5月の大型連休初日。朔人は再び東京に足を運んだ。今日は足取りが重くない。叔父の家の最寄り駅は、心なしかいつもより行き交う人が多く、スーツケースを引いている人もいる。
朔人が改札口を出ようとしたとき、勢い良く改札にとび込んできた子がいた。リュックサックを背負った碧衣が、満面の笑みで朔人に抱きつく。
「碧衣くん、危ないですよ。大丈夫ですか?」
朔人が心配しても、碧衣は得意げな顔だ。
「碧衣! 朔人!」
改札の向こうで、叔父が手を振る。叔父の隣には、妻の千鶴もいた。
「楽しんでこい!」
「叔父さん! 大切な息子さん、きちんとお守りします!」
「固いことなんか、考えんな! 行ってこい!」
「はい、行ってきます!」
大型連休の間、碧衣は朔人の家で過ごす予定だ。毎年なかなか碧衣を遊びに連れて行けない叔父夫婦は、我が子を甥に託し、遊ばせることにしたのだ。
朔人は碧衣のリュックサックを持とうとしたが、碧衣は首がもげそうなほど首を横に振り、自分でリュックサックを持ちたがった。
「碧衣くんは、良い子ですね」
高崎線の電車内、グリーン車に並んで座り、リュックサックは荷物用の棚に置く。碧衣は電車に揺られ、寝てしまった。あどけない寝顔を見ながら、朔人は考える。碧衣を可愛いと思う感情と、礼音が愛おしくなってしまう感情は、違う。碧衣の場合は、ちっこいから可愛い。昔から仲良くさせてもらった愛情だ。礼音の場合は、もっと全然違う。もっと激しく、碧衣には知られたくない。
目的の駅で電車を降り、有料駐車場に駐めておいた車に乗る。普段は車に乗らない碧衣は、助手席から見える景色に目を輝かせる。まっすぐに伸びた国道や県道も、風に吹かれてのんびり揺れる緑の麦の穂も、東京で暮らす碧衣の目には新鮮に映るのだ。
以前から碧衣に薦めたかった洋食店で昼食にする。店の外は列ができていて、店の中は普通の土日より騒がしい。とろふわのオムライスを頬張り、ほっぺたがとろけそうな碧衣を見て、朔人も顔が綻んでしまう。朔人は叔父に引き取られるまで、外食なんてしたことがなかった。碧衣には、朔人が経験できなかったことを楽しんでもらいたい。
昼食の後は、藤棚の広い公園に向かう。野外ステージに立つ者に気づいた碧衣が、歓声を上げた。エレキベースの最終調整が終わり、いざ演奏に挑もうとしていた礼音が、こちらを見て目をまるくしていた。なんであんた達がいるんだよ、と言いたそうな顔だ。だが、アマチュアバンドの演奏が始まると、礼音の表情は一転。触れたら切られてしまいそうな、真剣な表情になった。ステージを見て、若いんだから若い子のグループに入れば良いのに、と褒めてるんだか貶してるんだがわからない溜息をついた人がいた。
家では朔人に遠慮して、控えめに練習していた礼音が、年上のメンバーにも臆さずに堂々とステージに立っている。朔人の知らない礼音の、輝く一面だ。なぜこんなにも素晴らしい人が、朔人なんかに構ってくれるのだろうか。本当は、関わってはいけなかったのではないだろうか。あのときのように、朔人は礼音を加害者に仕立て上げてしまうのではないだろうか。ステージの演奏を楽しむ碧衣を横目に、朔人は己という人間の薄さに打ちのめされた。
朔人が改札口を出ようとしたとき、勢い良く改札にとび込んできた子がいた。リュックサックを背負った碧衣が、満面の笑みで朔人に抱きつく。
「碧衣くん、危ないですよ。大丈夫ですか?」
朔人が心配しても、碧衣は得意げな顔だ。
「碧衣! 朔人!」
改札の向こうで、叔父が手を振る。叔父の隣には、妻の千鶴もいた。
「楽しんでこい!」
「叔父さん! 大切な息子さん、きちんとお守りします!」
「固いことなんか、考えんな! 行ってこい!」
「はい、行ってきます!」
大型連休の間、碧衣は朔人の家で過ごす予定だ。毎年なかなか碧衣を遊びに連れて行けない叔父夫婦は、我が子を甥に託し、遊ばせることにしたのだ。
朔人は碧衣のリュックサックを持とうとしたが、碧衣は首がもげそうなほど首を横に振り、自分でリュックサックを持ちたがった。
「碧衣くんは、良い子ですね」
高崎線の電車内、グリーン車に並んで座り、リュックサックは荷物用の棚に置く。碧衣は電車に揺られ、寝てしまった。あどけない寝顔を見ながら、朔人は考える。碧衣を可愛いと思う感情と、礼音が愛おしくなってしまう感情は、違う。碧衣の場合は、ちっこいから可愛い。昔から仲良くさせてもらった愛情だ。礼音の場合は、もっと全然違う。もっと激しく、碧衣には知られたくない。
目的の駅で電車を降り、有料駐車場に駐めておいた車に乗る。普段は車に乗らない碧衣は、助手席から見える景色に目を輝かせる。まっすぐに伸びた国道や県道も、風に吹かれてのんびり揺れる緑の麦の穂も、東京で暮らす碧衣の目には新鮮に映るのだ。
以前から碧衣に薦めたかった洋食店で昼食にする。店の外は列ができていて、店の中は普通の土日より騒がしい。とろふわのオムライスを頬張り、ほっぺたがとろけそうな碧衣を見て、朔人も顔が綻んでしまう。朔人は叔父に引き取られるまで、外食なんてしたことがなかった。碧衣には、朔人が経験できなかったことを楽しんでもらいたい。
昼食の後は、藤棚の広い公園に向かう。野外ステージに立つ者に気づいた碧衣が、歓声を上げた。エレキベースの最終調整が終わり、いざ演奏に挑もうとしていた礼音が、こちらを見て目をまるくしていた。なんであんた達がいるんだよ、と言いたそうな顔だ。だが、アマチュアバンドの演奏が始まると、礼音の表情は一転。触れたら切られてしまいそうな、真剣な表情になった。ステージを見て、若いんだから若い子のグループに入れば良いのに、と褒めてるんだか貶してるんだがわからない溜息をついた人がいた。
家では朔人に遠慮して、控えめに練習していた礼音が、年上のメンバーにも臆さずに堂々とステージに立っている。朔人の知らない礼音の、輝く一面だ。なぜこんなにも素晴らしい人が、朔人なんかに構ってくれるのだろうか。本当は、関わってはいけなかったのではないだろうか。あのときのように、朔人は礼音を加害者に仕立て上げてしまうのではないだろうか。ステージの演奏を楽しむ碧衣を横目に、朔人は己という人間の薄さに打ちのめされた。

