GWラストの日。
 

 昼はカラオケでバカ騒ぎ、焼肉たらふく食って、デザートまでガッツリキメて──

 気づいたら、夜だった。
 
 そのまんま俺のマンション直帰コース。

 明日からまた授業。しかも週イチの、一限。
 優秀な俺としては、さっさと寝ときたい……とこなんだけど。

 脳内に、そう──任太朗。
 ……明日、来んのか。……いや、だからなにって話だけど。
 でも、なんつーか。……GWより、嬉しい──みてぇな?
 
 そんな、意味わかんねぇ気持ちのまんまリビング入ったら、
 視界の端に──ん? なんだ、あれ。

 ──ソファ、なんか、出っ張ってね?
 
 ……ん? いつもより……なんか、こう、ふくらんでる? 
 
 照明パチッてつけて、
 
 その正体──黒T。黒チノ。

 んで、ソファにぺたーんって、沈んでる、黒い物体。
 
 ……ってか、猫背……! 猫背が、天井向いて──って、
 
 おいおいおい……任太朗じゃん!? 

 ソファで、うつ伏せで、沈んでる!?

「──寝落ちしてんのかよ!?」

 声、ちょっとデカかった。
 
 けど……黒い物体(任太朗)は、ピクリとも反応なし。

 ……なんだよ、マジで。
来てたの知らねぇし、勝手にソファ使って寝てんし。

 それ、あいつっぽくなくね?
 
 いや、別に……いいけどさ? 
 
いや、よくねぇけど……いや、てか……なんなんだよ、この感じ……。

 フワってしてんのか、モヤってんのか、
そんな訳わかんねぇ感情、ひきずりながら、
 ソファの方へ近づいてった。

 ……てか、その背中。曲がりすぎじゃね? 
 猫背とかいうレベルじゃねぇ。
 もはや骨からカーブしてる。
あれは矯正ムリじゃね?
 たぶん、こいつこの角度で一生生きてくんだろな。
 
 しょーがねぇから、寝室から余ってた毛布引っぱってきた。

 ……まあ、余ってたっつっても、俺のなんだけど。シルク100%。高いやつな。

「風邪ひくぞ。はいはい」

 っつって、バサッとかぶせてやる。

 そしたら、

 「ひく……」

 って、小さな寝息。

 ……うわ、マジで寝てんのかよ。

 どんだけリラックスしてんだ、人のソファの上で。

 こっちが変に気になるだろ、そういうの。

 なんなんだよ、お前……
寝姿とか、見せられても……困んだけど……
。
 ……ってか、なんで俺が困ってんだよ。意味わかんねぇし。

 落ち着けって。落ち着け、俺。
 
……って言い聞かせながら、とりあえずそのまま寝かせといた。
 
照明も、ちょっとだけ暗くして。

 で、そーっと──お風呂、行こうとしたら……

 目に引っかかったのは
 ──黒で完全に一体化してた、ソファと毛布と任太朗。
 
 毛布の上は、ふくらみきってて、もこっ。
その真ん中に、カーブした猫背。
 
毛布のてっぺんからは、ぐっちゃぐちゃの黒い天パが、ぴょこん、って飛び出してんの。
 
 ……なにそれ。 面白すぎん。猫背ごと、黒い山。猫背の山じゃん。

 なんか、つい笑って、
 
 気づいたら──指、伸ばして、その猫背の山の山頂に、人差し指でちょっとだけ触れてた。
 
 
ちょん、って。〇・五秒接触。……即離し。
 
 ……なにやってんだ俺。

「ぴくっ……っ」

 ……って、お前、今なんの反応!? 
 声? 寝言? てか、寝てんだよな? 起きてねぇよな!?

 で、小さく動いた任太朗の顔が、そのまんまソファの背もたれから

 ──ゆっくり──こっち向いた。

 えっ、やっぱ起こした!? 
 やべぇ、今ので目ぇ覚ました!? ……って、違った。
完全に寝てる。
 
 メガネ、外れてて。寝顔、まる見え。
 
 で、気づいたら──
俺、ソファの前で膝ついて、しゃがんでた。
 いつの間にか、正座してた。……なにしてんの俺。

 で、気づいたら──俺の顔、任太朗の寝顔に、めちゃくちゃ近づいてた。

 でも、俺の両手はちゃんと膝の上。固定。……余計なことしねぇように。

 呼吸、聞こえた……って、え、近っ!? 
 ……近すぎじゃね!? たぶん、手のひら半分……いや、拳ひとつぶんもねぇ。

 ぼさっとした前髪の奥。
目、細いくせに、つぶってると、まつ毛バカ長ぇじゃん。

 頬のライン、やたらスッとしてて、
ちょっと厚めの唇……って、
 なにその上下のバランス。完璧すぎじゃね? 
 
 え、待って。……なにこの顔。いつもの、ダサい無表情のやつが。

 なんかもう、想定外に──整ってんだけど。
 
 薄暗い感じの明かりの中で、マジマジ見つめたら──

 ……グッ……て、心臓が。
ドキ、って──跳ねた。
 
 ……は? え、なに、今の。ドキドキの質、おかしくね?

 いやいや。
ちょっと待て。落ち着け。俺の心臓!
 
 
……てか、覗き込むとか、そーゆーの無粋! 無粋! だろ!
 
 ……でも。でもでもでも。いや、これ、ただの──顔面観察だし!? 
 
あくまで観察。好奇心。そう、学術的関心ってやつ!
 人間科の本能! 

 ……ただの寝顔だし? それだけだし? 

 上がろうとした膝が、その本能に負けた。ちょっと……もうちょい、見とくか。
 
 で、気づいたら──俺の顔、どんどん前のめりになってた。
 めっちゃ近い。たぶん……数センチ。
 
 ってかヤベ。俺、近すぎだろこれ……って思った。
 そんなとき──

ぐっ……
こいつの肩が、ふわって動いて。
 
口元も、ちょっとだけ、動いて──

「と……飛充……」

 ……え?

 今、今今今──
今、名前、呼ばれたよな……!?

 バカみてぇに小さい声で。
空気が名前つぶやいた、みたいな。そんな声。

 えっ!? え、ちょ、なに今の。 

 なに!? 今、マジ!? マジで!? 

 でも、目は閉じてる。
顔は超安心な、寝顔。
 
 ……寝言……っぽい? 

 いや、でも、今、確かに、こいつが、俺の名前、呼んだ。
 
 ──「飛充」って。

 ……あれ、空耳じゃねぇよな!?


 ドキドキの質、バカみてぇに変わってんだけど……!

 けど……! ……俺、いったん顔、離した。
ちゃんと、いったんね。冷静に。

 でも──いやいや、でもでもでも!
 

 確認したくね? なぁ!? もう一回だけ、ちょっとだけ!

 で、気づいたら──
俺の顔、また……数センチまで戻ってた。
 
 両手は膝の上。きっちり固定。

 おい、近すぎじゃん!! なにやってんだよ俺!! 
 
 ……なにも起こらねぇ。

 でも……俺の目、こいつの寝顔に張りついてて、ガチで動かねぇ。