死んだ兄貴の代わりに配信していたら、気になる同級生はどうやらリスナーだったようです


 キーンコーンとお昼休みのチャイムが鳴る。
 チャイムが鳴った途端、吾妻が後ろを振り返った。目を輝かせ、ふんっと鼻息を荒くさせている。

「朝陽! 行こうぜ!」
「……はいはい」

 特進クラスに行く気満々だ。勢いよく立ち上がった吾妻の手には、すでに弁当が握られていた。
 俺は苦笑しながら、弁当をカバンから取り出し、立ち上がる。俺たちは一緒に教室を出た。

 特進クラスのある二階へ向かう。階段を上がり、右に曲がると、すぐに「特進一組」と書かれたプレートが見えた。その教室のドアを開け、目的の人物を探した。

「転校生君はどこかな~?」

 吾妻はおでこに手を当てて敬礼のポーズを取り、キョロキョロと教室を見回す。
 隣に立っている俺も目立つのか、クラス中の注目がこちらに集まった。

「……朝陽?」

 真のほうが先に俺たちを見つけた。席を立ち、こちらへ近づいてくる彼に、俺は「おう」と手を上げて声をかける。
 突然、教室に現れた二人組。その二人に氷の女王様が話しかけに行ったことで、教室のざわつきはさらに大きくなった。けれど、俺たちは気にすることなく、会話を続ける。
 
「今日のお昼は学食? 俺たち弁当なんだけど、一緒に食わねぇ?」
「学食は大変だったから、今日はパンを買ってきてある」
「お、いいね。んじゃ、どっか中庭か屋上にでも行って食べるか。真はどっちで食べたい?」
「え、この学校って屋上あがれるの? だったら、屋上行ってみたい」

 真は「ちょっと待ってて」と言うと、自分の席に戻った。
 カバンの中からコンビニのビニール袋と水筒を取り出し、それを持って俺たちのところへ戻ってくる。そのまま特進の教室を出て、階段を上り、屋上に続くドアを開けた。

 見上げれば青空が広がっている。無限に広がる天井は、解放感も半端ない。俺たちはフェンスを背もたれにして座り、それぞれお昼ご飯を広げ始めた。

「あ。俺、吾妻っていうんだ。よろしく~!」
「オレは、結城真。真って呼んでもらえると嬉しい。よろしく」

 ふたりが軽く挨拶を交わす。それを皮切りに、吾妻が次々と質問を飛ばしてきた。
 どこら辺に住んでいるのか、彼女はいるのか、以前はどこに住んでいたのか、血液型は? と、前のめりだ。
 俺は、弁当を食べないまま質問ばかりする吾妻の頭にチョップをかます。

 真は怒涛の質問に目を白黒させ、チョップされた吾妻を見て、ふふっと笑った。パンにかぶりつきながら、質問の一つ一つに答えていく。彼女はいないこと、血液型はA型であること。真が答えるたびに、吾妻は「うんうん」とうなずいた。

 俺は早々に弁当を食べ終え、お茶をひと口飲む。続いて、吾妻も食べ終わった。 空になった弁当箱を巾着にしまいながら、吾妻は「あっ!」と大きな声をあげる。
 急いで立ち上がると、片手を上げて「すまん」と俺たちに合図を送ってきた。

「俺、今日当番だったわ。五時限目の準備しに行かねぇと。朝陽、また後でな。真、また一緒に昼飯、食べようぜ~」

 そう言うと、吾妻は手をひらひらと振って屋上から出て行った。慌ただしく去って行く友人の後ろ姿を見送る。その姿が見えなくなると、真は水筒に手を伸ばし、お茶を一口飲んだ。

「……あんなやつだけど、大丈夫?」
「うん。大丈夫。めちゃくちゃ面白い人だね。吾妻君」
「悪いやつじゃないけど、噂話とか大好きだからさ。もしかしたら、また、真に質問責めしてくるかも」
「そのときは、また朝陽がチョップして止めてくれるんじゃない?」
「それは……確かに?」

 あははと笑って一息つく。俺はその場にゴロンと転がった。
 青空を見上げ、少しずつ動いている雲を見つめる。

「あー……すげー気持ちいい……このまま寝たい」

 俺がそう言うと、真も一緒になって横になった。
「これは気持ちいいね」と言いながら、青空に向かって両手を伸ばす。
 日が当たって、ほんのりと暖かくなった屋上のコンクリートが、じんわりと背中に伝わってくる。うとうとしている俺に、真がクスッと笑った。

「すっごい眠そうだね。もしかして、またゲーム?」
「そう、当たり。昨日は一時間くらいで終わらせるつもりだったんだけどな~。皆と盛り上がっちゃって」
「……皆? オンラインゲームか何か?」
「あ、うん。……まぁ、そんなとこ」

(あっぶな! 配信の皆、とかポロッと言いそうになった)

 隣から「……へぇ~」と言う声が聞こえる。
 仰向けになっていたはずの真が、ゴロンとこっちを向いた。

「朝陽、あのさぁ」
「ん? 何だ?」
「あの、えーっと……ちょっと待って。何て言おうとしたんだっけ」

 何か言いたい、けど、言えない──というように真はモゴモゴと歯切れが悪かった。
 こっちを向いているのに、視線だけが落ち着きなく泳いでいる。
 どうしたんだろう? と思うと同時に、俺は真と連絡先を交換していないことを思い出した。

「そうだ。真。お前ってスマホ持ってる? よかったら、連絡先交換しない?」
「あ……う、うん! 持ってる!」

 真が身体を起こし、ポケットを探り出す。俺も身体を起こして、ポケットからスマホを取り出した。連絡先を交換し、お互いにスタンプを送り合う。これで昼飯の約束しやすくなった、と俺が言うと、真は、うんうんとうなずいた。

「そういえば、真は転校生じゃん?」
「え、うん。そう、だね?」

 何を今さら? と言うように、真は首をかしげる。俺はさらに言葉を続けた。

「……ってことは、だ。もしかして、こっちの土地勘ってなかったりする? それとも、こっちは元々住んでて、戻ってきた感じ?」
「こっちの土地勘はないね」
「じゃあさ、今度一緒にどっか遊びに行くか? と言っても、俺も色々知ってるわけじゃないけど」
「──行く! うっそ! 嬉しい!」

 真の顔がキラキラと輝く。『氷の女王様』と呼ばれる面影は、かけらもなかった。
 もしも、真のお尻に尻尾があったら、千切れそうなほどブンブンと振っていることだろう。

(男に言うことじゃないかもしれないけど……ちょっと可愛い。猫みたいだ)

 クールな顔立ちが、むしろ猫っぽさを引き立てている。真の反応に、俺の口角が上がった。

「じゃあさ、早速なんだけど今度の土曜日とかどうかな?」
「あー……ごめん。土曜はちょっと都合悪い。でも日曜だったら大丈夫」
「そうなんだ。もしかして……彼女とデートか?」

 真の顔つきが、ニヤニヤとしたものに変わる。俺は、「ははっ」と笑って、それを否定した。

「違う違う。ちょっとその日は法事があるんだ」
「あ、ご、ごめん。彼女なんて軽はずみに言って……」
「いや、気にしなくていいよ。むしろ、真のほうが彼女いたりするんじゃない?」
「……転校して一週間だよ? って言うか、さっき彼女いないって吾妻君がいるときに言ったけどぉ?」
「真はイケメンだからな~今日、彼女ができる可能性はゼロじゃないだろ?」

 今度は俺がやり返す。ニヤニヤと笑って見せた。反撃に気づいた真は、むぅっと顔をしかめる。

「オレ、モテないんだけど?」
「またまた~ご冗談を」
「いや、ほんとにモテないからね?」
「でも、転校初日に告白されたって聞いたけど?」

 俺の言葉を聞いた真は、顔を曇らせた。視線をそらし、フッと自嘲気味に鼻で笑う。

「……それ、相手は男だから」
「は……?」
「女子じゃなくて男子」
「……それは……あー……うん」

 モテる──といっても男に。
 喜んでいいのか、悲しんでいいのか……俺は真の心中を察する。

「しかもさ、転校早々にその話が広まっちゃったでしょ? おかげで、女子との接点が減った気がするんだ……!」

 真は俯き、両手で顔を覆う。俺は真の頭をポンポンと叩いた。「人の噂も七十五日って言うから」と言うと、「長いよ!」と返ってきた。……慰めにならなかったか。すまん。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。俺たちは立ち上がって、ズボンのお尻を叩いた。
 屋上を出て階段を下りる。二階の踊り場に差し掛かったとき、俺は真に声をかけた。

「んじゃ、日曜日の時間は、あとで決めようぜ。連絡する」
「うん。わかった。楽しみにしてる」

 俺たちは、お互いに片手を上げて、「じゃあ」と挨拶をした。教室に戻ると、また睡魔との戦いが始まるのだった。