温かいコーヒーとカフェオレを淹れて、俺は階段を上る。
自室の前に立ち、部屋の中にいる真に向かって「開けてくれ~」と声をかけた。
部屋に入って、両手のマグカップをローテーブルの上にそっと置く。
二つあるクッションのうち一個を真に渡す。俺たちはクッションを座布団代わりにして座ってから、マグカップに口をつけた。
「朝陽の部屋って結構片付いてるんだね。意外」
「え、俺って散らかってるイメージあった?」
「散らかってるっていうか、大雑把そうな感じ? 何でだろう? やっぱ身体が大きいから?」
「あー……なるほど? 大きいヤツって不器用だと思われやすいからかな」
俺がそう言うと、真はすぐに「それかも!」と返してきた。
マグカップをテーブルの上に置いた真が、俺の顔を見ながら本棚を指さす。
「ねぇ。朝陽、あの写真立ての人って誰? かっこいい人だね」
「ん? ああ……あれか。あれは兄貴」
「へぇ~……お兄さんがいるんだ」
「と言っても、一年前に交通事故でいなくなっちゃったけどね」
「えっ!?」
俺が何でもないことのようにサラッと言ったせいか、真は驚き固まっている。笑顔だった顔が徐々に崩れ、真は静かに俯き、「……ごめん」とつぶやいた。
「気にしなくていいよ」
「もしかしてだけど、金曜日に言ってた法事って……」
「そう。兄貴の一周忌」
本棚に目を向ける。写真立ての中で微笑む兄貴を見た。
「兄貴がもういないって、今でも実感が湧かないんだ。だから、本当に気にしなくていい。なんかさ……ある日、ひょっこりドアを開けてさ、兄貴がただいまって言って、帰ってきそうな気しかしないんだ」
あれ? なんで俺は、真にこんなことを言ってるんだろう?
今まで自分がこんなふうに思ってることを、誰にも言ったことなかったのに。
つい、ポロッとこぼしてしまった。真を見ると、何と言ったらいいかわからないって顔をしていた。ごめんな、と心の中で謝って、気を取り直すように「それよりもさ」と声をあげた。
「今からどうしようか? 見てごらんの通り、部屋の中は特に何もないし、駅前まで戻る?」
「あ。よかったら……なんだけど、朝陽が言ってたゲーム! あれやってるところが見たい! どんなのやってるの?」
「あー……ゲームか。なるほど。おっけー」
俺は立ち上がって、学習机の上に移動させていたノートパソコンをローテーブルに移動させる。
電源ボタンを押し、パソコンを立ち上げた。ホーム画面に並んでいるアイコンの中から、いつも配信で遊んでいるホラーゲームを選び、クリックする。おどろおどろしいゲームのスタート画面が表示された。
「……えっ!?」
「ん? どうした?」
画面を覗き込んだ真が驚きの声をあげる。ホラーゲームは、もしかして苦手だったか? と思い、真の横顔を見た。
「え、あ、えっと……オレも知ってるゲームだったから、驚いただけ。朝陽ってホラーゲームとか好きなの?」
「いんや。どっちかっていうと苦手」
「え。じゃあなんでやってるの?」
──兄貴が配信でやってたから。
なんて言えない俺は、誤魔化すことにした。
「中学のときにやってみてダメだったんだけど、高校生になった今なら、さすがにもういけるかなって思って再チャレンジしてみたんだ。でも、やっぱ苦手だったわ~。あ、そうだ。真が、これやってみる?」
俺はゲームコントローラーを真に向かって差し出した。すると、真は頭を横に振って、断ってきた。
「ううん。オレ、朝陽がこのゲームやってるところが見たい」
「え……マジで言ってる?」
「マジマジ」
「えぇ~……マジか。言っておくけど、俺……うるさいよ?」
本当にいいのか? と、確認すると、真はコクリとうなずく。そして、ニヤニヤとした顔を俺に向けてきた。
「ホラーゲー苦手な人のプレイなんて、楽しみしかないでしょ!」
「……なるほどね?」
つまり、配信の常連リスナーたちみたいに、俺が悲鳴をあげているところを見たい……と、そういうことか?
俺はコントローラーのボタンを押して、ゲームをスタートする。配信で使っているセーブデータは使わずに、新規データでゲームを始めた。
すでに一度、プレイしているのだから、多少は大丈夫だろう。そう考えていた目論見は、開始早々に崩れ去る。
「あっ、ちょっ……! 待ってっ! あ、そこゾンビは聞いてないぃいいいい!!」
「ふふっ……! ……っ!」
俺はコントローラーを必死に操りながら、つい身体ごと前後に揺れてしまう。
そのたびに、隣に座っている真が、肩を震わせていた。堪えきれない笑いが、くすくすと漏れていた。
一時間ほどだろうか。キリのよいところまで進んだところで、一度セーブした。
俺はもう一度、「ゲームやってみる?」と聞いてみたが、真はさっきと同じように、頭を横に振って断った。
ふたりで、ぬるくなったカフェオレとコーヒーを飲む。俺は全部飲み干した後、その場で右肩をぐるぐると回し始めた。
「あー……身体がガッチガチ。腕、疲れた~」
「朝陽、お疲れ~。ふふっ……あ~面白かった! オレが肩を揉んであげよっか?」
真はそう言って立ち上がると、俺の背後に回った。膝立ちになって、肩に手を添えてくる。
「うーわ。結構ガチガチだね。慢性的に肩こり……?」
「毎日、ゲームやってるからな~。そのせいかも?」
「かも? じゃなくて、絶対そうでしょ」
真が「かったい!」と言いながら、ぐっぐっと指で押す。指では埒が明かないと思ったのか、拳で叩き始め、時折、ぐりぐりと押してきた。
「あ~……気持ちいい~」
十分ほどだろうか? 真が「おしまい」と言って、ポンポンと肩を叩く。
後ろを振り返ると、真が両手をぷらぷらと振っていた。カチコチの肩と格闘して、手が疲れたのかもしれない。俺は「さんきゅ」とお礼の言葉を告げると、空になったマグカップを回収し、立ち上がった。
「肩揉んでくれたお礼に、何か飲み物を取ってくる。またコーヒーがいい?」
「じゃあ、今度は炭酸ジュースをもらおうかな」
「おっけー」と返事をし、俺は部屋を出る。階段を下りて、冷蔵庫から炭酸を取り出した。食器棚から、新しいコップを二個取り出すと、自室へ戻る。
テーブルにコップを置いて、炭酸ジュースの蓋を開ける。プシュッと音を立てて炭酸が抜けた。コップにジュースを注いでから、真に声をかける。
真は、俺が部屋に戻ってきたとき、立って本棚の上のほうを眺めていた。
「ねぇ……朝陽。ちょっと聞いてもいい?」
「ん? なに?」
「これって──」
俺は、真が指をさす先を見る。そこに置いてあったのは、マイクスタンド。
マイクはスタンドにセットしたまま、棚の上段の奥に仕舞っていた。その手前に文庫本を並べ、目立たないようにしていたのだ。
「マイク……だよね? 何に使ってるの?」
(えーっと、えーっと……なんて言って誤魔化そう……?)
ゲーム配信はやっていないと言った手前、他の理由で誤魔化すしかない。
俺は何とか捻り出した理由を、真に告げてみた。
「カラオケの練習用……かな?」
なぜ疑問形で答えるのか──というツッコミは返ってこなかった。
これでうまく誤魔化せただろうか?
コップに浮かんだ水滴が、つっと一筋伝った。まるで俺の冷や汗みたいに。
ごくり、と喉を鳴らす。こちらを振り向いた長いまつげが、じっと俺を見つめていた。


