昼休み、音楽室の窓から斜めに差し込む光が、譜面台の上を照らしていた。

 六人は輪になり、文化祭の自作曲に取り組んでいた。
 主旋律を誰が奏でるか、どこにハーモニーを加えるか──音の中に自分たちの感情を宿す作業は、簡単ではなかった。

「ねえ、この旋律、心音が出したやつだよね」

 澄香が優しく尋ねると、心音は静かに頷いた。

「最初の部分……“そっと歩み寄る気持ち”を音にしたくて」

「繊細だね。私じゃ絶対書けない」

 そう言いながら、澄香はその音をそっとフルートで吹いてみた。

 ──すう、と息を吸い、澄んだ音が部屋に響く。

 その一瞬、誰もが言葉を失った。
 音は確かに心音の旋律だった。けれど、澄香が吹いたことで、その音には「迷いを越えた優しさ」が乗っていた。

 (これが、澄香の音……)

 心音は胸の奥で、少しだけ羨ましさと、ほんのわずかな憧れを感じていた。




 放課後、パートごとの合わせ練習。

 美月と澄香は別室で木管合わせ。
 陸と綾乃は弦のリズムを調整する。
 そして、心音と奏多はメインの旋律と伴奏の重ね方を探っていた。

「ちょっとこのタイミング、ずれてるかも」

 心音が譜面を見ながら言うと、奏多は少しだけ困った顔をした。

「……それ、俺のテンポ、速すぎ?」

「ううん。むしろ……私のほうが、奏多に合わせすぎてるのかも」

 「合わせすぎてる」──その言葉に、奏多の指がふっと止まった。

「心音、もしかして……無理、してる?」

 「え?」

「さっきの合わせのときも思った。いつもの君なら、もっと強く引っ張るはずだって」

 奏多の言葉に、心音は小さく笑った。

「……私、奏多くんに“合わせたい”って、思ってるのかも」

 不意に、空気が変わった。
 風もなく、時間さえ止まったかのような静寂。

「……それって」

 「恋とか、そういうのかは……まだわかんない。でも、たぶんね──奏多くんの音と、一緒にいたいって思うの」

 その言葉に、奏多は息をのんだ。
 そして、ゆっくりとピアノの鍵盤に手を置いた。

 「……じゃあ、俺もちゃんと、心音に合わせる」

 再び音が響く。

 今度は、どこまでもやさしく、けれど真っすぐに。
 音と音が重なるたび、ふたりの心の距離も、少しずつ近づいていくのだった。