昼休みのチャイムが鳴った直後、音楽科棟に小さなどよめきが広がった。

 「え、新入生? この時期に転校って珍しくない?」

 「しかも留学帰りらしいよ。ピアノ専攻の天才って噂!」

 そんな囁きを聞きながら、日向心音は購買帰りのパンを手に、階段を上がっていた。

 (新入生……天才……?)

 気にしないふりをしながらも、胸の奥がそわそわする。
 ステージを終えて、やっと4人での関係が少しだけ落ち着いてきたと思った矢先のことだった。

 「日向さん」

 後ろから呼び止められて、振り向くと──

 「神谷くん……」

 神谷奏多が、珍しく廊下に立っていた。
 少し迷ったような表情で、ぽつりと口を開いた。

 「……放課後、音楽室、来れる?」

 「うん。……なにか、あるの?」

 奏多は少しだけ間を置き、

 「“新しいアンサンブル”、組まされそうなんだ」

 そう告げた。

 

 放課後の音楽室。
 すでに澄香と陸も集まっていた。全員が、少し落ち着かない顔をしている。

 「春の音楽祭の候補曲、これになったって」

 澄香が配ったのは、ピアノ五重奏の楽譜だった。

 ──ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、そしてもうひとつのパート。

 その名前を、心音は見つけた瞬間、息を飲んだ。

 Oboe(オーボエ)/朝比奈美月(あさひなみづき)

 「朝比奈……美月?」

 「さっき転校してきた子。明日からうちのアンサンブルに加わるんだってさ」

 澄香が苦笑するように言った。

 「いきなり五重奏。やっとバランスとれてきたと思ったのにね」

 心音は手の中の楽譜を見つめた。

 (また“変わる”んだ、私たち……)

 戸惑いの中で、扉がそっと開いた。

 「失礼します。朝比奈美月です。今日からよろしくお願いします」

 その声は、澄んだ湖面のように静かで、けれどどこか張り詰めていた。

 ドアの前に立っていたのは、長い黒髪に端正な顔立ちをした少女。
 年齢よりも大人びた印象で、その立ち姿に、周囲の空気が一瞬止まった。

 「……朝比奈、美月……?」

 神谷奏多が、思わず小さくつぶやいた。

 その瞬間──彼女の瞳が、彼に向けられた。

 そして、ほんのわずか、微笑んだ。

 (え……知り合い?)

 心音の中で、説明のつかないざわめきが膨らんでいく。

 彼女の登場によって、五人の旋律は、再び複雑に絡み合い始めていた。