翌日の昼休み。いつものように吾妻と一緒に特進クラスを訪れる。
今日は中庭で弁当を食べようということになった。空は晴天。雲一つなく、気持ちがいいが、直射日光は避けたかった俺たちは、木陰に座って食べることにした。
三人で囲むようにして座る。俺と吾妻は地面に直に、真はコンビニの袋を尻の下に敷いて座った。
弁当の蓋を開けると、「いただきます」と手を合わせてから箸をつける。玉子焼きを口に運び、咀嚼する。
その様を真に、じぃっと見つめられた。何か言いたげな視線にギブアップした俺は、ゴクンと飲み込むと口を開いた。
「……なに? 俺の顔に何かついてる?」
じとっとした睨みつけるような眼差しに、箸を持ったまま、俺はポリポリと頬を掻いた。
「ん~……特に何もついてないよ?」
「そうなのか?」
「そう」
真は、サンドイッチにかぶりつく。視線が逸れた。俺も弁当を食べるのを再開する。しかし、気づけばまた、真はじぃっと俺を見つめていた。
「まこっちゃん、どうした~? 今日は何か機嫌が悪い?」
吾妻が口をモゴモゴと動かしながら、真に質問する。真はサンドイッチを飲み込んでから、口を開いた。
「機嫌が悪いっていうか……うーん……何て言ったらいいのかなぁ? 朝陽って、水くさいよなぁって」
「朝陽が水くさい? おっ? お前何かやらかした?」
「ええ……? 俺ぇ……?」
何かしたっけ?
首をかしげてみる。右、左と傾けてみたが、思い当たるようなことはなかった。
俺は箸を持ったままの手を軽く左右に振る。記憶にございませんとアピールして、ウインナーを口に運んだ。
「──朝陽ってさ、いま、気になってる人がいるんじゃないの?」
真が爆弾発言をかます。俺は、ぐっと喉を詰まらせ、ゲホゲホと咳き込んだ。
吾妻が恋バナの予感に目を輝かせ、前のめりになり、話に食いつく。
「なになに!? 何の話!? 朝陽に気になる人!?」
俺は水筒を手に取り、中に入っているお茶を一口飲んだ。その後で、数回ほど咳をしてから、やっと落ち着く。ふうっと呼吸を整える。そして、俺は真の顔を見た。
「何で、真がそれを知ってるんだよ!?」
「やっぱり。そうだったんだ」
「朝陽の気になる人って誰? めっちゃ気になる!」
──カマをかけられた。
やっぱり、と言われて、俺は自分が墓穴を掘ったことを知る。吾妻は横で、どんな人なのかとしつこく聞いてきた。この流れは昨晩の配信でもあったな……と思い出しながら、少しだけ答える。
「気になるって言っても、なんとなく……ってだけだし」
「ふーん。オレが知ってる人?」
「可愛い? 美人? なぁ! どんなタイプ?」
「可愛いか美人かっていうなら、美人かな」
「…………へぇ」
「美人系か~! となると、やっぱ年上?」
いつの間にか俺は弁当を持っている自分の手を見つめていた。
顔を上げて正面を見ると、そこには、長いまつ毛と目元に小さなホクロのある美しい顔があった。
真と目が合った──俺は咄嗟に目を逸らす。
「た、たぶん。同い年……かも?」
「…………」
「おお! 同い年! ってことは、同じ学校のやつ? え~……誰だろう? 美人系かぁ」
吾妻が両腕を組んで、青空を見上げながら考え込む。
そろそろ自分の話題から逃れたいと思った俺は、話のバトンを吾妻に渡した。
「お前の好きな人は?」と聞くと、吾妻は「女の子は全員大好きだからな~」なんて言い出した。
「まこっちゃんは? 転校してきて、そろそろ慣れた頃だろうし、好きな人とか気になる人ってできた?」
「えっ? オレ?」
──真の好きな人。
思いがけない方向に話が進んで、俺の心臓がドキッと跳ねる。
その答えを聞きたいような、聞きたくないような、でも、気になって真の顎先をチラッと見た。
視界に入った口元が、ふっ、と笑い、艶やかな唇が答えを告げる。
「好きな人ならいるよ」
「えーっ!? マジぃ!? 誰だれ!?」
「まだ、内緒」
「そこを何とかぁ~! 俺が好きになった相手が、まこっちゃんの好きな人だったら勝ち目ないじゃ~ん!」
「あれ? さっき、女の子全員好きって言ってなかったっけ?」
真がクスクスと笑う。その様を見ながら、俺は弁当をガツガツとかきこんだ。
味がしなくなったご飯を全部食べ終わると、空になった弁当を弁当袋に入れた。水筒に入ってるお茶をゴクゴクと飲み、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「……俺、ちょっと先に教室に戻るわ。ふたりはゆっくりしてて」
「朝陽、もう行くの?」
「ん? あれ? お前、今日当番か何かだったっけ?」
ふたりの問いには答えず、俺は立ち上がった。「じゃあな」と言って、踵を返す。
真たちから少し離れたところで、尻のズボンを叩いた。地面に直に座っていた、といっても雑草と芝生の入り混じった地面だ。さほど汚れてはいないだろう。
本校舎と別棟を繋いでいる渡り廊下へと差しかかる頃、俺は後ろから呼び止められた。
「──朝陽!」
「真……?」
振り返ると真が走ってこっちに来た。どうしたんだ? と思うと同時に、真が右手をスッと差し出してきた。
「これ、落としたよ」
そう言って見せてきたのは、俺の家の鍵……?
俺はズボンのポケットに手を突っ込んでみる。そこにあるはずの感触がなかった。さっき立ち上がった時に落としてしまったのかもしれない。
「すまん。ありがとう」
俺は右手を差し出す。
チャリッと小さな金属音を立てて、真の手から俺の手に鍵がそっと移った。
──真の指先が手のひらに触れる。
触れられた場所にほんのりとした熱が生まれた。……そんな気がした。
「朝陽はあのキーホルダー、家の鍵につけてたんだね」
「ん? ああ、これか」
真と初めて一緒に遊んだ日に買ったお揃いのキーホルダー。俺は、それを家の鍵につけていた。
「邪魔にならないサイズでちょうど良かったんだ」と言えば、真がニコニコと笑った。
その笑顔を見て、心臓が胸の内側を小さく叩く。
真は自分のポケットをゴソゴソと探ると、俺にもう一つの鍵を見せてきた。
「実はオレも家の鍵につけてたんだ。オレたちって、考えること一緒だね」
少しだけ恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに微笑む真を抱きしめたい衝動に駆られる。
これは恋なのだろうか? それとも、友情なのだろうか?
ハッキリとした境界線のない想いが、俺の衝動を抑えていた。
(もし、恋だったとしても……)
──真には好きな人がいる。
俺は自分の淡い恋心に気づいたとき、己の失恋が確定していることを知った。


