「そう……なんだ?」
真がパチパチとまばたきをする。目が「えっ?」って言ってるみたいだった。
「うん。配信とかやったことない」
「……へぇ~。それだけ声いいのに、なんだか勿体ない気がするのはオレだけ?」
「真だけだよ。勿体ないなんて言われたことない」
俺たちは渡り廊下を抜けて、本校舎へと戻った。二階へと続く階段の前で、軽く手を上げ、真とはそこで別れた。
教室に戻ると吾妻は他のやつらと輪になって喋っている。俺に気づいた吾妻が、「おう!」と手を上げ、手招きをした。
「朝陽、遅かったな! 学食は相変わらずの激戦だった?」
「激戦も激戦。ラーメンが伸びるかとヒヤヒヤしたわ。でも、特進のやつのおかげで伸びる前に食べられてラッキーだったよ」
「特進のやつ?」
「そう。特進の転校生。学食の戦いをそいつと制したんだ」
俺がそう言うと、吾妻を含めて皆が「えっ!?」と声を上げ、こっちを見る。
予想外の食いつきに、思わずたじろぐ。いきなり注目されて、ちょっと面食らった。
「転校生って、あの『氷の女王様』か?」
「……なんだそれ」
「転校してきたその日にあの美貌にやられたやつが告白して、それを冷たく女王様のように断られたことから、ついた名前らしいぞ」
(真って、もうそんな二つ名がついていたのか……)
さっきまで顔を合わせていた人間の顔を思い浮かべて、どこか納得してしまう。
だけど、氷というほど冷たい感じはしなかったけどな、とも思った。
「ふっふっふっ……その『氷の女王様』と友達になったぜ」
「マジで!?」
「マジマジ」
「いいな~! 俺も話してみたい! 朝陽、今度紹介して」
吾妻が両手を胸の前で組んで、お願いポーズを作る。俺はそれに「はいはい」と返事をした。
真もまだ友達がいないと言っていたし、俺をきっかけに友達の輪を広げるという方法はありだろう。
午後の授業が始まりを告げるチャイムが鳴る。俺達は自分の席に戻った。窓際の一番後ろの席は、ぽかぽかとした暖かい陽気の影響がとても大きい。腹も満たされた状態で、寝るなというのは拷問だ。
俺は教科書を持ち上げて、口元を隠す。朝と同じように、教科書の向こう側で大きなあくびをした。
キーンコーンと、すべての授業を終えたチャイムが響く。俺は机の横にかけたカバンを取って、ペンケースや教科書を中に放り込んだ。吾妻に「じゃあな」と挨拶をして、教室を出る。
昇降口で靴に履き替えていると「あ」という声が背後から聞こえた。後ろを振り返ると、そこには真が立っていた。
「おーっす。昼休みぶり」
「昼休みぶり……びっくりした。また会えると思ってなかった」
「……そういや、特進は普通よりも授業多いもんな」
「朝陽は何で通学してるの? 徒歩? 自転車?」
「電車通学。駅までは歩き」
「オレと同じだ。ねぇ、よかったら一緒に帰ってもいい? あ、もしかして、誰かと待ち合わせしてる?」
「いんや、誰とも約束してないから大丈夫」
俺がそう言うと、真は特進クラスの靴箱へ行って靴を履き替えてきた。
一緒に昇降口を出て、駅に向かって歩き始める。駅に着くまでの間に、吾妻が真と喋ってみたいと言っていたことを伝えてみた。俺の友達なら変な人じゃなさそうだと言って、真からオッケーが出る。俺はその返事に、明日にでも昼休みに特進に遊びに行くよと返した。
そうやって、会話のキャッチボールを繰り返しながら歩いているうちに、駅に着いた。俺たちはそこで別れた。
**
「こんばんは~。シンさんいらっしゃい。今日も一番乗りなんて珍しいね。月曜だよ?」
学校から帰宅し、夕飯や風呂を済ませたあと、俺はノートパソコンを立ち上げ、配信を始めた。
配信開始から一分。ポコンという音がして、チャット欄を見てみたら、それはシンさんだった。
『二日連続で一番乗り! やったぜ!』
彼が喜んでいることが伝わってきて、俺は思わず、「ははっ」と声を出して笑った。
「配信に一番に来るってそんなに喜ぶものなんだ?」
『まぁね。競争に勝った達成感が気持ちいい。ねぇねぇ、コウさん聞いてくれる? オレさぁ、ちょっと前に親の仕事の関係で、学校を転校したんだけど、そこでようやく友達を一人ゲットできた!』
「おー! おめでとう!」
『ありがとう! オレが困ってるところを助けてくれてさ、めっちゃいい人そうだった』
「いいね、いいね~!」
なんてタイムリーな話題なんだ。シンさんも転校生だったのか。
真の姿を思い出して、つい、その話題に食いついてしまう。
「転校するほどだから、結構、遠方のほうに引っ越したのかな?」
『そう。だから、土地勘まるでなし』
「あー……それは大変そうだね……。いい人そうって言ってたし、仲を深めるついでに、週末に出掛けたりとかしてみたら? そしたら、土地勘も早く身に着くんじゃない?」
『コウさんナイス! それ、ナイスアイデア!』
自分でそう言いながら、真も土地勘ないんじゃないかと思ってしまった。そういえば、連絡先も交換していなかった。
(……明日、学校行ったら、聞いてみるか)
昼休みに吾妻と一緒に特進に行くつもりだったし、そのときにでも聞いてみよう。
シンさんと会話をしていると、次々に常連リスナーの皆が集まってきた。十人程度集まったところで、昨日のホラーゲームの続きをやっていく。
今日も今日とて俺は叫び声を上げる。
そのたびにチャット欄は、大いに盛り上がった。
(今日のゲームは少し早めに切り上げよう……)
そう思っていたにも関わらず、昨日と同じように三時間たっぷりゲームをやってしまった。
翌朝──大きなあくびを何度もしながら、階段を降り、リビングのドアを開けた。
「朝陽……ずいぶんと大きなあくびねぇ。もしかして、また夜更かしでもした?」
「母さん。そ、そんなには、してないはず……だよ?」
「なんで疑問形なのよ。まったく……」
眠い目を擦りながら、テーブルにつく。ご飯とみそ汁をトレイに載せて運んできた母さんが、呆れ顔をしながらそれらを並べた。
母さんは昨日と同じように、お気に入りのマグカップにお茶を入れ、椅子に座ってテレビを見始めた。週間天気予報の天気では、土曜日はまだ雨のままのようだ。
「……晴れるといいわねぇ」
「そうだね」
兄貴の一周忌のことに触れてくる。俺はそっと返事をした。
朝食を食べ終えると一度自室へ戻る。制服に着替えて、学習机の上に置いていたカバンを手に取った。写真立ての中にいる兄貴に向かって「いってきます」と告げ、階段を下りた。
玄関で靴を履いて、つま先をトントンと叩いていると、リビングのドアから母さんがひょっこり顔を出す。
「朝陽、またお弁当忘れてるわよ」
「──あ。あぶなっ! 母さんありがとう」
弁当袋を母さんから受け取り、カバンの中にしまう。俺は「いってきます」と言って玄関のドアを開けた。駅まで歩いて、電車に乗り、また学校までの道のりを歩く。
学校へ着いて、教室に入る。吾妻たちと喋っているとホームルームのチャイムが鳴った。
一限目の授業が始まっていく。眠くなる先生の声を聞きながら、あくびを嚙み殺した。
そんな、何でもない日常が早足で駆けていき──もう一年だ。
(……早いなぁ)
本当に早い。兄貴が死んで一年なんて信じられない。一年経っても、まだ実感が湧かないんだ。
実感が湧かないくせに、なぜか兄貴のことを忘れたくない、忘れられたくないと思って、兄貴が残していたチャンネルとアカウントで、動画配信を始めてしまった。
『──朝陽、もし俺が死んだりしたらさ、母さんたちに見られる前にパソコンの中身、消しといてくれよ』
映画を一緒に見ていたとき、兄貴が突然そう言ってきた。そんなことを言い出したのは、人が死ぬシーンが出てきたからかもしれない。もしも自分の身に起こったら……と、考えたのだと察する。俺は炭酸を飲みながら、返事をした。
「十八禁のデータやアカウントなら引き継ぐけど?」
「ばーか。ダメに決まってんだろ」
「……もしかして、兄貴の趣味……エグいとか?」
「人を勝手に変態にするな!」
ふたりで「あはは」と笑って、そんな冗談を言い合った。
兄貴だって本気でそんなことを考えてはいなかっただろう。
まさか数か月後に本当にそんな事態になるとは思ってもみなかった。
葬式を終え、母さんが兄貴の遺品整理をすると言ったときに、俺は兄貴と交わした約束を思い出した。自分の部屋にこっそりとノートパソコンを引き上げた。もし、母さんに聞かれたときには「兄貴が前にくれるって言ってたから」と言おうと、あらかじめ理由も考えておいた。
ノートパソコンを立ち上げ、母親には見られたくないであろうものから、優先的にファイルを削除していく。
(兄貴って巨乳好きだったのか……)
なんて思いながら俺は次々に削除していく。そのあと、ブラウザを立ち上げた。開いていたタブには、いくつものサイトが並んでいて──その中に、動画配信サイトが混じっていた。
俺は、そのページで手を止める。
「兄貴って……配信やってたんだ……?」
皇帝ペンギンのデフォルメアイコンに、アカウントの名前は『コウ』。
チャンネル登録者数も三桁を超えていた。
アーカイブ──過去の配信動画を再生してみると、兄貴は顔出しはせずに、ゲームや雑談を中心とした配信をやっていたらしい。チャンネルに遊びに来ていた人たちに『コウさん』と呼ばれて親しまれていたようだった。そのやり取りを見て、なんだか心がほっこりと温かくなった。
「この人たちに兄貴が死んだこと……伝えたほうがいいよな?」
チャンネルのメッセージ通知がたまっている。そこを開くと、兄貴とフレンドから『コウさん大丈夫? 何かあった?』と心配するメッセージが届いていた。
返事をしなければ、と思った俺はキーボードに手を添えた。すると、手のひらがノートパソコンに備え付けられているマウス機能のあるパッドの部分に触れた。
カーソルが急に動いて、うっかり配信ボタンを押してしまった。
「……え? あ!? あれ? これ、配信始まってる!?」
あわあわと慌て、配信を止めようとする。すると、その間に誰かがやってきた。ポコンという音を立て、チャット欄に『こんにちは』とコメントが流れる。
(ど、どどどどうしよう!?)
次々に常連らしき人たちが現れて、『コウさんお久~!』『コウさんめっちゃ久しぶりじゃん!』と書き込んでいく。
『コウさん? もしもーし? 声聞こえないけど?』
「ちょ、ちょっと待って……! えっと、どうしよう……!?」
頭を抱える時間が欲しい。俺はチャット欄にコメントを書き込んだ。
『ごめん。久々すぎてマイクつけてなかった』
『……配信主が声出さずにコメント参戦なんて、新しすぎるだろ。さすがコウさんだぜ』
(…………)
書き込まれたコメントを見ながら、俺はあることを思いついてしまった。
俺の声は、兄貴と似ている。電話だと両親すら間違えるほどだ。
だったら……このチャンネルの中だけでも、兄貴は生きていられるんじゃないか?
──少しでも、誰かの中に。
俺は一度席を外し、兄貴の部屋に行くと、ノートパソコンが置いてあった場所周辺を探った。そして、マイクスタンドとマイクを見つける。それらを繋いで、配信チャンネルで声を出すことにした。
もし、兄貴じゃないと言われたら、そのときは本当のことを明かそう……そう思って。
「……皆、久しぶり。元気にしてた?」
兄貴はこんなふうに喋っていたよな。なんて思い出しながら喋ってみた。
配信に来ていた人たちは、違和感を覚えなかったのか、普通に受け入れ、『コウ』だと思ってコメントを書き込んでいる。他愛のない雑談を三十分ほどやり、配信を終えた。
マイクの電源をしっかりオフにして、ノートパソコンを閉じる。
──こうして、俺は『コウ』の仮面を被り、兄貴として配信を始めたのだった。


