優紫はずっと同郷の彩希葉先輩が好きだった。高校時代に付き合い始めて、大学一年生の夏くらいまで付き合っていたらしい。キャンパスが違うなんて、幼馴染の二人にとっては実質遠恋みたいなもので、すれ違いから別れてしまった。でも、優紫は彩希葉先輩を忘れられなかった。一方彩希葉先輩にはかっこいい彼氏が出来た。奪い取るのは不可能。優紫は彩希葉先輩の友達ポジションをキープし続けた。彩希葉先輩は元カレともフランクに接することが出来る、そんな人だったから。
 時は流れ、彩希葉先輩に似た一年生がダーツサークルに入部した。モサい田舎娘だけれど、素材はちょうどいい。優紫はその一年生を口説き落とし、ジェネリック彩希葉先輩を作り上げた。ところがある日やっぱり本物が恋しくて、どうしても取り戻したくて我慢できなくなりました。さあ、偽物はどんな末路をたどるのでしょう。
 噂話、SNS、匿名掲示板、全部の情報を総合すると私、優紫、彩希葉先輩の三角関係はこんなストーリーだった。三角関係というのもおこがましい。彩希葉先輩は私の存在を知らなかった。あくまで「自分に彼氏がいる」という理由で優紫はフラれた。
「こいつ彼女いるよ」
 と誰かが言うと、
「そうなの? 知らなかった。でも、人のプライベートなことを、本人の許可なくバラすのってよくないと思うの」
 なんて正論を言っていた。

 優紫がフラれたのなら、私が何も知らなかったことにすればいい。浮気なんてよくあることだとみんな言っている。波風を立てたくない。私が我慢すればいい。周りからの視線が辛い。助けて、優紫。
 お願い優紫。私のこと捨てないで。冬のダーツ大会の予選、会場を間違えたんじゃなくて私と別ブロックで予選やってる彩希葉先輩を見てたこと、気づかないふりするから。
 彩希葉先輩の昔のSNS見たよ。優紫が私にくれた万華鏡のペンダント、つけてたね。あのペンダントがとっくの昔に販売終了されてることに気づかないくらいアクセサリーに疎いキャラになるから。だからお願い。私のこと騙し続けて。いくらでも騙されるから。
 彩希葉先輩の投稿した「歌ってみた」とか「踊ってみた」も見なかったことにするから。優紫が私に勧めた曲が全部、彩希葉先輩の好きな曲とかカラオケの十八番だったって知らないふりするから。お願い、私を可哀想な子にしないで。

 何事もなかったふりをして優紫に会いに行った。優紫が選んでくれた服、紫の万華鏡のペンダント、優紫がくれたコスメで着飾った。ほら、私彩希葉先輩に似てるでしょ?私でいいじゃん。
「ごめん。別れて欲しい。好きな人が出来た」
「嫌だ、別れたくない」
「本当に、悪いと思ってる」
「彩希葉先輩の代わりでもいいから」
 私として愛されなくてもいい。優紫に愛されるためなら、「水彩都」なんていらない。「彩希葉」としてでいいから愛してよ。願いは虚しく、優紫の決意は固いままだった。
「戻ってきてくれるの、ずっと待ってます」
 私の言葉に返事は返ってこなかった。

 いくら可愛く着飾って、誰に好意を寄せられてもあなたに愛されなければ意味がないと言いたかった。優紫から私を奪い取ろうとする妙な男たちは私への興味を失った。賢い男たちは弄ばれた馬鹿な女に価値を見いださなかった。
 どんなにきらきらした毎日もあなたがいなければ灰色だと言いたかった。メッキの剥がれた偽物は用無し。腫れ物になんて誰も触りたくない。みんなが私を遠巻きにするようになり、きらきらした学校生活はどこか遠くに行ってしまった。
 何もくれなくてもいいから、心だけください。と言いながら、優紫のくれたブランド物のコスメをつけて優紫が選んでくれた服に身を包んでいる。だって、これしか着飾り方を知らない。
 優紫と別れて、私は全てを失った。空っぽの私のそばにいてくれたのは吹雪だけだった。吹雪がいなければ壊れていたと思う。それでも、なんとか地獄のような二年生の一年間を乗り切った。

 学年末テストが終わった頃、戯れに開いたSNSで一つの報告を目にする。優紫が写真で小さな賞を取った。当該コンクールのホームページのURLをクリックすると「青春の全て」というタイトルと優紫の名前があった。その文字列をクリックすると、賞を取った写真が表示された。
 ステージで躍る彩希葉先輩の写真だった。汗も表情も動きも、全てが輝いていた。彩希葉先輩は美しかった。この人には百万回生まれ変わったって敵わない。
 付き合って1年間、優紫とは色々なところに出かけた。サークルでも、どこでも。ポートレートは好きではないと言っていた優紫はただの一枚たりとも私の写真を撮らなかった。
「美しい瞬間が切り取りたくて写真を撮り続けています。モデルの西村さんは同級生で、昔からずっと撮らせていただいていたのですが、ようやく彼女の魅力を引き出せたと満足しています」
 優紫の受賞コメントを読んで、胃の中のものを全部吐いた。お腹が痛い。気持ちが悪い。全部嘘だった。大学時代の思い出も、楽しかった記憶も全部。嘘の上にたっていた砂上の楼閣は崩れた。こんな世界全部偽物だ。何もかも消えてしまえばいい。

 あの日、私の心は完全に壊れた。記憶喪失というものは本当に起こるらしい。私の世界が壊れた日、優紫が彩希葉先輩に告白した日以降の記憶が寝て起きたら全部消えていた。

 私の全部が崩れ去る直前に思い出したことがある。付き合っている間は直視しなかったこと。「優紫に振られた腹いせに妊娠したと嘘をついた女の子がいる」質の悪いストーカーが勝手に言ってたんじゃなくて、その子も実は元カノだったのかな。私も同じことしたら、優紫を繋ぎ止められるかな。
 辛い記憶だけ綺麗に忘れても、起きた時も確実に臓器にはダメージが残っていて、その後も何回か吐いた。熱を測ると普段より高くて、全身が痛かった。破滅的な思考のまま眠りに落ちた記憶喪失の私は、妊娠したと思い込んだ。
 体を引きずって何度も二人で行った公園で気を失って、目が覚めるとなぜか優紫の幻影が見えていて、優紫の声の幻聴を何度も聞いた。
 記憶が消えても、深層心理に私をずっと守り続けてくれた吹雪への信頼は消えなかった。吹雪にだけは、妊娠のことを伝えた。結局、ただの想像妊娠で結果として大迷惑をかける結果になってしまったけれど。