暗闇の中で、光の「僕」が再び現れた。
今度ははっきりとした姿で、まるで本物の人間のように立っている。でも足元は微かに光っていて、実体がないことが分かる。
『聞いてくれ』
光の「僕」が切実な声で言う。
『あの男の言うことは嘘だ』
体育館の生徒たちがざわめく。でも誰も動かない。まるで金縛りにあったように。
『記憶の物質化現象は確かに進化だ。でもそれは破滅への進化なんだ』
「なにを言ってるの?」
山田さんが震え声で訊く。
光の「僕」が振り向く。
『君の未来予知能力、それも進化の一部だ。でも気づいているだろう? 予知できる未来が段々と暗くなっていることに』
山田さんの顔が青ざめる。
『統合実験は失敗する』
光の「僕」が続ける。
『集合意識の創造なんて不可能だ。結果として残るのは、意識のない記憶の塊だけ』
「じゃあどうすればいいの?」
鈴木が叫ぶ。
『逃げるんだ』
光の「僕」が答える。
『でもただ逃げるだけじゃダメだ。この現象の原因を突き止めて、根本から解決しなければならない』
「原因ってなに?」
僕が声に出す。
光の「僕」が僕を見つめる。
『君ならわかるはずだ。一ヶ月前の夢を覚えているか?』
一ヶ月前の夢——僕は必死に記憶を辿る。
そして思い出した。
あの夢の中で、大人になった僕が言っていた言葉。
『君は選択しなければならない。過去を取るか、未来を取るか』
「選択?」
『そう』
光の「僕」が頷く。
『この現象は、時間に対する認識の変化から始まった。君たちの世代は、過去と未来を同時に体験できるようになった。でもその代償として、現在を失いつつある』
現在を失う——その意味が分からない。
『現在という瞬間は、過去と未来の境界線だ。その境界が曖昧になると、存在そのものが不安定になる』
「でもそれって——」
『進化の過程で起こる副作用だ』光の「僕」の表情が悲しくなる。『でも副作用が本体を殺してしまっては意味がない』
そのとき、体育館の照明が再び点いた。田所が困惑した表情で立っている。
「なにが起こっているんだ?」
田所がタブレットを操作している。
「電源系統に異常はないはずなのに——」
光の「僕」はまだそこにいた。でも田所には見えていないようだった。
『君たちにだけ見えているんだ』
光の「僕」が説明する。
『記憶が物質化した者にしか、時間の歪みは認識できない』
「時間の歪み?」
僕は小声で訊く。
『この現象の正体だ』
光の「僕」が振り返る。
『君たちの世代に起こっている変化は、時間認識の拡張なんだ。過去も未来も、すべて現在として体験できるようになった』
僕は周りを見回す。他の生徒たちも光の「僕」を見ているのが分かる。でも大人である田所だけは、何も見えていない。
『大人たちには理解できない』光の「僕」が続ける。『彼らの時間認識は線形的だから。過去→現在→未来という一方向でしか時間を捉えられない』
「でも僕たちは?」
『君たちは時間を球体として認識している。すべての時点が球体として同時に存在している』
山田さんが前に出る。
「それで私には未来が見えるの?」
『そうだ』
光の「僕」が頷く。
『君の脳は未来の記憶にアクセスできるようになった。でも——』
光の「僕」の表情が曇る。
『その代償として、現在の自分が希薄になっている』
僕は自分の記憶の欠片を見る。確かに、最近は現在を生きている実感が薄い。まるで映画を見ているような、他人事のような感覚がある。
「どうすれば元に戻れる?」
誰かが訊く。
『元には戻れない』
光の「僕」が首を振る。
『でも制御することはできる』
「制御?」
『記憶の物質化を逆転させるんだ。外に出た記憶を再び体内に取り込んで、時間認識を安定させる』
「そんなことができるの?」
鈴木が疑問を口にする。
『できる』
光の「僕」が確信を持って答える。
『でも一人では無理だ。みんなで協力しなければならない』
そのとき、田所が大声で叫んだ。
「静かにしろ! なにをぶつぶつ話している!」
生徒たちが振り返る。田所の表情は明らかに焦っていた。
「統合実験の準備を前倒しする」
田所がタブレットを操作する。
「今すぐ実施する」
「今すぐ?」
「そうだ。君たちの脳波が異常な値を示している。これ以上放置すると危険だ」
光の「僕」が警告する。
『嘘だ。彼らは君たちをコントロールできなくなることを恐れている』
田所が何かのボタンを押す。すると体育館の扉に電子ロックがかかる音がした。
「逃げられないようにしたぞ」
田所が冷笑する。
「大人しく実験に協力してもらう」
生徒たちがざわめき始める。恐怖と怒りの声が混じり合う。
でも僕は不思議と冷静だった。まるで未来の記憶を見ているような感覚で、これから起こることが分かっているような気がした。
『今だ』
光の「僕」が叫ぶ。
『みんなで記憶の欠片を集中させろ』
「集中?」
『一箇所に集めて、共鳴させるんだ』
僕は理解した。さっき教室で起こった記憶の暴走と同じことを、今度は意図的に起こすのだ。
「みんな!」
僕が大声で叫ぶ。
「記憶の欠片を床の中央に集めて!」
最初は戸惑っていた生徒たちも、僕の必死さに動かされて行動を起こす。三十人分の記憶の欠片が、体育館の中央に集められていく。
「なにをしている! やめろ!」
田所が慌てて駆け寄る。
でも遅かった。
集められた記憶の欠片たちが、突然激しく光り始めた。そして教室で見たのと同じように、一つの大きな光の塊を形成する。
でも今度は違った。
光の塊から現れたのは、一人の人影ではなく、無数の人影だった。様々な年齢の、様々な姿の人たち。そして僕は気づく——それらはすべて、僕たち生徒の未来の姿だった。
十年後の僕。二十年後の山田さん。三十年後の鈴木。
『これが君たちの本当の未来だ』
光の中から声が聞こえる。
『統合実験なんかに協力しなくても、君たちは立派に成長する』
未来の僕たちが口々に話し始める。
『記憶の物質化は制御できる』
『時間認識の拡張は人類の進化だ』
『でも急激な変化には危険が伴う』
『だからこそ、慎重に進めなければならない』
田所が後ずさりする。
「馬鹿な——未来予知なんて不可能だ」
『不可能じゃない』
未来の山田さんが答える。
『時間は線形じゃない。すべての時点は同時に存在している』
『君たち大人が理解できないだけだ』
未来の僕が続ける。
『子供たちの方が柔軟な時間認識を持っている』
そして未来の僕たちが、現在の僕たちに向かって話しかける。
『聞いてくれ』
『記憶の欠片を体内に戻すんだ』
『でも一気にやってはいけない』
『少しずつ、慎重に』
僕は理解した。記憶の物質化を逆転させる方法を。
僕は床に散らばった自分の記憶の欠片を拾い上げる。そして一つずつ、丁寧に額に当てていく。
最初に触れた欠片は、昨日の朝食の記憶だった。母が作ってくれた卵焼きの味。温かくて、優しくて、懐かしい記憶。
それが僕の中に戻ってくる。ただの映像としてではなく、生きた体験として。
次の欠片は、友人との会話の記憶。笑い声と、他愛のない話題と、青春の一コマ。
それも僕の中に戻ってくる。
一つ、また一つ。記憶が僕の中に戻ってくるたびに、現在を生きている実感が強くなっていく。
他の生徒たちも同じことを始めた。みんなが自分の記憶の欠片を額に当てて、体内に戻そうとしている。
「やめろ!」
田所が叫ぶ。
「危険だ! 脳が破綻する!」
でも僕たちは止まらない。
そして気づく。記憶が戻ってくるにつれて、未来の視点も手に入れていることに。過去の記憶と未来の可能性が、現在の僕の中で統合されていく。
これが本当の進化なのかもしれない。
大人たちが理解できない、新しい意識の形。
『その調子だ』
光の中の未来の僕が励ます。
『でも油断するな。まだ終わっていない』
「終わっていない?」
『彼らにはまだ切り札がある』
そのとき、体育館の天井から何かが降りてきた。
巨大な金属製の装置。まるでMRIのような、円筒形の機械。
「強制記憶抽出装置だ」
田所が不敵に笑う。
「君たちが協力しないなら、力づくで記憶を抜き取る」
装置から強烈な電磁波が放射される。僕たちの記憶の欠片が、装置に向かって吸い寄せられ始めた。
「みんな! 記憶を離すな!」
僕が叫ぶ。
でも電磁波は強力で、記憶の欠片を手に持っているのが困難になってくる。
『諦めるな』
光の中の未来の僕が叫ぶ。
『君たちには力がある』
「力?」
『時間を操る力だ』
時間を操る——その意味が分からない。
でもそのとき、山田さんが叫んだ。
「見えた! 未来が見えた!」
彼女の瞳が光っている。
「この装置、十分後に爆発する!」
「爆発?」
「電磁波の出力を上げすぎて、オーバーヒートする!」
田所の顔が青ざめる。
「馬鹿な——安全装置があるはずだ」
「安全装置も故障してる!」
山田さんが続ける。
「このままじゃみんな巻き込まれる!」
そのとき、僕は理解した。
これが僕たちに与えられた力なのだと。未来を見て、現在を変える力。
「田所さん!」
僕が叫ぶ。
「装置を止めてください! 爆発します!」
「嘘だ!」
田所が否定する。
「そんな予知能力なんて——」
でもそのとき、装置から異音が聞こえ始めた。明らかに異常な音。
田所が慌ててタブレットを確認する。
「まさか——内部温度が異常に上昇している」
「止めてください!」
僕が懇願する。
田所が迷う。科学者としての合理性と、子供たちの言葉を信じることの間で。
そして——
装置の電源を切った。
静寂が体育館を包む。
光の中の未来の僕たちが微笑む。
『第一段階はクリアだ』
『でもこれは始まりに過ぎない』
『本当の戦いはこれからだ』
「本当の戦い?」
『この現象の真の黒幕は、まだ姿を現していない』
僕は戦慄する。
「田所さんは単なる研究者だったということ?」
『そうだ』
未来の僕が頷く。
『彼の背後には、もっと大きな組織がある』
「どんな組織?」
『それは——』
そのとき、体育館の扉が爆破された。
煙の中から、黒いスーツを着た男たちが現れる。全員が同じ顔をしていて、まるでクローンのように見える。
「実験の続行を命じる」
男たちの一人が機械的な声で言う。
田所が震えている。
「君たちは——まさか、本部の直轄部隊?」
「そうだ」
男が答える。
「記憶統合プロジェクトは国家機密だ。失敗は許されない」
国家機密——僕たちはとんでもないことに巻き込まれていたのだ。
『逃げろ』
光の中の未来の僕が叫ぶ。
『今すぐ逃げるんだ』
でも体育館は包囲されている。
そして男たちが新しい装置を持ち込んできた。さっきのものよりもはるかに大型で、威圧的な機械。
「今度は確実に記憶を抽出する」
男が宣言する。
僕たちは絶体絶命だった。
でもそのとき——
山田さんが突然立ち上がった。
「みんな、手を繋いで」
彼女が叫ぶ。
「手を繋ぐ?」
「私に未来が見えた。みんなで手を繋げば——」
彼女の言葉を信じて、僕たちは手を繋ぐ。三十人の生徒が輪になって。
その瞬間——
世界が変わった。
今度ははっきりとした姿で、まるで本物の人間のように立っている。でも足元は微かに光っていて、実体がないことが分かる。
『聞いてくれ』
光の「僕」が切実な声で言う。
『あの男の言うことは嘘だ』
体育館の生徒たちがざわめく。でも誰も動かない。まるで金縛りにあったように。
『記憶の物質化現象は確かに進化だ。でもそれは破滅への進化なんだ』
「なにを言ってるの?」
山田さんが震え声で訊く。
光の「僕」が振り向く。
『君の未来予知能力、それも進化の一部だ。でも気づいているだろう? 予知できる未来が段々と暗くなっていることに』
山田さんの顔が青ざめる。
『統合実験は失敗する』
光の「僕」が続ける。
『集合意識の創造なんて不可能だ。結果として残るのは、意識のない記憶の塊だけ』
「じゃあどうすればいいの?」
鈴木が叫ぶ。
『逃げるんだ』
光の「僕」が答える。
『でもただ逃げるだけじゃダメだ。この現象の原因を突き止めて、根本から解決しなければならない』
「原因ってなに?」
僕が声に出す。
光の「僕」が僕を見つめる。
『君ならわかるはずだ。一ヶ月前の夢を覚えているか?』
一ヶ月前の夢——僕は必死に記憶を辿る。
そして思い出した。
あの夢の中で、大人になった僕が言っていた言葉。
『君は選択しなければならない。過去を取るか、未来を取るか』
「選択?」
『そう』
光の「僕」が頷く。
『この現象は、時間に対する認識の変化から始まった。君たちの世代は、過去と未来を同時に体験できるようになった。でもその代償として、現在を失いつつある』
現在を失う——その意味が分からない。
『現在という瞬間は、過去と未来の境界線だ。その境界が曖昧になると、存在そのものが不安定になる』
「でもそれって——」
『進化の過程で起こる副作用だ』光の「僕」の表情が悲しくなる。『でも副作用が本体を殺してしまっては意味がない』
そのとき、体育館の照明が再び点いた。田所が困惑した表情で立っている。
「なにが起こっているんだ?」
田所がタブレットを操作している。
「電源系統に異常はないはずなのに——」
光の「僕」はまだそこにいた。でも田所には見えていないようだった。
『君たちにだけ見えているんだ』
光の「僕」が説明する。
『記憶が物質化した者にしか、時間の歪みは認識できない』
「時間の歪み?」
僕は小声で訊く。
『この現象の正体だ』
光の「僕」が振り返る。
『君たちの世代に起こっている変化は、時間認識の拡張なんだ。過去も未来も、すべて現在として体験できるようになった』
僕は周りを見回す。他の生徒たちも光の「僕」を見ているのが分かる。でも大人である田所だけは、何も見えていない。
『大人たちには理解できない』光の「僕」が続ける。『彼らの時間認識は線形的だから。過去→現在→未来という一方向でしか時間を捉えられない』
「でも僕たちは?」
『君たちは時間を球体として認識している。すべての時点が球体として同時に存在している』
山田さんが前に出る。
「それで私には未来が見えるの?」
『そうだ』
光の「僕」が頷く。
『君の脳は未来の記憶にアクセスできるようになった。でも——』
光の「僕」の表情が曇る。
『その代償として、現在の自分が希薄になっている』
僕は自分の記憶の欠片を見る。確かに、最近は現在を生きている実感が薄い。まるで映画を見ているような、他人事のような感覚がある。
「どうすれば元に戻れる?」
誰かが訊く。
『元には戻れない』
光の「僕」が首を振る。
『でも制御することはできる』
「制御?」
『記憶の物質化を逆転させるんだ。外に出た記憶を再び体内に取り込んで、時間認識を安定させる』
「そんなことができるの?」
鈴木が疑問を口にする。
『できる』
光の「僕」が確信を持って答える。
『でも一人では無理だ。みんなで協力しなければならない』
そのとき、田所が大声で叫んだ。
「静かにしろ! なにをぶつぶつ話している!」
生徒たちが振り返る。田所の表情は明らかに焦っていた。
「統合実験の準備を前倒しする」
田所がタブレットを操作する。
「今すぐ実施する」
「今すぐ?」
「そうだ。君たちの脳波が異常な値を示している。これ以上放置すると危険だ」
光の「僕」が警告する。
『嘘だ。彼らは君たちをコントロールできなくなることを恐れている』
田所が何かのボタンを押す。すると体育館の扉に電子ロックがかかる音がした。
「逃げられないようにしたぞ」
田所が冷笑する。
「大人しく実験に協力してもらう」
生徒たちがざわめき始める。恐怖と怒りの声が混じり合う。
でも僕は不思議と冷静だった。まるで未来の記憶を見ているような感覚で、これから起こることが分かっているような気がした。
『今だ』
光の「僕」が叫ぶ。
『みんなで記憶の欠片を集中させろ』
「集中?」
『一箇所に集めて、共鳴させるんだ』
僕は理解した。さっき教室で起こった記憶の暴走と同じことを、今度は意図的に起こすのだ。
「みんな!」
僕が大声で叫ぶ。
「記憶の欠片を床の中央に集めて!」
最初は戸惑っていた生徒たちも、僕の必死さに動かされて行動を起こす。三十人分の記憶の欠片が、体育館の中央に集められていく。
「なにをしている! やめろ!」
田所が慌てて駆け寄る。
でも遅かった。
集められた記憶の欠片たちが、突然激しく光り始めた。そして教室で見たのと同じように、一つの大きな光の塊を形成する。
でも今度は違った。
光の塊から現れたのは、一人の人影ではなく、無数の人影だった。様々な年齢の、様々な姿の人たち。そして僕は気づく——それらはすべて、僕たち生徒の未来の姿だった。
十年後の僕。二十年後の山田さん。三十年後の鈴木。
『これが君たちの本当の未来だ』
光の中から声が聞こえる。
『統合実験なんかに協力しなくても、君たちは立派に成長する』
未来の僕たちが口々に話し始める。
『記憶の物質化は制御できる』
『時間認識の拡張は人類の進化だ』
『でも急激な変化には危険が伴う』
『だからこそ、慎重に進めなければならない』
田所が後ずさりする。
「馬鹿な——未来予知なんて不可能だ」
『不可能じゃない』
未来の山田さんが答える。
『時間は線形じゃない。すべての時点は同時に存在している』
『君たち大人が理解できないだけだ』
未来の僕が続ける。
『子供たちの方が柔軟な時間認識を持っている』
そして未来の僕たちが、現在の僕たちに向かって話しかける。
『聞いてくれ』
『記憶の欠片を体内に戻すんだ』
『でも一気にやってはいけない』
『少しずつ、慎重に』
僕は理解した。記憶の物質化を逆転させる方法を。
僕は床に散らばった自分の記憶の欠片を拾い上げる。そして一つずつ、丁寧に額に当てていく。
最初に触れた欠片は、昨日の朝食の記憶だった。母が作ってくれた卵焼きの味。温かくて、優しくて、懐かしい記憶。
それが僕の中に戻ってくる。ただの映像としてではなく、生きた体験として。
次の欠片は、友人との会話の記憶。笑い声と、他愛のない話題と、青春の一コマ。
それも僕の中に戻ってくる。
一つ、また一つ。記憶が僕の中に戻ってくるたびに、現在を生きている実感が強くなっていく。
他の生徒たちも同じことを始めた。みんなが自分の記憶の欠片を額に当てて、体内に戻そうとしている。
「やめろ!」
田所が叫ぶ。
「危険だ! 脳が破綻する!」
でも僕たちは止まらない。
そして気づく。記憶が戻ってくるにつれて、未来の視点も手に入れていることに。過去の記憶と未来の可能性が、現在の僕の中で統合されていく。
これが本当の進化なのかもしれない。
大人たちが理解できない、新しい意識の形。
『その調子だ』
光の中の未来の僕が励ます。
『でも油断するな。まだ終わっていない』
「終わっていない?」
『彼らにはまだ切り札がある』
そのとき、体育館の天井から何かが降りてきた。
巨大な金属製の装置。まるでMRIのような、円筒形の機械。
「強制記憶抽出装置だ」
田所が不敵に笑う。
「君たちが協力しないなら、力づくで記憶を抜き取る」
装置から強烈な電磁波が放射される。僕たちの記憶の欠片が、装置に向かって吸い寄せられ始めた。
「みんな! 記憶を離すな!」
僕が叫ぶ。
でも電磁波は強力で、記憶の欠片を手に持っているのが困難になってくる。
『諦めるな』
光の中の未来の僕が叫ぶ。
『君たちには力がある』
「力?」
『時間を操る力だ』
時間を操る——その意味が分からない。
でもそのとき、山田さんが叫んだ。
「見えた! 未来が見えた!」
彼女の瞳が光っている。
「この装置、十分後に爆発する!」
「爆発?」
「電磁波の出力を上げすぎて、オーバーヒートする!」
田所の顔が青ざめる。
「馬鹿な——安全装置があるはずだ」
「安全装置も故障してる!」
山田さんが続ける。
「このままじゃみんな巻き込まれる!」
そのとき、僕は理解した。
これが僕たちに与えられた力なのだと。未来を見て、現在を変える力。
「田所さん!」
僕が叫ぶ。
「装置を止めてください! 爆発します!」
「嘘だ!」
田所が否定する。
「そんな予知能力なんて——」
でもそのとき、装置から異音が聞こえ始めた。明らかに異常な音。
田所が慌ててタブレットを確認する。
「まさか——内部温度が異常に上昇している」
「止めてください!」
僕が懇願する。
田所が迷う。科学者としての合理性と、子供たちの言葉を信じることの間で。
そして——
装置の電源を切った。
静寂が体育館を包む。
光の中の未来の僕たちが微笑む。
『第一段階はクリアだ』
『でもこれは始まりに過ぎない』
『本当の戦いはこれからだ』
「本当の戦い?」
『この現象の真の黒幕は、まだ姿を現していない』
僕は戦慄する。
「田所さんは単なる研究者だったということ?」
『そうだ』
未来の僕が頷く。
『彼の背後には、もっと大きな組織がある』
「どんな組織?」
『それは——』
そのとき、体育館の扉が爆破された。
煙の中から、黒いスーツを着た男たちが現れる。全員が同じ顔をしていて、まるでクローンのように見える。
「実験の続行を命じる」
男たちの一人が機械的な声で言う。
田所が震えている。
「君たちは——まさか、本部の直轄部隊?」
「そうだ」
男が答える。
「記憶統合プロジェクトは国家機密だ。失敗は許されない」
国家機密——僕たちはとんでもないことに巻き込まれていたのだ。
『逃げろ』
光の中の未来の僕が叫ぶ。
『今すぐ逃げるんだ』
でも体育館は包囲されている。
そして男たちが新しい装置を持ち込んできた。さっきのものよりもはるかに大型で、威圧的な機械。
「今度は確実に記憶を抽出する」
男が宣言する。
僕たちは絶体絶命だった。
でもそのとき——
山田さんが突然立ち上がった。
「みんな、手を繋いで」
彼女が叫ぶ。
「手を繋ぐ?」
「私に未来が見えた。みんなで手を繋げば——」
彼女の言葉を信じて、僕たちは手を繋ぐ。三十人の生徒が輪になって。
その瞬間——
世界が変わった。



