしていると、何かを思いついたように里奈先輩が「そうそう!」と言った。
「わたしね、前から思ってたの! 先輩のこと名前で呼ぶほうがみんな仲良くなれるんじゃないかなって。後輩ちゃんも、先輩に気軽に話しかけやすくなるでしょ? 異性のことは苗字のほうが呼びやすかったらそれでいいよ!」
「あー、確かに。それはうちもちょっと思ってたよ」
「でしょ! さすが沙羅、分かってるぅ」
……先輩のことを名前で呼ぶ、か。
今のところわたしは里奈先輩、葵先輩、あかり先輩のことは名前で呼んでいるけど。
他の先輩のことも名前で呼ぶって、少し緊張してしまう。
ということは、松嶋先輩のことも名前で呼ぶことになるんだ。
「一年生も二年生も、それでいい?」
「はい!」
「了解です!」
「ありがとう! じゃあ改めて、これからよろしくね! みんなコンクールに向けて頑張っていこう!」
わたしたちは大きく頷いた。
だけど、わたしは気づいていた。松嶋先輩だけが、少し不満げな顔をしていることに。
でも、わたしはそれを見て見ぬふりをした。



