放課後の音楽室には、ひとりずつの旋律が響いていた。

 曲の中盤には、各自が“自分らしさ”を表現するソロパートが用意された。
 それぞれの音に、言葉にできない想いを込めるため──彼らは今、ひとりきりで音と向き合っていた。




 石井澄香。
 フルートのソロは、静寂の中に咲く花のような旋律だった。
 音を出すたび、胸の奥に浮かぶのは過去の自分。

(私は、いつも正しさばかりを求めていた。けれど──)

 心音や美月の自由な音を聴くたびに、心が揺れた。
 嫉妬だった。でも今は、それが「憧れ」に変わっている。

(音楽は、比べるものじゃない。届けたいものがあれば、それでいい)

 そう思えたとき、澄香の音には、確かに“彼女自身”が宿っていた。



 朝比奈美月。
 オーボエの音色は、どこか切なく、だけど力強かった。
 心音と奏多の距離が近づいていくのを感じるたび、胸が痛んだ。

(……私も、同じ人を見てたんだって、気づいたの。あの日、隣で笑ってた彼に)

 けれど、彼女はその痛みすら音に変えていく。

(想いは、伝えなければ残らない。音楽でしか言えないなら、私は音にする)

 恋と友情、その狭間に揺れる彼女のソロは、誰よりも「まっすぐ」だった。




 佐伯陸。
 チェロを弾く彼の背中は、ひときわ大きく見えた。
 彼にとって音楽は、いつも「黙っていても届くもの」だった。

(綾乃がいると、音がやわらかくなる。あの子が隣にいると、弓が自然に走る)

 でも、綾乃が奏多に時折向ける視線に、言い知れない不安が滲む。

(言葉にしなきゃ、届かないのかな……)

 低く響く彼のチェロが、まるで問いかけるように音楽室に広がった。




 三島綾乃。
 第二ヴァイオリンの旋律は、表に出にくい。でも彼女は、どんなときも音の「つなぎ手」だった。

(私の音は、主役じゃない。でも、誰かと誰かを繋ぐ役目がある)

 心音と奏多。
 美月と澄香。
 陸と自分。

 全員が、少しずつ違う方向を見ながらも、音楽でひとつになろうとしている。

(もしもこの曲が、私たちを繋ぎとめる糸だとしたら──切らせない)

 彼女の音が、小さな火のように、全員の心をあたためていた。



 6人それぞれのソロが、音としてだけでなく、想いとして紡がれていく。
 やがてその旋律たちは、ひとつの「和音」へと向かい始める。