季節にはそれぞれ神が宿っている。
巡り来る季節を司り、季節の均衡を護り、知恵や大地に恵みを与え、時には試練を与える存在。
新たな風を運ぶ春神、暑き太陽を与える夏神、実りを運び美しき紅葉に染める秋神、凍てつく寒さと生きる試練を与える冬神。
彼らのことを人々は四季神と呼んでいた。
四季神は季節を守るだけでなく、人間達をも見守り、助け合い、時には助け舟を出し、彼の愚かさを知り罰を与えたりと神と人間は支え合って生きてきた。

だが、それを脅かす影も存在する。

その影を瘴気と呼び、人の恨みや嫉妬、悪しき者が持つ心が生み出す悪意が生み出す。
瘴気に侵された者はその身を乗っ取られ人々を襲い、最期は気が狂い死に至り瘴気を撒き散らす。
瘴気を祓うには瘴気の根源を倒すか、春の巫女だけが持つ浄化の異能のみ。
四季神の側には必ず巫女がいる。その巫女は四季神の花嫁として迎えられていた。

それが決定的になった伝説がある。

遥か昔、黄泉という邪神が四季神の力と浄化の異能を持つ巫女を手に入れようと世界を闇に包み込んだ。
太陽は隠され空は極夜に、四季は狂い、大人しかった妖も凶暴となり、人々は恐怖に苛まれた。
捕えられた巫女に瘴気を浴びせ、邪神に仕える存在である影巫女にしようと目論んだ。影巫女も四季の巫女と同じ花嫁として迎えられる。
影巫女は正義の為に使う異能とは違い、瘴気を広め、人々を騙し惑わせる能力を持ち、邪神の力を強力なものにする力も持っている。
より強力な影巫女を作る為には異能を持った巫女が必要だった。
だが、春神がそれを許さなかった。
我が花嫁を瘴気に侵食させ我が物しようとする黄泉に春神は容赦しない。
けれど、邪神が操る瘴気は春神にも侵食してゆく。
四季神の身体をも手に入れようとする黄泉に巫女の異能が炸裂する。
浄化され弱りきった黄泉を春神と巫女は常闇の彼方に封印した。
封印される瞬間、黄泉は呪詛を残した。

「必ずお前達の元へ戻ってくる。今度こそ春の巫女と春神の肉体も我が物にする!!!必ずだ!!!!他の四季神共にも苦しみを味合わせ、この世を瘴気で覆い尽くし我の思い通りの世界とする!!!」

再び舞い戻ってくると叫びながら黄泉は封印された。
世界は光が戻り、四季も元に戻り、妖も元の落ち着きを取り戻し、人間達に平穏が訪れた。
危機を救った春神と巫女の伝説はのちの未来にまで受け継がれる。

春の巫女には異能以外にある特徴があるのだという。
その特徴とは左手の甲に桜の花弁の痣と持つと言われている。
巫女として、花嫁として、春神を支え、瘴気を消し去る浄化の異能を持つ特別な存在。
四季神は巫女が生まれてくるのを待つ。どんなに彼を欺き巫女の座を手に入れたいと現れる愚か者が現れても惑わされることはない。
それぞれの四季神は季節を司りながら巫女を探す。

この世に生を受けた春の巫女は、優しい両親と姉と共に暮らしていた。
その姉は血のように赤い髪と翠緑色の瞳を持って生まれてきたことで住んでいる村の者から忌み嫌われていた。
左手の甲に桜の痣を持つ巫女はそんな姉を心の底から愛していた。
姉妹は自分たちが持つものがどういうモノなのかまだ知らない。
髪と瞳、そして手の痣が皆に慕われる四季神に繋がるものなどとは知る由もなかった。





よく見る夢がある。中身は良いものではない。
いつも魘されながら起きる。本当に嫌な目覚めだと自分でも思うが改善策がない。
その悪夢の内容は、小さい時に私に起きた事を追体験させる夢。
私にはとても美しくて優しい姉がいる。性格に反してとても奇抜な髪と瞳を持って生まれてきた人。
血のように赤い髪と翠玉の様な翠緑色の瞳。
凄く綺麗だと思った。幼かった私は姉の髪と瞳にとても憧れたし羨ましかった。
両親も姉の髪と瞳は神様がくれた美しい贈り物だよって優しく見守っていた。
けれど、周りはそんな姉を除け者にした。
気味が悪い、村に災いを呼ぶ、化け物とか言って姉を蔑んでいた。
両親と私は姉を全力で守った。姉の優しさと笑顔をあんな奴らに奪われるなんて許せなかった。
どんなに周りから孤立しようと私達家族の絆は途切れることなく幸せだった。
どんなに貧しくても希望の光は残っている。必ずこの苦しみはいずれ報われると父さん達は私達に教えてくれた。
私も姉もその言葉通りになるのだとずっと信じていた。
けれど、ある晩に起きた出来事で全てが一変した。私達が寝静まった頃にそれは起きた。
突然、姉が寝ていた私を必死に起こしてきたのだ。

「絵梨!!起きて!!早く!!!」
「んぅ…姉ちゃん…?どうしたのぉ?」
「お家が燃えてるの!!逃げなきゃ…!!」

姉の言葉に驚き周りを見ると真っ赤な炎が私達を囲んでいる。私は飛び起き姉と共に両親を探した。
熱さと煙で思う様に進めない。恐怖で足がすくみ思う様に動けない。

(どうして、火の気がないのを母さん達がしっかり確認してた筈なのに。どうしてお家が燃えているの?)

思い出が業火によって燃え尽くされてゆく。私達も燃えて死んでゆくのではないかと猛烈な熱さと焼ける臭いと煙がいざなう。
けれど、父さん達がそれを許さなかった。
父さんと母さんは私達を抱え必死に外に出ようともがいた。
命懸けで父さん達は私達を守り外へ逃してくれた。
父さん達もきっと助かる。私達姉妹はそう信じていた。
その願いが見事に打ち砕かれた。
村のみんなは燃え盛る家をただただ眺めているだけで助けに行こうとしなかった。
私達は必死になって父さん達を助けて欲しいと訴えたけれど誰も手を差し伸べてくれなかった。今まで感じたことのなかった絶望が私達姉妹に突きつけられたのだ。
結局、父さん達は助からず焼き尽くされた。幼い私達はただ茫然とその様子を見るしかできなかった。
燃え尽きた家には焼け焦げた残骸だけしか残らず、父さん達の遺体は灰となってなくなっていた。
何もかもなくなった。楽しかった思い出も、愛する家族も何もかも。
どんなに村のみんなから蔑まれようと耐えてきたのに今回ばかりは完全に打ちのめされた。
誰も助けてくれない現実と喪失。
姉さんは自分のせいでこうなったのだといつも泣いていた。
違う。姉さんは何も悪くない。慰めたくても全てを失い絶望に陥っていた私に彼女にかける言葉が見つからなかった。
その後のことはあまり記憶がない。気づいたら姉さんと引き離されていて女中として働かされていた。
父の兄である叔父に引き取られ働かされる毎日。
義姉である和歌は私を虐めて楽しむ。彼女の両親も同じだ。
お気に入りの使用人以外には冷たく当たる嫌な人達だけれど、今の私はここでしか生きられない。

「あの髪が真っ赤なアンタのお姉さんに会いたいならここで頑張らなきゃね。そうでしょ?絵梨?アンタが此処で生きていけてるのは冬の巫女である和歌様のお陰なんだからね」

姉が引き取られた先にいる女は和歌ぐらいに性格が悪い。なんでこんな奴が冬の巫女に選ばれたのだろうかと疑問に思う。神様も物好きだとしか思えない。
姉さんには気味悪がられる様な外見を与えてきたくせに。
私の左手の甲に桜の痣もだ。
でも、神様に感謝しているも当然ある。それは、他の人には聞こえない声を聞くことができる事と、瘴気に侵されたモノを浄化できる異能を授けてくれた事だ。当然だがみんなには秘密。私だけの特別な秘密なのだ。

「絵梨様ぁ〜!!」

すると、背後から聞き慣れた声がした。振り向くとふわふわと慌てた様子で飛んできたアゲハ蝶のゆなが私の左手に止まった。

「ゆな。どうしたの?そんなに慌てて」
「絵梨様!大変なんです!!春神様が眠る桜の樹が瘴気に侵されてしまって…!!!」
(え?春神様って…)

確か四季神の一人だ。春を司る神様で新たな風と実りを与えるとか言われてた筈。
番いとなる春の巫女が見つかるまでは、冬の間は桜の樹の中で力を蓄えているとか噂で聞いたことがあった。まさか本当のことだったなんて。

「このままでは春神様が死んじゃう!!そうなったらもう春が来なくなっちゃうよ…!!」

その神の力を凌駕する濃い瘴気に不安を覚える。幾ら浄化の異能があるからといえどそんな強力なものは初めてだ。
けれど、逃げたら一生後悔する。やらない後悔よりやって後悔して死んだ方がいい。

「(…放っておけない。できるだけのことはやろう)大丈夫。私がその桜の樹を元に戻してあげる!だからもう泣かないで」
「ありがとうございます絵梨様…!!私が案内します!!」

ゆなは私の手から離れ、私を春神様が眠る桜の樹が植えられている場所へと案内してくれた。
目的の場所に近づくにつれて瘴気の濃さが高まってゆくのを感じる。今まで感じたことのない瘴気に私は思わず顔を歪める。

(人の憎悪と恨みが身体に伝わってくる…。気を抜いたら私まで瘴気に呑まれてしまうわ…!!)

必死の思いでゆなに導かれながら目的地に辿り着くと、そこには黒いモヤに似た瘴気に侵され枯れ果てたとても立派な桜の樹が立っていた。