死んだ兄貴の代わりに配信していたら、気になる同級生はどうやらリスナーだったようです


 ──日曜日。夜八時過ぎ。

 俺はノートパソコンを開いて配信の準備をする。
 マウスを動かし、液晶画面に映し出されたボタンをカチッとクリックした。
『LIVE』と書かれた赤文字が画面の左上に表示されて、配信が始まったことを告げる。

 開始一分。ポコンという音が鳴った。誰かが自分のチャンネルに遊びに来てくれたのだ。
 画面の右側に表示されているコメント欄に、『コウさん、こんばんは~!』と書かれた文字が流れる。俺はコメントに対して返事をした。

「こんばんは~! いらっしゃーい。今日はシンさん早いんですね~……ってそうか、日曜日だからかな?」

 俺は今、ラグの上にクッションを置いて、その上に胡坐(あぐら)をかいて座っている。ローテーブルの上にはノートパソコンがあり、その隣にはマイクスタンドが立っていた。マイク越しに、俺の声がシンさんに届く。すると、チャット欄にまた新しいコメントが書き込まれた。

『そう! 今日は日曜だから、速攻で飛んできた!』

 シンさんは常連のリスナーさんだ。いつもチャットを盛り上げてくれる。
 配信開始早々に来てくれてありがたい。俺はそのことを素直に口にした。

「来てくれてありがとう~! そういえばシンさん、聞いてもいい? なんか最近さ、皆で『誰が一番にコメントするか』って競ってない? 皆が早く来てくれるのは、嬉しいけどさ」
『一番乗りだと、コウさんに確実に名前を呼んでもらえるからじゃない?』
「えっ? それだけ!?」
『コウさん、低くていい声してるからね。あとは、まぁ……男ってのは、ほら、なんでも競いたがる生き物だし?』
「あー……まぁね。それはわかる」

 シンさんと雑談をする。ある程度人が集まるまでは、こうやって他愛もない会話をいつも重ねていた。
 配信開始から五分。ひとり、またひとりとチャンネルに遊びに来る人が増え始めた。

『コウさんおーっす!』
『コウさん、ばんわー! くっそ! 今日こそは一番だと思ったのに!』
『サルさん残念でした! 今日はオレがいっちばーん』

 チャット欄がにぎやかになっていく。そのにぎやかさに吸い寄せられるように、さらに人が集まってきた。人が来るたびに皆が『こんばんは』と挨拶をする。
 配信開始から十分。俺は「飲み物取ってくる」と言って、一度席を外した。マグカップを持って戻り、ローテーブルの上に置く。

「おまたせ~! じゃあそろそろ、続きをやっていきますか!」

 チャット欄が『待ってました!』と歓喜の声をあげる。
 俺は、マウスを動かし、ゲームアイコンをクリックした。

 ゲームの映像が配信画面でも共有できていることを確認した俺は、セーブデータを呼び出す。USBで繋げるタイプのコントローラーをノートパソコンに挿して、構えた。

『ワクワク!』
『コウさんの悲鳴で酒が進むから早く早くぅ!』
「いやいや、サルさん。今日の俺は一味違う。もうホラーゲーは克服し──ぎゃああああああああ!!」

 ゲーム開始から三分。俺は叫び声をあげながら、コントローラーをカチャカチャと動かした。
 悲鳴を聞いたリスナーたちは、チャット欄で盛り上がっている。

『今日は一味……なんだって?』
『秒で覆ったぞ?』
『今日もコウさんの悲鳴で酒がうまい!!』

 俺は涙目になりながら、操作する。追いかけてくるゾンビたちから必死になって逃げていた。

「何でこんなところから、突然出てくるんだよぉ~!」
『ホラーゲーだからだが?』
『ゾンビゲーだからだが?』
『ここから出てくるなんてわかったら、怖くも面白くもないだろうが!』

 叫び声をあげるたびに、チャットが爆速で流れる。流れが速すぎて、コメントを拾いながらゲームすることが難しくなってきた。『初見です』と書かれた文字を見つけて、俺は慌てて返事をした。

「あ、新規の方かな。いらっしゃぁああああああああ!! 死んだ!!」

 画面が真っ暗になり、ゲームオーバーと書かれた血文字が浮かび上がった。
 シンさんが『最短記録更新♪』と書き込み、続けて他のリスナーが、ゲームオーバータイムを書き込んでいた。
 今日は日曜日ということもあって、気づけば配信に二十人以上集まっている。リスナーの皆が一致団結して、俺のゲームオーバーをきゃっきゃと喜んでいた。

「くっそー! 今日こそは死なないと思ったのに……!」
『その自信はどこから来るんだ?』
『コウさんの悲鳴のおかげで、酒二杯目だよん♪』

 俺はテーブルの下にある箱ティッシュから一枚引き抜き、目尻に溜まった涙を拭った。
 それから、テーブルの上にあるマグカップに手を伸ばす。

「ふっふっふっ! 俺はここから本気出す! 気合い入れるために()を飲むぞー!」

「カンパーイ!」と言って、カフェオレの入ったマグカップを掲げた。ゴクゴクと喉を鳴らし、ぷはーっと息を吐く。
 よしっ! と、仕切り直しができたところで、もう一度コントローラーを握りしめた。

 画面に表示されているコンティニューボタンを押す。先ほど死んだ場所の少し前からゲーム再開となった。チャット欄がまた騒がしくなり、『ワクワク』といった言葉がずらりと並ぶ。俺はそのコメントを見て、フッと鼻で笑った。

「あっ、あっ、待って! まっ──ぎゃああああああ!!」
『コウさんまったく同じところで死んでるんだけど!?』
『あっはははは!』

 またしてもゾンビにやられた。さっきと同じところでやられて、またゲームオーバーになる。
「もう一回!」と言って、再びチャレンジした。こんなふうに、三時間ほどゲームを楽しんだ後は、皆との交流──雑談タイムに切り替えた。

「あー……叫び続けて喉が痛い。ちょっと飲むわ……」
『喉痛いのって、お酒のせいもあるんじゃない?』
『コウさん、酒強いよな。長時間飲んでる割りに、あんまり酔わない』

 お酒に関するツッコミが入って、俺はカフェオレを吹き出しそうになった。
 自分の姿は配信画面に映っていないにも関わらず、手をブンブンと横に振ってアピールする。

「強くない強くない! たぶん、一気に飲んでない……せいじゃない? ゲームしながらだと、一口飲んで数十分プレイを続けることもザラだからさ」

 想像で、なんとなく答えてみる。その答えには、特に違和感はなかったようだ。
『確かに』なんてコメントがいくつも並んでいたので、そこそこの説得力はあったらしい。

(い、言えねぇ~……飲んでるものは、お酒じゃなく実はカフェオレなんです、なんて)

 あっはっは、と笑ってさらに誤魔化してみせる。チャット欄はすぐに次の話題に移っていった。
 俺は酒の話題が流れて、ほっと安堵する。マイクに音が乗らないように小さく息を吐いた。

 ──『コウ』

 その名前は、今やっている配信チャンネルのアカウント名だ。
 アイコンの絵は、デフォルメされた皇帝ペンギンのイラスト。俺の兄貴は皇帝ペンギンが大好きだったのだ。

(ほんっと、兄貴らしいチョイスだよな)
 
 脳裏に、ゲーセンでペンギンのぬいぐるみを取っていた姿が浮かんだ。思わず、ふふっと笑みがこぼれる。

『コウさんどうした?』
『なになに? 面白いものでも見つけた?』
「あ、いや、何でもない。皆のチャットでちょっと笑っただけ」

 マイクが先ほどの小さな声を拾ったらしい。慌てて誤魔化す。

(いかんいかん。そのうちポロッと兄貴のことを漏らしそうだ)

 俺は軽く頭を振って、兄貴のことを頭の中から追い出す。チャット欄に流れるコメントを拾い読みしながら、そこから話を広げた。一時間ほど雑談をして、今日の配信を終える。マイクの電源をしっかりオフにして、ノートパソコンを閉じた。

「んあ~! 今日も遊んだ~!」
 
 天井に向かって手を伸ばし、背伸びをして深呼吸をする。腕を下ろすと、空になったマグカップを手に取って、立ち上がった。
 視界に人の顔が入って、俺はチラッとそちらに目を向ける。
 学習机の隣にある本棚に、写真立てが置いてある。その中で微笑んでいる男と目が合った。

「兄貴が死んでもうすぐ一年か……早いなぁ」

 ポツリとつぶやき、部屋のドアに向かう。カフェオレの次は炭酸が飲みたくなった。
 部屋を出て階段を下りると、リビングの明かりがまだ点いていた。少し開いたドアの隙間からテレビの音が聞こえてくる。

「母さん。まだ起きてたの? そろそろ寝たほうがいいよ」

 遅くまでテレビを見ていた母さんに声をかける。母さんは、ぼーっとしていたようだった。テレビに表示された時間を見て、「あら、そんな時間なの?」と言いながら右頬に手を添えた。

 俺は小さくため息を吐き、そのままキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、中を覗き込んだ。
 飲みかけのペットボトルを手に取って、蓋を開けるとプシュッと炭酸が抜けた音がした。

「朝陽こそ、そろそろ寝ないと……明日は学校よ」
「うん。これ飲んだらすぐ寝るよ」

 ゴクゴクと喉を鳴らす。残った炭酸を全部飲み干した。ぷはっと息を吐いて、空のペットボトルを見つめる。また、俺の脳裏には兄貴の顔が浮かんでいた。

(そういや、炭酸苦手だったよな……酒は飲むくせにさ)

 なんて、そんな思いがふっと胸をよぎったのだった。