文化祭本番が、目前に迫っていた。

 六人はいつもの音楽室に集まり、通し練習を繰り返していた。けれど、音はどこか“噛み合わない”。

「ごめん、私、今のとこ間違えた」

 心音が苦笑いを浮かべると、美月がそれをかぶせるように言った。

「違う。心音のせいじゃないよ。たぶん……私も、焦ってるのかも」

 室内に、沈黙が流れた。

 譜面には正しい音が並んでいる。
 でも、そのどれもが「響かない」。

「不協和音……って、こういうこと?」

 ぽつりと澄香が言った言葉に、誰も否定できなかった。




「ねえ、私たち……どうして、今、合わないのかな」

 綾乃が静かに問いかけた。

 陸は、膝の上で弓を持ったまま、しばらく黙っていた。そして口を開く。

「……それぞれが、ひとりで演奏してる気がするんだ」

「どういう意味?」と心音が問う。

「自分の音を、誰かに届けることばかり考えて……誰かの音を“聴く”こと、忘れてたかもしれない」

 その言葉に、美月が目を伏せた。

「……私、ずっと心音のこと、意識してた。奏多の隣にいるのが、羨ましかった」

「私もだよ」と心音がぽつりと返す。

「美月の音、澄香の音……全部が、まぶしくて。自分がここにいていいのか、わかんなくなる時があった」

 それを聞いた澄香も、小さく笑った。

「私も、ずっと……皆が、怖かった。私の音なんか、誰も必要としてないんじゃないかって」

 重なる“言えなかった気持ち”。
 でも今、すべての音が「本当の声」になっていた。




「じゃあ、さ──次の一回、本番だと思って弾いてみよう」

 奏多が立ち上がり、譜面を閉じて言った。

「譜面にある音じゃなくて、“誰に何を届けたいか”を、音にしよう。ルールも正解もいらない。6人の、今だけのハーモニーをさ」

 それは、彼にしては珍しい、感情のこもった言葉だった。




 誰もが小さく頷き、楽器を構える。

 音楽室に再び響く、最初の旋律。
 でも今までと違うのは、それが「名前のない思い」から始まっているということ。

 ひとりのための音ではなく、誰かと“分かち合う”音。

 不協和音は、やがて時間をかけて調和へと変わっていく。

 重なり、溶け合い、混ざり合う六つの音。
 まるで誰かの気持ちが、そっと背中を押してくれるような旋律。

 涙が、こぼれた。
 けれどそれは、悲しみではなかった。




 最後の一音が静かに消えたとき──
 全員が、黙ったまま、微笑み合っていた。

 言葉はいらない。
 あの瞬間、あの音こそが、六人だけの“答え”だった。