なんであんた達がいるんだよ!
 ステージの上から観客を見下ろし、礼音はある2点から視線で射られている錯覚をおぼえた。ある1点は、同居人であり礼音が密かに惹かれている男、朔人と、その従弟の男子(ショタ)、碧衣。もう1点は、執拗で感じの悪い視線。今や誰もが知るその男に、観客の誰もが気づいていない。動揺しているうちにギターが演奏に入り、礼音もベースで続く。余計な考えごとをする余裕もなく演奏終了できたのは、幸いだった。礼音達のオヤジバンドでステージのイベントは全て終了。後は片付けだけだ。
「お、そこの僕。やってみるか?」
 バンドメンバーの灰野さんが、あろうことか碧衣を手招きしてしまった。碧衣は、いそいそとステージに上がり、ペコリとお辞儀をした。無駄に可愛らしいが、騙されてはならない。このショタは、勝ち誇るように笑う一面もあるのだ。何やる、と訊かれた碧衣は、あろうことかベースを選んだ。礼音は渋々とベースを貸し、重そうにベースのショルダーベルトを肩にかける碧衣を後ろで支えながら、ピックを持たせて少し弾かせた。すると、碧衣は弾かれたように振り返り、礼音を見上げる。朔人に似た大きな瞳は、きらきらと輝いていた。
「面白いか?」
 礼音が訊ねると、碧衣は首がもげそうなほど頷いた。礼音は、自分のことをちょっと思い出した。自分は、こんなに楽しんでベースを始めたわけではなかった。決して大袈裟ではなく、選択肢がこれしかなかったからだ。
 ステージの下から、朔人がスマートフォンを構えていた。まるで碧衣と仲良くしているような、不本意なツーショットを撮られてしまった。
「あんた何してんだよ!」
「碧衣くんに新しいお友達ができたので、叔父さんに報告です!」
「お友達じゃねえよ!」
「間違えました! 未来のベーシスト誕生の記録です!」
「もうええわ!」
 ステージの上と下で声を張り合う。
「撤収しますか。スタジオに戻って片付けたら、打ち上げ……で、良いかな?」
 須川さんの提案に、異論なし。
「このふたりも連れてって良いすか?」
 このふたり、と、礼音は朔人と碧衣を指差す。
「良いよ。友達?」
「そんなところです」
 須川には、朔人と碧衣が礼音の友達に見えたらしい。
「じゃあ、6時に折茂さん家の店で。礼音くん、場所教えてあげてね」
「了解です」
 良いよな、と朔人に目で合図をすると、朔人が渋々頷いた。飲み会は苦手そうだが、勝手に撮影した罪は重いぞ。
 須川さんの車に楽器や機材を積むとき、イベント会場である芝生広場が騒がしかったが、気にせずに公園を後にした。執拗で感じの悪い視線は、いつの間にか消えていた。