山田美咲を見つけたのは、校舎の屋上だった。
夏の陽射しが容赦なく照りつける中、彼女は手すりにもたれて空を見上げていた。風が頬を撫でて、短い髪をそっと持ち上げる。
「山田さん」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。その瞬間、僕は息を呑んだ。彼女の瞳の奥に、小さな光の粒が浮かんでいるのが見えたからだ。
「あ、田中君」
彼女は微笑む。でもその笑顔は、どこか悲しげだった。
「来てくれたんだね」
「昨日のこと、覚えてる?」
僕は単刀直入に訊いた。
「覚えてる」
彼女は頷く。
「でも君は覚えてないんでしょう?」
僕は黙って記憶の欠片を取り出す。ガラス玉の中で、昨日の放課後の映像がゆらゆらと揺れている。
「これしか残ってないんだ」
山田さんはその欠片を見つめて、小さくため息をつく。
「そっか。やっぱり記憶になっちゃったんだ」
「記憶になっちゃった?」
「私も最近、症状が出始めたの」
彼女はポケットから小さなガラス玉を取り出す。
「でも君とは少し違うみたい」
彼女の記憶の欠片は、僕のものとは明らかに異なっていた。表面に細かい模様が刻まれていて、光に当てると虹色に輝く。
「触ってみて」
言われるままに指先で触れると、突然映像が流れ込んできた。でもそれは過去の記憶ではなく——
『明日の放課後、屋上で待ってる』
未来の記憶だった。
僕は慌てて手を引く。
「これって——」
「未来予知」
山田さんが小さく笑う。
「正確には、起こる可能性の高い未来の記憶。私の症状はそういうタイプなの」
僕は混乱した。記憶の断片化現象には、複数のパターンがあるということなのか。
「昨日、君に渡した手紙」
山田さんが続ける。
「あれは告白じゃない。もっと重要なことだった」
「重要なこと?」
彼女は空を見上げる。雲がゆっくりと流れていく。
「この症状について調べてたら、怖いことがわかったの」
風が強くなる。屋上の扉がカタカタと音を立てる。
「私たちの記憶が物質化する理由。それから、なぜ十代にしか症状が現れないのか。全部繋がってるの」
僕は彼女の言葉を待つ。
「田中君」
山田さんが振り返る。
「この町で起こってること、ただの病気じゃない。もっと大きななにかの一部なの」
そのとき、屋上の扉が勢いよく開かれた。現れたのは佐々木だった。彼の表情は普段の飄々とした様子とは全く違っていて、明らかに焦っている。
「田中、すぐに来い」
彼が息を切らして言う。
「大変なことになった」
「なにが?」
「記憶の欠片が——」
佐々木は一瞬言葉に詰まる。
「暴走してる」
僕と山田さんは顔を見合わせる。
「暴走ってなに?」
山田さんが訊く。
「見ればわかる」
佐々木が踵を返す。
「急げ」
僕たちは佐々木の後を追って屋上を駆け出した。階段を駆け下りながら、僕は山田さんの横顔を見る。彼女の瞳の中の光の粒が、さっきより大きくなっているような気がした。
そして彼女が言った言葉が頭の中で響く。
『この町で起こってること、ただの病気じゃない』
一体何が始まろうとしているのか。僕たちの記憶に、何が起こっているのか。
答えは校舎の一階で待っていた。
廊下の向こうから、異様な光が漏れ出している。まるで無数の星が爆発しているかのような、眩しくて美しい光。
「あれが——」
山田さんの声が震える。
「記憶の欠片の暴走」
佐々木が呟く。
僕たちは恐る恐る光の方向へ歩いて行く。
そして見た。
教室の中で、数百個の記憶の欠片が宙に浮かんで、まるで生きているかのように踊り狂っているのを。
それは美しくて、恐ろしくて、そして—―どこか懐かしい光景だった。
夏の陽射しが容赦なく照りつける中、彼女は手すりにもたれて空を見上げていた。風が頬を撫でて、短い髪をそっと持ち上げる。
「山田さん」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。その瞬間、僕は息を呑んだ。彼女の瞳の奥に、小さな光の粒が浮かんでいるのが見えたからだ。
「あ、田中君」
彼女は微笑む。でもその笑顔は、どこか悲しげだった。
「来てくれたんだね」
「昨日のこと、覚えてる?」
僕は単刀直入に訊いた。
「覚えてる」
彼女は頷く。
「でも君は覚えてないんでしょう?」
僕は黙って記憶の欠片を取り出す。ガラス玉の中で、昨日の放課後の映像がゆらゆらと揺れている。
「これしか残ってないんだ」
山田さんはその欠片を見つめて、小さくため息をつく。
「そっか。やっぱり記憶になっちゃったんだ」
「記憶になっちゃった?」
「私も最近、症状が出始めたの」
彼女はポケットから小さなガラス玉を取り出す。
「でも君とは少し違うみたい」
彼女の記憶の欠片は、僕のものとは明らかに異なっていた。表面に細かい模様が刻まれていて、光に当てると虹色に輝く。
「触ってみて」
言われるままに指先で触れると、突然映像が流れ込んできた。でもそれは過去の記憶ではなく——
『明日の放課後、屋上で待ってる』
未来の記憶だった。
僕は慌てて手を引く。
「これって——」
「未来予知」
山田さんが小さく笑う。
「正確には、起こる可能性の高い未来の記憶。私の症状はそういうタイプなの」
僕は混乱した。記憶の断片化現象には、複数のパターンがあるということなのか。
「昨日、君に渡した手紙」
山田さんが続ける。
「あれは告白じゃない。もっと重要なことだった」
「重要なこと?」
彼女は空を見上げる。雲がゆっくりと流れていく。
「この症状について調べてたら、怖いことがわかったの」
風が強くなる。屋上の扉がカタカタと音を立てる。
「私たちの記憶が物質化する理由。それから、なぜ十代にしか症状が現れないのか。全部繋がってるの」
僕は彼女の言葉を待つ。
「田中君」
山田さんが振り返る。
「この町で起こってること、ただの病気じゃない。もっと大きななにかの一部なの」
そのとき、屋上の扉が勢いよく開かれた。現れたのは佐々木だった。彼の表情は普段の飄々とした様子とは全く違っていて、明らかに焦っている。
「田中、すぐに来い」
彼が息を切らして言う。
「大変なことになった」
「なにが?」
「記憶の欠片が——」
佐々木は一瞬言葉に詰まる。
「暴走してる」
僕と山田さんは顔を見合わせる。
「暴走ってなに?」
山田さんが訊く。
「見ればわかる」
佐々木が踵を返す。
「急げ」
僕たちは佐々木の後を追って屋上を駆け出した。階段を駆け下りながら、僕は山田さんの横顔を見る。彼女の瞳の中の光の粒が、さっきより大きくなっているような気がした。
そして彼女が言った言葉が頭の中で響く。
『この町で起こってること、ただの病気じゃない』
一体何が始まろうとしているのか。僕たちの記憶に、何が起こっているのか。
答えは校舎の一階で待っていた。
廊下の向こうから、異様な光が漏れ出している。まるで無数の星が爆発しているかのような、眩しくて美しい光。
「あれが——」
山田さんの声が震える。
「記憶の欠片の暴走」
佐々木が呟く。
僕たちは恐る恐る光の方向へ歩いて行く。
そして見た。
教室の中で、数百個の記憶の欠片が宙に浮かんで、まるで生きているかのように踊り狂っているのを。
それは美しくて、恐ろしくて、そして—―どこか懐かしい光景だった。



