二人乗り、無事に到着。授業もギリ間に合った。

 ……けどさ。授業、集中切れてた。……なんでだよ。
 
 で、今、
昼休み。

 俺の胃袋、たぶん空っぽのはずなんだけどさ。

 なんか、
背中、まだ
熱ッ。気のせいじゃねぇし。
ずっと残ってんの。

 大学の食堂は、いつも通り。
ガヤガヤしてて、ざわついてて、ちょい騒がしいくらい。
 
 ……なんだけど。今日はやたら視線、感じんのよ。

 俺がモテるのは事実だから、見られんの慣れてるし。文句はねぇ。
 でも今日のは、なんか、違う。「イケメンいた〜」とかじゃねぇ。
 空気の中に、明らかに──含み笑い。混じってる。なんなんだよ、マジで。

 んで、そんなモヤり引きずったまんま、チキンカレー定食をトレイに乗せて席に向かったら、
 すでに佑介(ゆうすけ)(れん)は、座ってた。

 しかも、佑介のやつ、うにゃって笑ってやがるし、
蓮もなんか、意味ありげな微笑。

「おいおいおい。お前ら、なにその顔」


 斉藤(さいとう)佑介。
 高校からの腐れ縁。ノリ高め。
 顔、ふつー。服もふつー。パーカー、スウェット、Tシャツにデニムばっか。
 
頭もふつーっぽいのに、テストだけは毎回なぜか高得点。意味わかんねぇ。
 うちの高校、クラス分けはランダムだったのに、三年間ずっと同じクラス。
 気づけば、大学も同じ学科。どんだけ縁あんだよ。
 俺とは真逆。モテないし、「彼女ほしい〜」って、ずっと言ってる。


 門崎(かどさき)蓮。

 大学からのやつ。顔、レベル高い。
髪はちょい長め。
 俺のカジュアルイケとは違って、服はロック系。バンドマンっぽいハードなやつ。
 
初対面の印象、バチバチ強かった。
 なのに、中身はわりと柔らかめ。落ち着いてて、冷静。

 入学初日のオリエン、学籍番号が近くて、前の席に座ってたのが最初。
 そのあと「ピョンピョンオシャレ同好会」、一緒にスカウトされたって流れになって、


 気づけば、俺と佑介がうるさくしてんの横で、ふつーに溶け込んでた。


 俺がまだ座ってもねぇうちに、
佑介がパーカーの袖まくって、ラーメンすすりながら言ってくる。

「おい飛充、一限も二限も、教室、後ろにいたっけ?」

 ……佑介が、やな笑い方してんじゃん。

「ま、ギリギリだったから」

「てか、お前……今日、特に目立ってんな?
 休み明けの朝イチで、なにやらかした? しかもさ──昨日と同じ服じゃん!」

 ……もっとやな笑い方してんじゃん。

 あっ……そっか。俺、昨日、佑介ら高校のやつらと遊んで、そのまんま帰って……。

「あー、そりゃ……いや、寝落ち? してたっぽくて。気づいたら朝だったし……てか、俺やべくね?」

 ……さすが任太朗の……寝顔。そんで、風呂、してねぇとか、言えるわけねぇ。

 
……で、そのまんまバイクで、朝から二人乗り。

 てか、任太朗のこと、こいつらには、まだ話してねぇし。

「なんかさぁ、今朝バイクで誰か後ろに乗せてたって噂になってんだけど〜?
 『誰も乗せねぇ主義』って言ってたの、誰でしたっけ〜?」

「……っ!? なんでそれ知ってんの!? どこ情報!?」

 事実──いやでも、今朝は、一限始まる寸前だったし。
 東門。しかも、バイク専用ルート。
 
誰もいねぇはず……だったんだけどな。でもまあ、知られてたとしても──俺、ふつーにモテるから。

「情報どっから漏れてんだよ? てか、拡散スピード、早すぎんだろ」

 俺の一応の問いに、佑介が爆笑しながら、スマホひょいって見せきた。


「お前、見てねぇのか? ほら、これ」

 佑介、顔、くしゃくしゃ。完全に楽しんでる。

 そのタイミングで、
蓮がごはん口に運びながら、声も出さず、ふっとまた微笑んだ。

 
 画面に映ってたのは──動画。
 校内SNSの、裏アカっぽいやつの投稿。

 タイトルは──
 『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』
 ……誰だよ、カップル爆誕って。

 今日の「ランキング1位!」。
 ……てか、今シーズンの「1位」も塗り替えてんじゃん。
 
 いいね数、全校生徒分の桁。再生回数、ずっと回りっぱなし。カウント止まる気配ゼロ。

 で、内容が──
 
 ──俺と任太朗!
 
 東門にバイクで入ってくるとこ。横から、バッチリ。画角、完璧。
フレーム、ぴったり。てか高画質。
 
 ……俺と、俺のバイク。そこだけ切り取れば、めっちゃイケてる。
 
 のに、後ろ──

 ピンクのハート柄。黒天パ、はみ出しMAX。
 登山リュック、浮きすぎ。
猫背の曲線とともに、ボリューム感がマジ強調。

 そして──俺の背中に、

 べった──り。密着。

 サイドには、ショルダーバッグ。
 ──あ、俺のだ。イケてるのに地味に主張してんのがムカつく。

 五秒で終わる動画のくせに、破壊力、エグい。

 形状的に、配置的に、空気感的に、全体的にもう、絶妙すぎておかしい。
 
 マジで想像してたより、百倍……いや千倍……いや万倍やべぇ。

 てか、俺、猫背の山を、背負って登校してんの!?

 つーか、カップル爆誕って!?

「実際に見たかったるやばっ! あははははは!」

 もう、佑介、笑い止まんねぇモード突入。

 周りの席も、プルプル肩揺れてるやつ何人かいるし!?

 蓮も「いいね」って、微笑んだ。

 ……で、俺? 今日、スマホ見てねぇない。
 背中の熱と、ドキドキの質で……スマホどころじゃなかった。

 そういやさ、さっき、授業中、やたらとみんなスマホ見てた気がする。
 笑い堪えてるやつもいた。あれ、これのことだったん……か……?

「しかもさ! はぁあ、なにアレ!? ピンク!? ハート!?
……はぁああ……えぐっ! ピンクのハートって、マジで!? 
飛充がそれ、かぶせたって!?」

 佑介、ラーメン吹きそうな勢いで前のめり。

「おい! 言うなぁ! あれはママが──」

「灰田、あいつさ、ベッタリくっついてたよな!?
 しかもお前よりでけぇし!? 体格差やば! やばすぎ〜〜!」

 佑介、うずくまって腹押さえて、ガチで震え笑いしてる。

「マジで、ウケすぎて……はぁああ……お腹いてぇ……!!」

「うるせぇ!! てか、お前──、
……今、灰田って、名前出したよな!? は? なんで!? あいつ知ってんの!? はぁ!? なんでっ!!?」

 気づいたら俺、スプーン握ったまま、椅子、半分立ちかけてた。

「見りゃわかるだろ、あの猫背。てか、いつ付き合ったん? 灰田と。なんで俺に言わねーの?
 ひどくね? ……ま、でもさ。とりあえず安心したわ〜〜。
はぁ〜〜、俺も彼女ほしい〜〜」

 佑介、なに食わぬ顔でラーメン啜ってる。いや、マジで意味わかんねぇって。

「ちげー! 任太朗のこと、知ってんの!? 
……てか、いつから!? 
それと、『安心した』って、なんだよ。どゆこと?」

 俺のガチ疑問に、
佑介が「は?」って顔で、レンゲ止めた。

「はぁ? あいつ、灰田。高校んとき……クラス違ったけどさ──」

「は? 高校? ……え、ちょ、待って待って。あいつ、俺らの高校……だったの?」
 
 俺、立ち上がった。スプーン握ったまま片手でテーブル押さえて、前の佑介をガン見。

「え、……マジで? お前、まさか──まだ知らんの?」

 佑介の顔、ピシッとちょい強ばった。

「……なんだよ、それ。なにが、また俺だけ知らねぇんだよ!」

 スプーン、グッて握りしめてた。

「灰田ってさ、昔から……飛充のことばっかだったよな。……ま、あとは本人に聞け。俺は以上ー。はい、終わり」

 佑介、スンッと真面目モードに切り替えて、ラーメンを啜った。

「は? ……なにそれ。意味わかんねぇって、マジで……!」

 俺、半分叫ぶみたいに言ったあと、ちょっとだけ、場が止まった。
 
 佑介の隣、ずっと静かに微笑んでた蓮が、焼魚の身をひとくち口に運びながら、ぽつんと。

「飛充、まず……座って。みんな見てるよ?」

「……あ?」

 蓮に言われて、ハッと周り見たら、たしか、さっきより視線、ガッツリ集まってる。

 俺、なんとなく座り直して、スプーンだけはまだ手に持ったまんまで。

 そしたら、蓮がまた口を開いた。

「俺にはよくわかんないけど……さっきの話、聞いてて。灰田って昔から、飛充にだけ──なんか、あったよね? でも、飛充は……知らなかったんだね」

「知らなかったっつーか……知らされてなかった、って感じだし。
つか、なんなんだよそれ……。高校、一緒って、……あいつ、なんで俺に声かけてこねぇんだよ」

 スプーン握ったままの手に、またグッと力入ってた。


 そしたら蓮が、焼魚の身ほぐしながら、ふわっと言う。

「……それ、本人にしかわかんないよ」

「……だよな」
 
 
俺、ちょい俯いて、口だけでそうつぶやいた。

 マジで、なんも知らねぇんだよ、俺。
あいつのこと。……なんでこんなに、知らされてねぇんだよ、俺だけ。

「今日、ちゃんと──あいつに、聞こうとは思ってた。
色々。……ってか、もう、聞かねぇとわかんねぇし」

 で、そっからはもう、流れるように、俺が佑介と蓮にしゃべった。
任太朗のこと、いきなり家政夫として来たから、そのへんも全部。
 
 あと──
『好きです』『恋愛です』っって……言われたそれも、一応、伝えといた。モテる俺だから、余裕も……見せといた。

 佑介は「へえ〜」って、どや顔気味にのってきて、

 
蓮が「やっぱな」みたいに、ゆるっと頷いたら、さらっと落としてきた。

「それって……執着、に近いのかもね」

「執着……?」

 俺が意味わかんなくて、俺が眉寄せたら、


「ま、な」
 
 って、佑介がぽつっと横から添えてくる。

 え? なに? なにその空気──俺だけ、置いてかれてんだけど?って思ってたら、

 
蓮が焼魚つつきながら、さらにしれっとぶっ込んでくる。

「……あ、ちなみに俺、彼氏いるんだ。
そういうのも……ほら、男同士の『恋愛』とか『執着』とか。わりと、聞けると思うよ」

「えっ!? お前まで!? 恋とかなんも言ってねぇから、てっきり仲間だと……!!」

 佑介がラーメンのどんぶり抱えたまま叫んでて。
  
 けど、俺のほうは、たぶん、それどころじゃなくて。

「彼氏って……男のこと? 男が……好きって……恋愛?」

 ……男と男って、そういうの……マジで、あんの? 
 任太朗の「恋愛です」って──あれ、マジで、そーゆー意味だった……?
 
 って、なってたそのとき。

 タイミングよく、いや、タイミング悪く。

「ん? 噂をすれば……あれじゃね?」

 佑介がどんぶりを置いて、スッと指さす。

「──灰田」

「え?」

 俺もつられて、そっち見た。

 栄養科の白衣きた女子たちに囲まれて、

 その中に──ひとりだけ、背高くて、白衣着た男子。

 ……見慣れた、黒い天パ。眼鏡。猫背。
 
 ──任太朗。

「おぉ〜灰田、女子の中でしれっと混ざってんじゃん『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』の効果出てんな〜〜〜あはは!」

 佑介、また腹から笑ってんの。うるせぇ。

 で、蓮が焼魚つつきながら、ぽつんと。

「今年の栄養科、男子ひとりだけって聞いたけど。……それ、灰田のことだったんだ」

「えっ、男子ひとり!? それ、初耳だし。そりゃ目立つだろ!」

 なんか声、思ったよりデカくなってた。
 
 ……え、囲まれてんの、なに?
 ……モテてんの? うそでしょ?
 
 てか、白衣──似合ってる!?
 猫背なのにスタイリッシュってなに?
 え、ドラマの研修医役じゃん?
 
 待って、なんかカッコよく見えてんだけど!?

 しかも。しかもさ!
 ちょい笑ってんじゃん、こいつ!! いや、無表情の範囲内だよ? 
 うん。そう。
でも、あきらか柔らかめ。
なんか可愛い子としゃべってるし。
 
 ……おい、なにその顔。
俺、その顔、知らねぇぞ?

 ──って!
 
 任太朗、こっち見た!

 ──目、合った!?

 ……と思ったら、そらされた! 
 はああ!? 
え、今の絶対、わざとだろ!? わざとだよな!? 
 なんか、なんか……
ググッとムズムズすんだけど!!

「……飛充、見すぎ」

 ズドン。佑介の声。

「は? 見てねーし!!」

 俺、反射で出たけど、佑介、目細めて、

「ふーん……あれ? 飛充、お前さ、もしかして──思ったより、やいてる?」

「は──!? やいてる?って、なにがだよ!? 誰が! どこに!!」


 俺、スプーン握ったまんま、めちゃくちゃ早口でまくしたててたら、佑介、急にサラッと、

「ま、な〜。あいつ灰田、わりとお前に一途っぽいし。大丈夫だって。──あ、いや、なんでもねーなんでもねー」

 そして、急に方向転換で、


「てかさ〜、俺、次の授業の課題、まだやってなくて〜……飛充、ちょっとだけ教えて〜〜?」

「ふざけんなよ……お前、その急カーブ、なに!? 
なんで俺が課題教える流れなんだよ!?
 『大丈夫』って、なに!? おい佑介、さっきから意味わかんねぇことばっか言ってんだけど!!」

 俺、スプーンを構えたまま、佑介に向かってちょい前のめり。


 けど、佑介は、なんかもう「へら〜」って笑ってるだけ。効いてねぇ。

 で、蓮が焼魚の骨とりながら、ふわっと落としてくる。

「飛充、落ち着いて。本人に聞くんでしょう?」

「……っ、だよな……」


 って、返したけど、

 なんなんだ。なんでこんなバグってんだ。

「てか俺、さっきから、カレー、一口も食ってねぇし!」

 スプーン、まだ持ってた。
すくったカレーを、大めに──……口に入れた。……味、しねぇ。
 
 なんか、もう。
モヤってんのか、俺だけ知らなかったのに拗ねてんのか……。
 どっちかっつーか、たぶん──両方。
 
 で、その上に、
チク、キュッて……なんだよこれ。
 
意味わかんねぇのが、次から次に湧いてきて。

 マジで今、俺の脳内──

 グチャグチャぐループの中身、爆増中。