秋が深まり、文化祭の準備が本格化してきた。

 学園中がざわついた雰囲気のなか、音楽室では、再び集まった六人が音を重ねていた。
 心音、綾乃、美月、澄香、陸、そして奏多──。
 それぞれの音が、少しずつ調和を取り戻していた。

「……いまのとこ、悪くないよね」

 演奏を終え、美月が肩を回しながら言う。

「でもまだ、何かが足りない」

 そう呟いたのは、心音だった。音は合っている。でも、それだけじゃ届かない気がする。

「それ、わかるかも」
と綾乃が小さく頷く。

 「“正しい”だけじゃ、空気を震わせられないよね」

 彼女のその言葉に、澄香は小さく目を伏せた。

 そこへ、陸がぽつりと呟く。

「じゃあ、さ。文化祭の演奏……自分たちで曲、作らない?」

 一同が一斉に顔を上げた。

「自作曲!? 無謀じゃない……?」
美月が目を丸くする。

「でも、面白そう」
と奏多が口元を緩めた。
「既存の曲じゃ、俺たち六人の“今”は、表現できない気がするんだよ」

 その提案に、心音の胸が騒いだ。

 (このメンバーで作る、私たちの音……)

 「やろう」
と心音が口を開いた。
「きっと、誰かに伝わる音になると思う」

 「決まりだね」
澄香が笑った。先週までの彼女にはなかった、柔らかい微笑だった。




 数日後。
 昼休みの中庭。

 心音は、譜面ノートを抱えてひとり考え事をしていた。
 そこへ、奏多が声をかけてきた。

「なに考えてるの?」

「旋律。始まりの部分の……“君の隣にいたい”って、気持ちを音でどう表せばいいのかって」

 その言葉に、奏多はしばし沈黙し、そしてゆっくり言った。

「じゃあさ。俺、隣に座ってみていい?」

 え? と戸惑う心音の隣に、彼は自然な動作で腰を下ろす。

「君の隣にいたいって、音で伝えるなら……まず、本当に隣にいるとこから、始めようかなって」

 ──心臓が、跳ねた。

 ふと見れば、風に揺れるページの上に、彼女がさっきまで悩んでいた旋律が描かれている。

 それは、まるで恋の予感のように、優しく、静かに始まっていた。