(たけのこ)は縦半分に切り、可食部を取り出す。水切りネットに米を一握り入れ、口を縛って筍と一緒に鍋で煮る。30分煮て冷ましてから、鍋から取り出して水洗いする。筍は、鰹節と麺汁で煮物にする。煮汁の残りは醤油と水を足し、米を入れて炊く。筍が手に入ったときのルーティンだ。
 筍は見た目の大きさに対して可食部が少ない。だからかえって、調理が愛おしくなる。筍の皮から可食部を取り出してから炊き込みご飯になるまで、一晩かけることもある。
 料理は嫌いではないが、思い出したくない過去が記憶の大半を占めている。
「おはよー……良い匂い」
 オリーブ色のインナーカラーで白髪染めをした彼が、目をこすってキッチンにやってきた。
「おはようございます。まだ6時です。もう少し寝ていられます」
「あんた、俺と同じ睡眠時間でよく眠くならないよな」
「そんなこと、ないですよ。たまに昼寝もしますし」
 言われてみれば、睡眠時間は彼より短い気がする。6時間あればかなり寝られたうちに入る。
「たまに、だろ。俺はほぼ毎日なのに」
 食卓の椅子に座って眠そうに目を細める彼がまるで大型のネコ科の動物のようで、抱きしめたくなってしまう。
 彼をこの家に招き入れてから、彼への思いが膨らみ過ぎて、自制が効かなくなっている。出ていったら殺すと脅した。不安に押し潰されそうな夜に隣で寝てもらった。一緒に出かける約束が叶い、嬉しさのあまり抱きついた。急にアルバイトを頼まれて困惑する彼に、正論を叩きつけて送り出そうとした。こんな自分なんかより、大切なアルバイトを優先してほしかったから。こんな自分が、陽キャの彼の近くに居て良いわけがないから。思いをこじらせた挙げ句、彼に無理矢理口づけ、服の中に手を入れて肌を確かめ合った。彼に教えてもらいながら、初めての経験をした。彼の気持ちも聞かずに。あれから1週間が経ち、暦は5月になろうとしている。自分の欲が強過ぎるわけではないことに安堵した。また一方的な衝動で彼を付き合わせるわけにはゆかない。
「……やっぱり、もう少し寝る」
 彼はゆっくり立ち上がり、ふらふらと炬燵に向かった。もう炬燵で温まる時期ではないが、電気を入れずに膝に布団をかけるのが気持ち良かったりする。いずれにせよ、彼が離れてくれて安堵した。
 筍ご飯を蒸らす間に、花や野菜を見るために外に出る。桜の花はとっくに散り、柔らかい新芽が目に眩しい。また蕗やセロリが収穫できそうだ。彼ご所望のトマトの苗は無事に根づいたようで、萎れずに育ってくれている。あと1か月も経てば、梅仕事ができそうだ。
 料理は嫌いではないが、思い出したくない過去が記憶の大半を占めている。その記憶を上書きするように、いつも彼が喜んで食べてくれる。彼は恩人だった。恩人のままでいてほしかった。自分の中で彼は、恩人以上の存在になっている。
 友人が多く、その友人層も幅があり、学外での活動も熱心な彼。意外にも夜遊びをしない。そんな彼の過去を、盗み聞いてしまった。そのことを、彼に話せていない。