「あー! 面白かった!」
真が笑顔でコーヒーに口をつける。俺は、しょんぼりしながらカフェオレを飲んだ。
ホラーゲームを一時間ほど遊んで、今は休憩タイムだ。
「真ってめっちゃゲーム上手いんだな」
「ふふん。まぁね! あんまりやる時間はないけど、FPSとかも好きだよ」
「あー……なんかわかるかも」
ゾンビを容赦なく倒していくその姿はまるでプロだった。
怖いとか可哀想とか、そんな感情は一切見えなく、ただただ、対象を処理する仕事人のようだった。
好きなゲームの系統がFPSだと知って、なるほど、と理解した。対戦でも一人用でも、戦いになると真はスイッチが入るタイプなんだろうな。
「ちょっと俺、トイレ行ってくる」
そう言って、俺は立ち上がり、二階のトイレへ向かう。さて、この後どうしようか。
(……そろそろ聞いても不自然じゃないよな?)
真の好きな人──その人と付き合っているのかどうか。
遊ぼうと誘ってきたのは真だが、その誘いに俺が乗ったのは、これをハッキリさせたかったからだ。
どう切り出すのが自然だろう?
『なぁ、真。お前さ~この前好きな人がいるって言ってたじゃん? その人とは付き合ってるの?』
(いや、これはさすがにストレートすぎるか?)
自然な切り出し方に頭を悩ませる。手を洗いながら、う~んと首を捻っていると、ポケットの中にあるスマホが震えた。タオルで手を拭いて、スマホを取り出す。
メッセージの送り主は吾妻。どうやら、合コンの現在の状況を送ってきたらしい。俺はメッセージの内容を読んだ。
(──ナイスタイミング! 吾妻!)
俺はぐっと握り拳を作る。心の中で吾妻に感謝の念を送った。
自室に戻ると、真に向かって口を開く。
「真。吾妻から今届いたやつ見た?」
「見た見た。上手くいってるみたいだね」
真もポケットからスマホを取り出して、吾妻からのメッセージを確認していたようだった。
指をスイスイと動かし、返信を打っている。
俺は『がんばれ!』のスタンプを送り、真もすぐに『頑張って! でも、がっつき厳禁!』と返していた。直後、吾妻から親指を立てた絵文字が送られてきて、真が、ふふっと笑った。
その笑顔を見て、俺は今だと思い──そっと切り出してみた。
「そういやさ~、前に、真は『好きな人がいる』って言ってたじゃん? あれってどうなった? 何か進展でもあった?」
ドキドキする。
自然だよな? 今、自然に言えたよな?
俺はスマホに目を落としたまま、あくまで『吾妻のついでに気になったから聞いてみました』というスタイルを装った。不自然さは感じられなかったのか、真は「オレ?」と言って返事をする。
「進展っていっても……うーん」
「告白して、付き合ったり……とか、しないの?」
「まだ、そこまでの勇気はないよ」
「そうなんだ? 真に告白されたら、一発OKだと思うけどなぁ」
俺がそう言うと、真は、少し眉を下げ、物悲しそうな顔をした。その表情にどことなく自分と似たものを感じる。もしかして……。
「──叶わなさそうな相手ってこと?」
「あ、うーん。ちょっと似てるかな。もしも、告白して、フラれたとして、その人との関係がスッパリ切れちゃうかもしれないって思うと、なかなかね」
「そうか……うん。ちょっとわかるかも」
もし、俺が真に告白して、フラれて、今までの関係のすべてがなくなってしまうのなら、このままでいいかと思う。でも、そうすると、このままでは真が誰かと付き合い始めてしまうかもしれない、という不安が襲ってくるんだ。
振り子のように心が揺れる。
このままで──このままでは──どちらに揺れても、不安がずっと付きまとう。
「……勇気、出してみようかなぁ」
真がポツリとこぼす。すると、スマホの画面をいじり始めた。
「ね。朝陽……これ知ってる?」
そう言って俺に見せてきたのは、とある配信チャンネルだった。
そのチャンネルは俺がよく知っているものだった。皇帝ペンギンのアイコン、チャンネル主の名前は『コウ』。
「オレ、実はこの人に二年前に助けてもらったんだ。このまま生きていても意味なんてない……って考えるくらいへこんでてさ。そのときに、たまたま目に入ったこのチャンネルの配信を見て、そこで愚痴をこぼしたら、勇気づけられてさ……」
「──え……?」
「さっ、最近気づいたんだけど、オレ……この人のこと……たぶん、好きなんだと思う」
真の長いまつげが震えている。頬もほんのりと色づいていた。本当に好きなんだろう……。表情だけで、どれほど本気なのかが伝わってきた。
真が、はぁ~っと大きな息を吐く。「ちょっとオレもトイレ行ってくる」と言って立ち上がった。部屋のドアがバタンと閉じられ、静寂が訪れる。
──二年前に助けてもらった。
──それからずっとこの人のことが気になってる。
「……マジ……かよ」
真の気になっている相手の性別が男だった。
そんなことは些細なことだ。どうでもいい。
それよりも、そんなことよりも、もっと大きな衝撃が俺を襲っていた。
二年前から真が、この配信チャンネルを知っていた……?
世間というのは狭いなと思うと同時に、目の前が真っ暗になった。
まさか、まさか自分の好きな相手が、自分の兄貴を……。
──たぶん、好きなんだと思う。
真は、今でも配信を見ているのだろうか?
兄貴のフリをした俺を、兄貴だと思って──恋し続けている……?
「うそ……だろ」
まさか、自分の恋のライバルが、兄貴だなんて考えもしなかった。
俺は本棚に飾られた写真立てのほうを見る。兄貴はそこで静かに微笑んでいた。
──少しでも、誰かの中に。
兄貴が死んだなんて思いたくなかった。
配信の中だけでも、生き続けてほしいと願って、俺が『コウ』に成り続けた。
「勝てるわけ……ねぇじゃん」
二年前に生きてても意味がないと考えるほどの真を、兄貴が救った?
……うん。兄貴なら優しい言葉をかけて、きっと相手の心に寄り添い、そっと背中に手を添えるほどの小さな応援をしたのだろう。
だから、あのチャンネルは顔出しをしていない、ひと昔前の配信スタイルにも関わらず、それでも、自然と人が集まってくる。兄貴の人柄で、人が集まっているんだ。
トイレから真が戻ってきた。ドアを開け、俺の名前を呼ぶ。この後、俺は真とどんな話をしたのか覚えていなかった。気づけば、真を駅まで送って、手を振って別れていた。
自宅に戻り、シン……とした家の階段を上る。自室に入るとボスンッとベッドにダイブした。
うつ伏せになって、枕に顔をうずめる。
「…………」
兄貴のフリをしてチャンネルを再開してから、週末の夜は必ず配信を行っていた。
配信を休むなんて、初めてのことだった。
──真が、兄貴を待っているかもしれない。
そう思うと、どうしてもマイクをつける気になれなかった。
気持ちの整理がつかないまま、二日、三日と過ぎ──気づけば、二週間も経っていた。


