「こんばんは~! 久しぶり」
『おっす! コウさん、こんばんは~!』

 配信開始ボタンを押して、数分後、すぐにリスナーさんがやってきた。
 二週間ぶりの配信だ。次々に人がやってきて『コウさんおひさ~!』とコメントを書き込んでいく。
 いつもより少しだけ流れの早いチャット欄を眺めながら、コメントを拾いつつ、俺は「ごめんごめん」と皆に謝った。

 真にキスされた後の授業なんて、もう上の空だった。
 先生の話も右耳から左耳へと抜けていく。授業であてられても、話を聞いていないのだから答えられるはずもなく、しどろもどろになっていた。
 今日は、先生にもクラスメイトにも心配される一日だった。授業中に、吾妻が「本当にどうした?」と後ろを振り返っては、そのたびに先生に注意されていた。

『──オレ、お前のことが好きだから』

 真に言われたあの言葉が、ずっと頭の中でループしてる。
 学校から帰宅し、夕飯を食べ、風呂に入り、自室に戻って炭酸を飲みながら一息ついて、ようやく頭の中が整理されてきた。

 二年前に真を助けたのは兄貴。それは間違いない。

『最近気づいたんだけど、オレ……この人のこと……たぶん、好きなんだと思う』

 でも、真が『コウ』のことが好きかもしれないと気づいたのは、つい最近。
 ……つまり、真が惹かれたのは兄貴じゃなくて、『今のコウ』──つまり、俺なんじゃないかって。

 もし、俺のことを好きだと仮定して、『コウ』が俺だと気づいていたのなら、色々と辻褄が合う。そんな気がする。

 俺が気になる人がいると配信で言った翌日、真がジト目でこっちを見ながら、「気になる人がいるんじゃないの」と聞いてきた。
 あのときは、何でそんなことを知っているんだ!? と驚いたが、真がリスナーで、俺が『コウ』だと知っていたのなら納得だ。

 初めて一緒に遊んだ日。書店の文具コーナーで、俺が皇帝ペンギンのキーホルダーを手に取った。
 真も気に入って、友達記念にと言って買ったが、気に入った理由が配信チャンネルのアイコンに似ていたからということであれば──……。

 思い返していくうちに、だんだん確信が強くなっていった。

(あのリスナー、もしかして……いや、きっと──)

『ポコン』と音が鳴る。また一人配信にやってきた。

『こんばんは~! お邪魔しまーす!』
「シンさん、いらっしゃい」
『コウさん、配信久しぶりじゃない?』
「うん。二週間ぶりくらい?」
『何かあったの? って聞いてもいいのかな』

 シンさんの書き込みに、皆も便乗していく。チャット欄が、どこか落ち着かなくなってきた。
 配信を休む直前、俺は皆に好きな人がいると伝えていた。だから、配信を休んだ理由を察しているのだ。きっと何か進展があった──けど、突っ込んで聞けない、そんな感じだ。

「ん~……何かあったといえば、あったかな」
『……ゴクリ』
「実はフラれた」
『──!?』
「……と思いきや、フラれてなかった……のかもしれない」
『????』

 チャット欄が混乱している。どういうことだ? とザワザワしていた。
 俺は困惑しているコメントを見て、クスッと笑った。コメントの中にいる『ある人物』に向かって声を発する。

「シンさん。ちょっと練習台になってもらってもいいかな?」
『え、オレ?』
「うん。そう」
『……いいけど、一体何の練習?』

 俺はマグカップを手に伸ばす。カフェオレで喉を潤し、深呼吸した。
 よし! と腹に力を入れ、気合いを入れる。それから、ゆっくりと口を開いた。

()()さん。俺、あんたのことが好きだ。明日、学校で会ったら──ちゃんと返事、聞かせてもらうからな?」
『──っ!?』
『おおおおおお!!』
『告白の練習か!』
『前半はわかるけど、後半は何だ? 好きな相手って同じ大学とか?』

 チャット欄が、『うおおおお』と盛り上がる。俺は、ハハッと笑ってみせた。
 テーブルの上に乗せていたスマホが震える。手に取って画面をチェックすると新着メッセージが届いた。それを開いて内容を見る。慌てて打ったらしい文章は誤字だらけだった。

「……ふはっ!」

 笑いが止まらない。抑えたいが、くくっと声が漏れる。
 この文章を打っているときの真の顔を見てみたかった。顔を真っ赤にして、俺のことを意識してくれてたら……すごく嬉しい。

(悪いな。こっちも、やられっぱなしは性に合わないんだ)

 そういえば、真はこの声を褒めていたよな。いい声だって。兄貴と声が似ているという自覚はあったが、声がいいかどうかなんて今まで考えたことなかった。軽く咳払いをして、あえて低く意識してみる。

「……この声が好きって言うなら、どろっどろにお前の耳を溶かしてやる」
『ぎゃあああああ!!』
『ココココウさん!? 突然のイケメンボイスがすぎますが!?』
『あれ? 今、俺……キュンときた?』

 また、スマホが震えた。メッセージを送ってきた相手には見当がついている。内容もさっきと同じように、誤字が多いのだろう。
 
(……俺のことでドキドキしてくれてたら、いいな)

 配信を終えると、立ち上がる。写真立ての中にいる兄貴に向かって微笑んでみせた。
 カーテンを少し開け、窓越しに夜空を見上げる。雲ひとつない、透き通るような夜空が広がっていた。輝く星の中で、ひときわ輝く──満月。俺はそれをじっと眺める。

 明日、学校へ行くのが楽しみだ。早めに家を出て、今度は俺が特進クラスで真を待っていよう。そして、屋上に呼び出すんだ。改めて、俺から告白したいと思う。

(俺も、お前を落としてやる……!)

 そう心に誓うと、空になったマグカップを持って自室を出た。シンクにマグカップを置いた後、洗面所で歯を磨く。まだ起きている母さんに声をかけて、ベッドに潜り込んだ。


 翌朝。スマホのアラームよりも早く目が覚めた。
 朝食もそこそこに、勢いよく家を出る。

「いってきます!」

 空は快晴。朝の澄んだ空気が頬を撫でた。

 ──今日は、たぶんいい日になる。

 心も足取りも弾ませながら、俺は、足早に学校へ向かった。

〈END〉