文化祭の午後、講堂は静かな熱気に包まれていた。

 舞台袖で、心音たちは円になって手を重ねた。
 六人の呼吸が、ひとつになる。

「──行こう」

 奏多の声が合図だった。

 拍手に包まれながら、彼らは舞台へと歩き出す。
 ステージの中央、譜面台も立てず、ただ音楽と向き合う準備を整えた。




 一音目が、静かに放たれる。
 心音のヴァイオリンが風のように吹き抜けると、それに応えるように美月のオーボエがやわらかく重なった。

 綾乃のセカンドヴァイオリンは、二人をそっと繋ぐように。
 そして澄香のフルートが、空気を澄ませるように高らかに響いた。

 陸のチェロが、地を踏みしめるように低音を支えると──
 奏多のピアノが、すべてを包み込むように流れ出す。

 六人の音が、ひとつになる。




 客席の空気が変わったのは、中盤のソロパートだった。

 心音のヴァイオリンは、どこまでもまっすぐに。
 その旋律には、いつかの涙も、戸惑いも、ぜんぶ含まれていた。

 続く美月のオーボエは、切なくも温かい。
 叶わなかった恋も、それでも「大切なもの」だと信じる強さがあった。

 澄香のフルートは、やわらかく、でも確信に満ちていた。
 もう、誰かと比べない。自分だけの音を、信じていた。

 陸のチェロは、綾乃に向けられていた。
 言葉にできなかった想いが、音になって真っ直ぐ届く。

 綾乃のヴァイオリンが、そっと応えるように震えた瞬間──
 彼女の視線は、奏多ではなく、初めて陸を真っ直ぐに捉えていた。

 最後は、奏多のピアノ。

 旋律に乗せられた言葉は、心音への想い。
 伝えきれなかった気持ちも、すべて音にして──
 彼の奏でる音は、まるで優しい告白だった。




 ラストの和音。
 その音が空間に広がり、消えていくまでの数秒──
 誰もが息を止めた。

 音が完全に消えた瞬間、会場からは嵐のような拍手が起こった。




 舞台袖に戻ると、誰かがぽつりと呟いた。

「……終わっちゃったね」

 でも、心音は首を振った。

「違うよ。やっと、始まったんだと思う。──私たちの音が」

 美月が笑い、澄香が静かに頷く。
 綾乃は、隣で照れくさそうな陸の袖をちょんと引っ張った。
 そして──奏多が、ゆっくりと心音に近づいた。

「……この音が、終わらないうちに」

 彼は、小さく囁いた。

「──君の隣に、いてもいい?」

 心音は驚いたように目を見開き、少しの沈黙のあと──笑った。

「うん。ずっと、いて」




 不協和音だった私たちは、少しずつ、ハーモニーになっていく。
 完璧じゃなくていい。
 すれ違ったり、ぶつかったりしながらでも。
 その音に“想い”がある限り、きっと、どこまでも響いていける。

 ──これは、六人が奏でた、一度きりのアンサンブル。
 でも、その余韻は、まだ心の中で鳴り続けている。