二人乗り、無事に到着。授業もギリ間に合った。
……けどさ。授業、集中切れてた。……なんでだよ。
で、今、 昼休み。
俺の胃袋、たぶん空っぽのはずなんだけどさ。
なんか、 背中、まだ 熱ッ。気のせいじゃねぇし。 ずっと残ってんの。
大学の食堂は、いつも通り。 ガヤガヤしてて、ざわついてて、ちょい騒がしいくらい。
……なんだけど。今日はやたら視線、感じんのよ。
俺がモテるのは事実だから、見られんの慣れてるし。文句はねぇ。
でも今日のは、なんか、違う。「イケメンいた〜」とかじゃねぇ。
空気の中に、明らかに──含み笑い。混じってる。なんなんだよ、マジで。
んで、そんなモヤり引きずったまんま、チキンカレー定食をトレイに乗せて席に向かったら、
すでに佑介と蓮は、座ってた。
しかも、佑介のやつ、うにゃって笑ってやがるし、 蓮もなんか、意味ありげな微笑。
「おいおいおい。お前ら、なにその顔」
斉藤佑介。
高校からの腐れ縁。ノリ高め。
顔、ふつー。服もふつー。パーカー、スウェット、Tシャツにデニムばっか。
頭もふつーっぽいのに、テストだけは毎回なぜか高得点。意味わかんねぇ。
うちの高校、クラス分けはランダムだったのに、三年間ずっと同じクラス。
気づけば、大学も同じ学科。どんだけ縁あんだよ。
俺とは真逆。モテないし、「彼女ほしい〜」って、ずっと言ってる。
門崎蓮。
大学からのやつ。顔、レベル高い。 髪はちょい長め。
俺のカジュアルイケとは違って、服はロック系。バンドマンっぽいハードなやつ。
初対面の印象、バチバチ強かった。
なのに、中身はわりと柔らかめ。落ち着いてて、冷静。
入学初日のオリエン、学籍番号が近くて、前の席に座ってたのが最初。
そのあと「ピョンピョンオシャレ同好会」、一緒にスカウトされたって流れになって、
気づけば、俺と佑介がうるさくしてんの横で、ふつーに溶け込んでた。
俺がまだ座ってもねぇうちに、 佑介がパーカーの袖まくって、ラーメンすすりながら言ってくる。
「おい飛充、一限も二限も、教室、後ろにいたっけ?」
……佑介が、やな笑い方してんじゃん。
「ま、ギリギリだったから」
「てか、お前……今日、特に目立ってんな? 休み明けの朝イチで、なにやらかした? しかもさ──昨日と同じ服じゃん!」
……もっとやな笑い方してんじゃん。
あっ……そっか。俺、昨日、佑介ら高校のやつらと遊んで、そのまんま帰って……。
「あー、そりゃ……いや、寝落ち? してたっぽくて。気づいたら朝だったし……てか、俺やべくね?」
……さすが任太朗の……寝顔。そんで、風呂、してねぇとか、言えるわけねぇ。
……で、そのまんまバイクで、朝から二人乗り。
てか、任太朗のこと、こいつらには、まだ話してねぇし。
「なんかさぁ、今朝バイクで誰か後ろに乗せてたって噂になってんだけど〜? 『誰も乗せねぇ主義』って言ってたの、誰でしたっけ〜?」
「……っ!? なんでそれ知ってんの!? どこ情報!?」
事実──いやでも、今朝は、一限始まる寸前だったし。
東門。しかも、バイク専用ルート。
誰もいねぇはず……だったんだけどな。でもまあ、知られてたとしても──俺、ふつーにモテるから。
「情報どっから漏れてんだよ? てか、拡散スピード、早すぎんだろ」
俺の一応の問いに、佑介が爆笑しながら、スマホひょいって見せきた。
「お前、見てねぇのか? ほら、これ」
佑介、顔、くしゃくしゃ。完全に楽しんでる。
そのタイミングで、 蓮がごはん口に運びながら、声も出さず、ふっとまた微笑んだ。
画面に映ってたのは──動画。
校内SNSの、裏アカっぽいやつの投稿。
タイトルは── 『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』
……誰だよ、カップル爆誕って。
今日の「ランキング1位!」。
……てか、今シーズンの「1位」も塗り替えてんじゃん。
いいね数、全校生徒分の桁。再生回数、ずっと回りっぱなし。カウント止まる気配ゼロ。
で、内容が──
──俺と任太朗!
東門にバイクで入ってくるとこ。横から、バッチリ。画角、完璧。 フレーム、ぴったり。てか高画質。
……俺と、俺のバイク。そこだけ切り取れば、めっちゃイケてる。
のに、後ろ──
ピンクのハート柄。黒天パ、はみ出しMAX。
登山リュック、浮きすぎ。 猫背の曲線とともに、ボリューム感がマジ強調。
そして──俺の背中に、
べった──り。密着。
サイドには、ショルダーバッグ。
──あ、俺のだ。イケてるのに地味に主張してんのがムカつく。
五秒で終わる動画のくせに、破壊力、エグい。
形状的に、配置的に、空気感的に、全体的にもう、絶妙すぎておかしい。
マジで想像してたより、百倍……いや千倍……いや万倍やべぇ。
てか、俺、猫背の山を、背負って登校してんの!?
つーか、カップル爆誕って!?
「実際に見たかったるやばっ! あははははは!」
もう、佑介、笑い止まんねぇモード突入。
周りの席も、プルプル肩揺れてるやつ何人かいるし!?
蓮も「いいね」って、微笑んだ。
……で、俺? 今日、スマホ見てねぇない。
背中の熱と、ドキドキの質で……スマホどころじゃなかった。
そういやさ、さっき、授業中、やたらとみんなスマホ見てた気がする。
笑い堪えてるやつもいた。あれ、これのことだったん……か……?
「しかもさ! はぁあ、なにアレ!? ピンク!? ハート!? ……はぁああ……えぐっ! ピンクのハートって、マジで!? 飛充がそれ、かぶせたって!?」
佑介、ラーメン吹きそうな勢いで前のめり。
「おい! 言うなぁ! あれはママが──」
「灰田、あいつさ、ベッタリくっついてたよな!? しかもお前よりでけぇし!? 体格差やば! やばすぎ〜〜!」
佑介、うずくまって腹押さえて、ガチで震え笑いしてる。
「マジで、ウケすぎて……はぁああ……お腹いてぇ……!!」
「うるせぇ!! てか、お前──、 ……今、灰田って、名前出したよな!? は? なんで!? あいつ知ってんの!? はぁ!? なんでっ!!?」
気づいたら俺、スプーン握ったまま、椅子、半分立ちかけてた。
「見りゃわかるだろ、あの猫背。てか、いつ付き合ったん? 灰田と。なんで俺に言わねーの? ひどくね? ……ま、でもさ。とりあえず安心したわ〜〜。 はぁ〜〜、俺も彼女ほしい〜〜」
佑介、なに食わぬ顔でラーメン啜ってる。いや、マジで意味わかんねぇって。
「ちげー! 任太朗のこと、知ってんの!? ……てか、いつから!? それと、『安心した』って、なんだよ。どゆこと?」
俺のガチ疑問に、 佑介が「は?」って顔で、レンゲ止めた。
「はぁ? あいつ、灰田。高校んとき……クラス違ったけどさ──」
「は? 高校? ……え、ちょ、待って待って。あいつ、俺らの高校……だったの?」
俺、立ち上がった。スプーン握ったまま片手でテーブル押さえて、前の佑介をガン見。
「え、……マジで? お前、まさか──まだ知らんの?」
佑介の顔、ピシッとちょい強ばった。
「……なんだよ、それ。なにが、また俺だけ知らねぇんだよ!」
スプーン、グッて握りしめてた。
「灰田ってさ、昔から……飛充のことばっかだったよな。……ま、あとは本人に聞け。俺は以上ー。はい、終わり」
佑介、スンッと真面目モードに切り替えて、ラーメンを啜った。
「は? ……なにそれ。意味わかんねぇって、マジで……!」
俺、半分叫ぶみたいに言ったあと、ちょっとだけ、場が止まった。
佑介の隣、ずっと静かに微笑んでた蓮が、焼魚の身をひとくち口に運びながら、ぽつんと。
「飛充、まず……座って。みんな見てるよ?」
「……あ?」
蓮に言われて、ハッと周り見たら、たしか、さっきより視線、ガッツリ集まってる。
俺、なんとなく座り直して、スプーンだけはまだ手に持ったまんまで。
そしたら、蓮がまた口を開いた。
「俺にはよくわかんないけど……さっきの話、聞いてて。灰田って昔から、飛充にだけ──なんか、あったよね? でも、飛充は……知らなかったんだね」
「知らなかったっつーか……知らされてなかった、って感じだし。 つか、なんなんだよそれ……。高校、一緒って、……あいつ、なんで俺に声かけてこねぇんだよ」
スプーン握ったままの手に、またグッと力入ってた。
そしたら蓮が、焼魚の身ほぐしながら、ふわっと言う。
「……それ、本人にしかわかんないよ」
「……だよな」
俺、ちょい俯いて、口だけでそうつぶやいた。
マジで、なんも知らねぇんだよ、俺。 あいつのこと。……なんでこんなに、知らされてねぇんだよ、俺だけ。
「今日、ちゃんと──あいつに、聞こうとは思ってた。 色々。……ってか、もう、聞かねぇとわかんねぇし」
で、そっからはもう、流れるように、俺が佑介と蓮にしゃべった。 任太朗のこと、いきなり家政夫として来たから、そのへんも全部。
あと── 『好きです』『恋愛です』っって……言われたそれも、一応、伝えといた。モテる俺だから、余裕も……見せといた。
佑介は「へえ〜」って、どや顔気味にのってきて、
蓮が「やっぱな」みたいに、ゆるっと頷いたら、さらっと落としてきた。
「それって……執着、に近いのかもね」
「執着……?」
俺が意味わかんなくて、俺が眉寄せたら、
「ま、な」
って、佑介がぽつっと横から添えてくる。
え? なに? なにその空気──俺だけ、置いてかれてんだけど?って思ってたら、
蓮が焼魚つつきながら、さらにしれっとぶっ込んでくる。
「……あ、ちなみに俺、彼氏いるんだ。 そういうのも……ほら、男同士の『恋愛』とか『執着』とか。わりと、聞けると思うよ」
「えっ!? お前まで!? 恋とかなんも言ってねぇから、てっきり仲間だと……!!」
佑介がラーメンのどんぶり抱えたまま叫んでて。
けど、俺のほうは、たぶん、それどころじゃなくて。
「彼氏って……男のこと? 男が……好きって……恋愛?」
……男と男って、そういうの……マジで、あんの?
任太朗の「恋愛です」って──あれ、マジで、そーゆー意味だった……?
って、なってたそのとき。
タイミングよく、いや、タイミング悪く。
「ん? 噂をすれば……あれじゃね?」
佑介がどんぶりを置いて、スッと指さす。
「──灰田」
「え?」
俺もつられて、そっち見た。
栄養科の白衣きた女子たちに囲まれて、
その中に──ひとりだけ、背高くて、白衣着た男子。
……見慣れた、黒い天パ。眼鏡。猫背。
──任太朗。
「おぉ〜灰田、女子の中でしれっと混ざってんじゃん『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』の効果出てんな〜〜〜あはは!」
佑介、また腹から笑ってんの。うるせぇ。
で、蓮が焼魚つつきながら、ぽつんと。
「今年の栄養科、男子ひとりだけって聞いたけど。……それ、灰田のことだったんだ」
「えっ、男子ひとり!? それ、初耳だし。そりゃ目立つだろ!」
なんか声、思ったよりデカくなってた。
……え、囲まれてんの、なに? ……モテてんの? うそでしょ?
てか、白衣──似合ってる!?
猫背なのにスタイリッシュってなに? え、ドラマの研修医役じゃん?
待って、なんかカッコよく見えてんだけど!?
しかも。しかもさ!
ちょい笑ってんじゃん、こいつ!! いや、無表情の範囲内だよ?
うん。そう。 でも、あきらか柔らかめ。 なんか可愛い子としゃべってるし。
……おい、なにその顔。 俺、その顔、知らねぇぞ?
──って!
任太朗、こっち見た!
──目、合った!?
……と思ったら、そらされた!
はああ!? え、今の絶対、わざとだろ!? わざとだよな!?
なんか、なんか…… ググッとムズムズすんだけど!!
「……飛充、見すぎ」
ズドン。佑介の声。
「は? 見てねーし!!」
俺、反射で出たけど、佑介、目細めて、
「ふーん……あれ? 飛充、お前さ、もしかして──思ったより、やいてる?」
「は──!? やいてる?って、なにがだよ!? 誰が! どこに!!」
俺、スプーン握ったまんま、めちゃくちゃ早口でまくしたててたら、佑介、急にサラッと、
「ま、な〜。あいつ灰田、わりとお前に一途っぽいし。大丈夫だって。──あ、いや、なんでもねーなんでもねー」
そして、急に方向転換で、
「てかさ〜、俺、次の授業の課題、まだやってなくて〜……飛充、ちょっとだけ教えて〜〜?」
「ふざけんなよ……お前、その急カーブ、なに!? なんで俺が課題教える流れなんだよ!? 『大丈夫』って、なに!? おい佑介、さっきから意味わかんねぇことばっか言ってんだけど!!」
俺、スプーンを構えたまま、佑介に向かってちょい前のめり。
けど、佑介は、なんかもう「へら〜」って笑ってるだけ。効いてねぇ。
で、蓮が焼魚の骨とりながら、ふわっと落としてくる。
「飛充、落ち着いて。本人に聞くんでしょう?」
「……っ、だよな……」
って、返したけど、
なんなんだ。なんでこんなバグってんだ。
「てか俺、さっきから、カレー、一口も食ってねぇし!」
スプーン、まだ持ってた。 すくったカレーを、大めに──……口に入れた。……味、しねぇ。
なんか、もう。 モヤってんのか、俺だけ知らなかったのに拗ねてんのか……。
どっちかっつーか、たぶん──両方。
で、その上に、 チク、キュッて……なんだよこれ。
意味わかんねぇのが、次から次に湧いてきて。
マジで今、俺の脳内──
グチャグチャぐループの中身、爆増中。
……けどさ。授業、集中切れてた。……なんでだよ。
で、今、 昼休み。
俺の胃袋、たぶん空っぽのはずなんだけどさ。
なんか、 背中、まだ 熱ッ。気のせいじゃねぇし。 ずっと残ってんの。
大学の食堂は、いつも通り。 ガヤガヤしてて、ざわついてて、ちょい騒がしいくらい。
……なんだけど。今日はやたら視線、感じんのよ。
俺がモテるのは事実だから、見られんの慣れてるし。文句はねぇ。
でも今日のは、なんか、違う。「イケメンいた〜」とかじゃねぇ。
空気の中に、明らかに──含み笑い。混じってる。なんなんだよ、マジで。
んで、そんなモヤり引きずったまんま、チキンカレー定食をトレイに乗せて席に向かったら、
すでに佑介と蓮は、座ってた。
しかも、佑介のやつ、うにゃって笑ってやがるし、 蓮もなんか、意味ありげな微笑。
「おいおいおい。お前ら、なにその顔」
斉藤佑介。
高校からの腐れ縁。ノリ高め。
顔、ふつー。服もふつー。パーカー、スウェット、Tシャツにデニムばっか。
頭もふつーっぽいのに、テストだけは毎回なぜか高得点。意味わかんねぇ。
うちの高校、クラス分けはランダムだったのに、三年間ずっと同じクラス。
気づけば、大学も同じ学科。どんだけ縁あんだよ。
俺とは真逆。モテないし、「彼女ほしい〜」って、ずっと言ってる。
門崎蓮。
大学からのやつ。顔、レベル高い。 髪はちょい長め。
俺のカジュアルイケとは違って、服はロック系。バンドマンっぽいハードなやつ。
初対面の印象、バチバチ強かった。
なのに、中身はわりと柔らかめ。落ち着いてて、冷静。
入学初日のオリエン、学籍番号が近くて、前の席に座ってたのが最初。
そのあと「ピョンピョンオシャレ同好会」、一緒にスカウトされたって流れになって、
気づけば、俺と佑介がうるさくしてんの横で、ふつーに溶け込んでた。
俺がまだ座ってもねぇうちに、 佑介がパーカーの袖まくって、ラーメンすすりながら言ってくる。
「おい飛充、一限も二限も、教室、後ろにいたっけ?」
……佑介が、やな笑い方してんじゃん。
「ま、ギリギリだったから」
「てか、お前……今日、特に目立ってんな? 休み明けの朝イチで、なにやらかした? しかもさ──昨日と同じ服じゃん!」
……もっとやな笑い方してんじゃん。
あっ……そっか。俺、昨日、佑介ら高校のやつらと遊んで、そのまんま帰って……。
「あー、そりゃ……いや、寝落ち? してたっぽくて。気づいたら朝だったし……てか、俺やべくね?」
……さすが任太朗の……寝顔。そんで、風呂、してねぇとか、言えるわけねぇ。
……で、そのまんまバイクで、朝から二人乗り。
てか、任太朗のこと、こいつらには、まだ話してねぇし。
「なんかさぁ、今朝バイクで誰か後ろに乗せてたって噂になってんだけど〜? 『誰も乗せねぇ主義』って言ってたの、誰でしたっけ〜?」
「……っ!? なんでそれ知ってんの!? どこ情報!?」
事実──いやでも、今朝は、一限始まる寸前だったし。
東門。しかも、バイク専用ルート。
誰もいねぇはず……だったんだけどな。でもまあ、知られてたとしても──俺、ふつーにモテるから。
「情報どっから漏れてんだよ? てか、拡散スピード、早すぎんだろ」
俺の一応の問いに、佑介が爆笑しながら、スマホひょいって見せきた。
「お前、見てねぇのか? ほら、これ」
佑介、顔、くしゃくしゃ。完全に楽しんでる。
そのタイミングで、 蓮がごはん口に運びながら、声も出さず、ふっとまた微笑んだ。
画面に映ってたのは──動画。
校内SNSの、裏アカっぽいやつの投稿。
タイトルは── 『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』
……誰だよ、カップル爆誕って。
今日の「ランキング1位!」。
……てか、今シーズンの「1位」も塗り替えてんじゃん。
いいね数、全校生徒分の桁。再生回数、ずっと回りっぱなし。カウント止まる気配ゼロ。
で、内容が──
──俺と任太朗!
東門にバイクで入ってくるとこ。横から、バッチリ。画角、完璧。 フレーム、ぴったり。てか高画質。
……俺と、俺のバイク。そこだけ切り取れば、めっちゃイケてる。
のに、後ろ──
ピンクのハート柄。黒天パ、はみ出しMAX。
登山リュック、浮きすぎ。 猫背の曲線とともに、ボリューム感がマジ強調。
そして──俺の背中に、
べった──り。密着。
サイドには、ショルダーバッグ。
──あ、俺のだ。イケてるのに地味に主張してんのがムカつく。
五秒で終わる動画のくせに、破壊力、エグい。
形状的に、配置的に、空気感的に、全体的にもう、絶妙すぎておかしい。
マジで想像してたより、百倍……いや千倍……いや万倍やべぇ。
てか、俺、猫背の山を、背負って登校してんの!?
つーか、カップル爆誕って!?
「実際に見たかったるやばっ! あははははは!」
もう、佑介、笑い止まんねぇモード突入。
周りの席も、プルプル肩揺れてるやつ何人かいるし!?
蓮も「いいね」って、微笑んだ。
……で、俺? 今日、スマホ見てねぇない。
背中の熱と、ドキドキの質で……スマホどころじゃなかった。
そういやさ、さっき、授業中、やたらとみんなスマホ見てた気がする。
笑い堪えてるやつもいた。あれ、これのことだったん……か……?
「しかもさ! はぁあ、なにアレ!? ピンク!? ハート!? ……はぁああ……えぐっ! ピンクのハートって、マジで!? 飛充がそれ、かぶせたって!?」
佑介、ラーメン吹きそうな勢いで前のめり。
「おい! 言うなぁ! あれはママが──」
「灰田、あいつさ、ベッタリくっついてたよな!? しかもお前よりでけぇし!? 体格差やば! やばすぎ〜〜!」
佑介、うずくまって腹押さえて、ガチで震え笑いしてる。
「マジで、ウケすぎて……はぁああ……お腹いてぇ……!!」
「うるせぇ!! てか、お前──、 ……今、灰田って、名前出したよな!? は? なんで!? あいつ知ってんの!? はぁ!? なんでっ!!?」
気づいたら俺、スプーン握ったまま、椅子、半分立ちかけてた。
「見りゃわかるだろ、あの猫背。てか、いつ付き合ったん? 灰田と。なんで俺に言わねーの? ひどくね? ……ま、でもさ。とりあえず安心したわ〜〜。 はぁ〜〜、俺も彼女ほしい〜〜」
佑介、なに食わぬ顔でラーメン啜ってる。いや、マジで意味わかんねぇって。
「ちげー! 任太朗のこと、知ってんの!? ……てか、いつから!? それと、『安心した』って、なんだよ。どゆこと?」
俺のガチ疑問に、 佑介が「は?」って顔で、レンゲ止めた。
「はぁ? あいつ、灰田。高校んとき……クラス違ったけどさ──」
「は? 高校? ……え、ちょ、待って待って。あいつ、俺らの高校……だったの?」
俺、立ち上がった。スプーン握ったまま片手でテーブル押さえて、前の佑介をガン見。
「え、……マジで? お前、まさか──まだ知らんの?」
佑介の顔、ピシッとちょい強ばった。
「……なんだよ、それ。なにが、また俺だけ知らねぇんだよ!」
スプーン、グッて握りしめてた。
「灰田ってさ、昔から……飛充のことばっかだったよな。……ま、あとは本人に聞け。俺は以上ー。はい、終わり」
佑介、スンッと真面目モードに切り替えて、ラーメンを啜った。
「は? ……なにそれ。意味わかんねぇって、マジで……!」
俺、半分叫ぶみたいに言ったあと、ちょっとだけ、場が止まった。
佑介の隣、ずっと静かに微笑んでた蓮が、焼魚の身をひとくち口に運びながら、ぽつんと。
「飛充、まず……座って。みんな見てるよ?」
「……あ?」
蓮に言われて、ハッと周り見たら、たしか、さっきより視線、ガッツリ集まってる。
俺、なんとなく座り直して、スプーンだけはまだ手に持ったまんまで。
そしたら、蓮がまた口を開いた。
「俺にはよくわかんないけど……さっきの話、聞いてて。灰田って昔から、飛充にだけ──なんか、あったよね? でも、飛充は……知らなかったんだね」
「知らなかったっつーか……知らされてなかった、って感じだし。 つか、なんなんだよそれ……。高校、一緒って、……あいつ、なんで俺に声かけてこねぇんだよ」
スプーン握ったままの手に、またグッと力入ってた。
そしたら蓮が、焼魚の身ほぐしながら、ふわっと言う。
「……それ、本人にしかわかんないよ」
「……だよな」
俺、ちょい俯いて、口だけでそうつぶやいた。
マジで、なんも知らねぇんだよ、俺。 あいつのこと。……なんでこんなに、知らされてねぇんだよ、俺だけ。
「今日、ちゃんと──あいつに、聞こうとは思ってた。 色々。……ってか、もう、聞かねぇとわかんねぇし」
で、そっからはもう、流れるように、俺が佑介と蓮にしゃべった。 任太朗のこと、いきなり家政夫として来たから、そのへんも全部。
あと── 『好きです』『恋愛です』っって……言われたそれも、一応、伝えといた。モテる俺だから、余裕も……見せといた。
佑介は「へえ〜」って、どや顔気味にのってきて、
蓮が「やっぱな」みたいに、ゆるっと頷いたら、さらっと落としてきた。
「それって……執着、に近いのかもね」
「執着……?」
俺が意味わかんなくて、俺が眉寄せたら、
「ま、な」
って、佑介がぽつっと横から添えてくる。
え? なに? なにその空気──俺だけ、置いてかれてんだけど?って思ってたら、
蓮が焼魚つつきながら、さらにしれっとぶっ込んでくる。
「……あ、ちなみに俺、彼氏いるんだ。 そういうのも……ほら、男同士の『恋愛』とか『執着』とか。わりと、聞けると思うよ」
「えっ!? お前まで!? 恋とかなんも言ってねぇから、てっきり仲間だと……!!」
佑介がラーメンのどんぶり抱えたまま叫んでて。
けど、俺のほうは、たぶん、それどころじゃなくて。
「彼氏って……男のこと? 男が……好きって……恋愛?」
……男と男って、そういうの……マジで、あんの?
任太朗の「恋愛です」って──あれ、マジで、そーゆー意味だった……?
って、なってたそのとき。
タイミングよく、いや、タイミング悪く。
「ん? 噂をすれば……あれじゃね?」
佑介がどんぶりを置いて、スッと指さす。
「──灰田」
「え?」
俺もつられて、そっち見た。
栄養科の白衣きた女子たちに囲まれて、
その中に──ひとりだけ、背高くて、白衣着た男子。
……見慣れた、黒い天パ。眼鏡。猫背。
──任太朗。
「おぉ〜灰田、女子の中でしれっと混ざってんじゃん『ラブバイカーカップル爆誕♡!!』の効果出てんな〜〜〜あはは!」
佑介、また腹から笑ってんの。うるせぇ。
で、蓮が焼魚つつきながら、ぽつんと。
「今年の栄養科、男子ひとりだけって聞いたけど。……それ、灰田のことだったんだ」
「えっ、男子ひとり!? それ、初耳だし。そりゃ目立つだろ!」
なんか声、思ったよりデカくなってた。
……え、囲まれてんの、なに? ……モテてんの? うそでしょ?
てか、白衣──似合ってる!?
猫背なのにスタイリッシュってなに? え、ドラマの研修医役じゃん?
待って、なんかカッコよく見えてんだけど!?
しかも。しかもさ!
ちょい笑ってんじゃん、こいつ!! いや、無表情の範囲内だよ?
うん。そう。 でも、あきらか柔らかめ。 なんか可愛い子としゃべってるし。
……おい、なにその顔。 俺、その顔、知らねぇぞ?
──って!
任太朗、こっち見た!
──目、合った!?
……と思ったら、そらされた!
はああ!? え、今の絶対、わざとだろ!? わざとだよな!?
なんか、なんか…… ググッとムズムズすんだけど!!
「……飛充、見すぎ」
ズドン。佑介の声。
「は? 見てねーし!!」
俺、反射で出たけど、佑介、目細めて、
「ふーん……あれ? 飛充、お前さ、もしかして──思ったより、やいてる?」
「は──!? やいてる?って、なにがだよ!? 誰が! どこに!!」
俺、スプーン握ったまんま、めちゃくちゃ早口でまくしたててたら、佑介、急にサラッと、
「ま、な〜。あいつ灰田、わりとお前に一途っぽいし。大丈夫だって。──あ、いや、なんでもねーなんでもねー」
そして、急に方向転換で、
「てかさ〜、俺、次の授業の課題、まだやってなくて〜……飛充、ちょっとだけ教えて〜〜?」
「ふざけんなよ……お前、その急カーブ、なに!? なんで俺が課題教える流れなんだよ!? 『大丈夫』って、なに!? おい佑介、さっきから意味わかんねぇことばっか言ってんだけど!!」
俺、スプーンを構えたまま、佑介に向かってちょい前のめり。
けど、佑介は、なんかもう「へら〜」って笑ってるだけ。効いてねぇ。
で、蓮が焼魚の骨とりながら、ふわっと落としてくる。
「飛充、落ち着いて。本人に聞くんでしょう?」
「……っ、だよな……」
って、返したけど、
なんなんだ。なんでこんなバグってんだ。
「てか俺、さっきから、カレー、一口も食ってねぇし!」
スプーン、まだ持ってた。 すくったカレーを、大めに──……口に入れた。……味、しねぇ。
なんか、もう。 モヤってんのか、俺だけ知らなかったのに拗ねてんのか……。
どっちかっつーか、たぶん──両方。
で、その上に、 チク、キュッて……なんだよこれ。
意味わかんねぇのが、次から次に湧いてきて。
マジで今、俺の脳内──
グチャグチャぐループの中身、爆増中。
