ノートパソコンの前で、はぁ~……と大きなため息を吐く。
配信中のマイクにその音が入るかもしれないのに、俺はもう一度、深いため息をついた。
『ポコン』という通知音とともに、誰かがコメントを投稿する。俺は慌ててチャット欄を見た。
『やっほ~! コウさん久々に来たよ! って、どうしたのため息なんかついちゃって』
『お。マツさんじゃん。おひさ~! コウさんは今、青春してるんだよ』
『どういうこと?』
『恋わずらい……ってやつ?』
『他人の恋バナで酒が美味い!』
俺はため息をついただけなのに、チャット欄はいつも以上に盛り上がっている。
でもまぁ、その気持ちはちょっとわかる気がする。他人の恋愛話って何であんなに面白いんだろうな?
自分が当事者になると、そんな気持ちには中々なれないというのに。
もう一度ため息を吐きそうになる。
さすがにそれはまずいだろう、と思った俺は、口を押えて、ため息を封じた。
『久々に来たら面白いことになってるじゃん! 詳細はよ!』
『ねぇねぇコウさん。完全に相手のこと好きって自覚したってことでいいんだよね?』
配信開始から一時間。リスナー同士の情報交換が活発で、途中参加の人にも俺の状況が伝わっていく。
けれど、うまく伝わらず混乱している人もいるようだった。
だから俺は、もう一度はっきり伝えた──自分に、好きな人ができたんだ、と。
「ちょっと前まで気になってた人が好きなんだって、今日気づいたところ」
『うお! 今日気づいたの!? これは、おめでとうでいいのか?』
『今日だったんだ? でも、なんでこんなにコウさんは、へこんでるの? それがわからん』
俺は目の前にあるマグカップに手を伸ばす。カフェオレをゴクリと一口飲み込んだ。
ふぅ、と息を吐きながら、その問いに答える。
「……俺がその人のことを好きって気づいたのは、その人に好きな人がいるって知ったからなんだよぉ!」
『あああああああ』
『それはツラいぃいいいい』
慰めのコメントが一気に流れていく。
その中で流れを変えるような一言がポツリと書き込まれた。
『でもさ、向こうも好きな人がいる……ってだけなんだよね? 付き合ってるわけじゃないなら、勝算はあるんじゃないの?』
『サルさん! 確かに!!』
『相手に好きな人がいるってだけで、付き合ってるかは確認したの?』
どうなんだ!? とコメントが大合唱する。俺はそれに素直に答えた。
「いや、確認はしてない」
コメントでは『イケる!』とまた大合唱が始まった。俺はその発言に待ったをかける。
「確認はしてないけど、もし、その人が相手に告白をしたら……相手は断らないと思うんだ。綺麗な人だし」
『相当な美人……なのか? コウさんの好きな人って』
「たぶん。俺は今まで見たことある人間の中で一番綺麗だと思ってる」
『マジか。そんな相手なら、すぐにでも誰かと付き合いそうだよな……?』
「う、うう……だよなぁ……」
ローテーブルの上に顎を乗せ、背中を丸める。母さんが今の自分の姿を見たら「姿勢が悪い!」と言って、叩くだろう。我ながらウジウジしているなぁと思っていたそのとき、『ポコン』という音と共に新たなリスナーが現れた。
『こんばんは~! って、あれ? コウさんどうしたの?』
「あ。シンさん、こんばんは~。今、皆にちょっと俺の話を聞いてもらったところ」
『えっ? なに……何かあったの?』
『なんかね、コウさんが気になるな~って思った相手のことを好きだと気づいたんだけど、どうやら相手には好きな人がいるみたい。そんで、コウさんの失恋が確定しそうで、へこんでる』
『マジ!?』
シンさんが話に食いつく。皆のやり取りを見ながら、俺はこのままじゃいけないと、背中を伸ばし、自分の頬を叩いた。
「シンさんは恋愛経験ある? もし、自分が好きになった人に好きな人がいるってわかった場合、どうする? 諦める? 諦めた経験があるのなら、どうやって諦めた?」
『うーん……コウさんは、諦める、でいいわけ? もしかすると、その相手が好きな人ってコウさんだったりすることは考えないの?』
「俺ぇ? ……ない、んじゃないかなぁ」
(皆には言ってないけど……相手は男なんだよね)
例えば俺が女の子だったら、もう少し夢を見れたかもしれない。
現実とは非情なもので、俺は真よりも背が高く、声も低い。どこからどう見ても、『男』の俺が、真とどうにかなる……なんて、とんでもなく望みが薄いことに思えた。
『とりあえず、相手に恋人がいるのかいないのか。まずそこを確定させてから考えてもいいんじゃない?』
『それもそうだよな』
『もし、まだ付き合ってなさそうだったら、ご飯に誘ってみるとか……そういうので、脈ありかどうか探りを入れてみたら?』
『諦めるのはいつでもできるんだから、すべてをやりつくしてからでも遅くはなさそう』
『そうそう。コウさん大学生でしょ? まだまだ若いわ』
リスナーの皆が、俺の恋の背中を押す。彼らが諦めるには早いと教えてくれた。
『まだ、何もしてなんでしょ? だったら足掻いてみたら?』
「シンさん……。そうだなぁ……確かに俺、まだ何もしてないや」
マグカップを手に取り、カップの中に半分ほど残っていたカフェオレを一気に飲み干した。腹に力を入れて「よし!」と気合を入れる。
「諦めるのは後回しにして、まず、恋人がいるかどうか確かめてみる。皆ありがとう。もし、フラれたら慰めてくれよな?」
冗談めかして、笑いながら言ってみた。チャット欄が『おう! 任せろ!』と頼もしい言葉がいくつも返ってきた。それを見た俺は、ハハッと声を出して笑う。
配信をやっててよかった。もし、ひとりきりだったら、悶々として膝を抱え、布団に転がって丸まっていただろう。
ノートパソコンの右下に表示された時間を確認すると、日付が変わりそうになっていた。
俺は皆に「相談に乗ってくれてありがとう」とお礼を言ってから、配信を終える。マイクの電源を切り、ノートパソコンをパタンと閉じると立ち上がって、学習机の上に置いた。ケーブルを刺して充電を開始する。
ローテーブルの上にある空になったマグカップを手に取ると、部屋を出て階段を下りた。
キッチンへ行き、軽く洗ってから、洗面所へ向かい、歯を磨く。
(週末に一緒に遊ぼうって、誘ってみるか……)
「真のホラーゲームプレイを見せてよ」とか何とか言ってみようか?
きっと遊びに誘っても自然なはずだ。そこで何気なく、それとなく、質問してみよう。
(よっし! これでいこう!)
ガラガラとうがいをして、吐き出す。
明日学校へ行ったら、週末の予定を聞いてみよう。
そう考えた俺は、リビングでテレビを見ている母さんに声をかけてから自室へ戻り、布団の中に入るのだった。


