しばらくして、先輩たちや絵莉ちゃんたちが来た。
今日は基礎合奏を、わたしたち一年生も含めて行うということだった。
部室へ行き、トランペットパートの椅子にわたしは座った。
席の順番は指揮者、前からフルートとクラリネット、サックス、ホルンとユーフォとチューバ、わたしたちトランペットとトロンボーンが一番後ろとなっている。
トランペットやトロンボーンの場所が、わたしは好き。他のパートの音を聴けるし、吹いているみんなの景色を眺めることができるから。
「おはよ、こころ」
「あっ、松嶋先輩。おはようございます」
わたしの左隣に座った松嶋先輩が、挨拶を交わしてくれた。
その左隣には里奈先輩が居るというのにも関わらず、先にわたしに挨拶してくれたみたいだ。
相変わらず松嶋先輩が持っている銀色のトランペットはかっこいいなぁ、なんて思った。
「愛良ちゃん、おっはよー!」
「中澤先輩、おはようございます。あの、さっき吹いてたところちょっと間違ってましたよ」
「えぇ、本当に? 後でパー練のとき教えてくれたら嬉しいな」
「……はい」
松嶋先輩、すごい。
先輩なのに、間違えていたところを指摘できるなんて。
わたしだったら怖くてできないだろう。先輩に指摘だなんて失礼だと思ってしまうから。
でもコンクールでは、そういう助け合いをしないと勝利には届かないんだ……。
「みなさん、おはようございます。今日は初めての一年生を含めた基礎合奏ですね。よろしくお願いします。ではまずクラリネット基準で、B♭の音を出してください」
B♭の音というのは、ピッチを合わせる基準となる音のこと。
クラリネットの三年生の先輩を基準に、一人一人でピッチを合わせていく。
途中で唸ってしまったら、それはピッチが合っていないということだから、もう一度調整してやり直しをする。
「次、穂村さんどうぞ」
……絵莉ちゃんだ。
わたしは絵莉ちゃんに視線を向ける。けれど絵莉ちゃんは堂々としていて、音に自信がある、と言っているようだった。
ピッチも合っていて、すぐに絵莉ちゃんの番は終わった。
木管楽器が全て終わると、トランペットの番になった。
里奈先輩は、少しピッチが高く、菅を抜いて調整していた。
松嶋先輩はというと、完璧にピッチが合っていた。それに音も綺麗で、先輩が吹いた途端、皆が先輩のほうを向いたくらい。
「次、真中さんどうぞ」
「は、はいっ」
松嶋先輩の音をじっくり聴くまでもなく、わたしの番が回ってきた。
静かな音楽室のなか、クラリネットの先輩も吹くとは言えど、自分の音が響くのは緊張してしまう。
ゆっくり深呼吸をして、マウスピースに息を入れた。
「……うん、音も安定しているわね。じゃあ次ホルンパートどうぞー」
……え。わたし、大丈夫だったんだ。
驚いた。里奈先輩ですら少しピッチが合っていなかったのに。
安心して松嶋先輩のほうを向くと、小さく頷いてくれた。
「えー、では、今年のコンクール曲の楽譜を配布したいと思います。曲名は“吹奏楽のためのロマンス”です」
“吹奏楽のためのロマンス”とは、ロマンスという曲を吹奏楽のために編曲された曲だ。
わたしが中学生のときの吹部は先輩たちの人数が多く、一年生はコンクールに出れないのが当たり前だった。けれどこの学校は吹部全体の人数が少ないため、一年生もコンクールに出ることが決まった。
わたしは中学二年生になってすぐ退部したため、コンクールには一度も出たことがない。
「パート分けどうしようか? 去年は先輩がファースト、わたしがセカンド、愛良ちゃんがサードだったけど」
パート譜はファースト、セカンド、サードで構成されていた。
普通なら三年生がファースト、二年生がセカンド、一年生がサードだと思っていた。
だから松嶋先輩の発言に、わたしはびっくりした。
「あたし、ファーストでもいいですか?」
「え、愛良ちゃんが?」
「はい」
松嶋先輩が、ファーストを吹きたいと言った。
……でも、いつもは先輩がファーストなんじゃ。
そう不思議に思った矢先、葵先輩がこちらを駆けてきた。
「ちょっと愛良、どうしたの! 里奈先輩は最後のコンクールなんだよ。それなのにどうして……!」
「別に、中澤先輩がそんなにファーストやりたいなら譲るけど。県大会金賞を目指してるんじゃないの? だったら上手い人が吹くべきでしょ?」
「それは、そうだけど」
松嶋先輩の鋭い発言に、葵先輩は混乱しているようだった。
松嶋先輩は里奈先輩を嫌っているの、やっぱり本当なんだ……。
そう悲しい気持ちに浸されていると、里奈先輩が突然パンパンと手を叩いた。
「はーい、喧嘩は終わりにしてね! 勝手に部長なしで進めないでくださーい」
「あっ、里奈先輩、すみません」
「ううん、ありがとう、葵ちゃん。わたしは……ファーストは愛良ちゃんがふさわしいと思ってるよ」
里奈先輩のその言葉に、部全体がざわついたのが分かった。
先輩は、そんな簡単にファーストを譲っていいの?
最後のコンクールなのに。
わたしはそう思ってしまった。
「里奈、うちら最後のコンクールなんだよ。いいの? 里奈はそれで」
トロンボーンの三年生、南川 沙羅先輩が、里奈先輩にそう言った。
けれど里奈先輩は、首を縦に振った。
「うん、いいと思ってるよ。今年は本気で県大会金賞を目指すなら。……だって、わたしより愛良ちゃんのほうが上手いんだから」
「まぁ、里奈がそう思ってるならいいけどさ。じゃあ愛良ちゃん、ファースト頑張ってね」
「はい。南川先輩も、ありがとうございます」
里奈先輩は、松嶋先輩にファーストの譜面を渡した。
『だって、わたしより愛良ちゃんのほうが上手いんだから』
里奈先輩のこの言葉が、脳裏に残る。一瞬先輩が俯いて悔しそうな顔を見せたのは気のせいだろうか。
今日は基礎合奏を、わたしたち一年生も含めて行うということだった。
部室へ行き、トランペットパートの椅子にわたしは座った。
席の順番は指揮者、前からフルートとクラリネット、サックス、ホルンとユーフォとチューバ、わたしたちトランペットとトロンボーンが一番後ろとなっている。
トランペットやトロンボーンの場所が、わたしは好き。他のパートの音を聴けるし、吹いているみんなの景色を眺めることができるから。
「おはよ、こころ」
「あっ、松嶋先輩。おはようございます」
わたしの左隣に座った松嶋先輩が、挨拶を交わしてくれた。
その左隣には里奈先輩が居るというのにも関わらず、先にわたしに挨拶してくれたみたいだ。
相変わらず松嶋先輩が持っている銀色のトランペットはかっこいいなぁ、なんて思った。
「愛良ちゃん、おっはよー!」
「中澤先輩、おはようございます。あの、さっき吹いてたところちょっと間違ってましたよ」
「えぇ、本当に? 後でパー練のとき教えてくれたら嬉しいな」
「……はい」
松嶋先輩、すごい。
先輩なのに、間違えていたところを指摘できるなんて。
わたしだったら怖くてできないだろう。先輩に指摘だなんて失礼だと思ってしまうから。
でもコンクールでは、そういう助け合いをしないと勝利には届かないんだ……。
「みなさん、おはようございます。今日は初めての一年生を含めた基礎合奏ですね。よろしくお願いします。ではまずクラリネット基準で、B♭の音を出してください」
B♭の音というのは、ピッチを合わせる基準となる音のこと。
クラリネットの三年生の先輩を基準に、一人一人でピッチを合わせていく。
途中で唸ってしまったら、それはピッチが合っていないということだから、もう一度調整してやり直しをする。
「次、穂村さんどうぞ」
……絵莉ちゃんだ。
わたしは絵莉ちゃんに視線を向ける。けれど絵莉ちゃんは堂々としていて、音に自信がある、と言っているようだった。
ピッチも合っていて、すぐに絵莉ちゃんの番は終わった。
木管楽器が全て終わると、トランペットの番になった。
里奈先輩は、少しピッチが高く、菅を抜いて調整していた。
松嶋先輩はというと、完璧にピッチが合っていた。それに音も綺麗で、先輩が吹いた途端、皆が先輩のほうを向いたくらい。
「次、真中さんどうぞ」
「は、はいっ」
松嶋先輩の音をじっくり聴くまでもなく、わたしの番が回ってきた。
静かな音楽室のなか、クラリネットの先輩も吹くとは言えど、自分の音が響くのは緊張してしまう。
ゆっくり深呼吸をして、マウスピースに息を入れた。
「……うん、音も安定しているわね。じゃあ次ホルンパートどうぞー」
……え。わたし、大丈夫だったんだ。
驚いた。里奈先輩ですら少しピッチが合っていなかったのに。
安心して松嶋先輩のほうを向くと、小さく頷いてくれた。
「えー、では、今年のコンクール曲の楽譜を配布したいと思います。曲名は“吹奏楽のためのロマンス”です」
“吹奏楽のためのロマンス”とは、ロマンスという曲を吹奏楽のために編曲された曲だ。
わたしが中学生のときの吹部は先輩たちの人数が多く、一年生はコンクールに出れないのが当たり前だった。けれどこの学校は吹部全体の人数が少ないため、一年生もコンクールに出ることが決まった。
わたしは中学二年生になってすぐ退部したため、コンクールには一度も出たことがない。
「パート分けどうしようか? 去年は先輩がファースト、わたしがセカンド、愛良ちゃんがサードだったけど」
パート譜はファースト、セカンド、サードで構成されていた。
普通なら三年生がファースト、二年生がセカンド、一年生がサードだと思っていた。
だから松嶋先輩の発言に、わたしはびっくりした。
「あたし、ファーストでもいいですか?」
「え、愛良ちゃんが?」
「はい」
松嶋先輩が、ファーストを吹きたいと言った。
……でも、いつもは先輩がファーストなんじゃ。
そう不思議に思った矢先、葵先輩がこちらを駆けてきた。
「ちょっと愛良、どうしたの! 里奈先輩は最後のコンクールなんだよ。それなのにどうして……!」
「別に、中澤先輩がそんなにファーストやりたいなら譲るけど。県大会金賞を目指してるんじゃないの? だったら上手い人が吹くべきでしょ?」
「それは、そうだけど」
松嶋先輩の鋭い発言に、葵先輩は混乱しているようだった。
松嶋先輩は里奈先輩を嫌っているの、やっぱり本当なんだ……。
そう悲しい気持ちに浸されていると、里奈先輩が突然パンパンと手を叩いた。
「はーい、喧嘩は終わりにしてね! 勝手に部長なしで進めないでくださーい」
「あっ、里奈先輩、すみません」
「ううん、ありがとう、葵ちゃん。わたしは……ファーストは愛良ちゃんがふさわしいと思ってるよ」
里奈先輩のその言葉に、部全体がざわついたのが分かった。
先輩は、そんな簡単にファーストを譲っていいの?
最後のコンクールなのに。
わたしはそう思ってしまった。
「里奈、うちら最後のコンクールなんだよ。いいの? 里奈はそれで」
トロンボーンの三年生、南川 沙羅先輩が、里奈先輩にそう言った。
けれど里奈先輩は、首を縦に振った。
「うん、いいと思ってるよ。今年は本気で県大会金賞を目指すなら。……だって、わたしより愛良ちゃんのほうが上手いんだから」
「まぁ、里奈がそう思ってるならいいけどさ。じゃあ愛良ちゃん、ファースト頑張ってね」
「はい。南川先輩も、ありがとうございます」
里奈先輩は、松嶋先輩にファーストの譜面を渡した。
『だって、わたしより愛良ちゃんのほうが上手いんだから』
里奈先輩のこの言葉が、脳裏に残る。一瞬先輩が俯いて悔しそうな顔を見せたのは気のせいだろうか。



