アンサンブル選抜のメンバー候補として名前が挙がったのは、心音(ヴァイオリン)、陸(チェロ)、美月(オーボエ)、澄香(フルート)──そしてピアノの伴奏には、やはり奏多の名があった。
五重奏。
それは、かつて“響き合わなかった”者たちが、ふたたび同じ音楽を奏でようとするということ。
誰もが、それぞれの思いを胸に秘めたまま、初回の顔合わせの日を迎えた。
練習室。
ピアノの鍵盤を静かに叩く奏多の隣で、心音は譜面に目を落としたまま、弓を構える。
その向かいに陸が座り、チェロを優しく抱え込んでいる。
澄香は、壁際でフルートのリードを軽く確認し、美月は淡く微笑みながら自分のオーボエを丁寧に調整していた。
空気は、静かで、張りつめていた。
音楽が始まる前の、沈黙の緊張感。
「じゃあ──合わせてみようか」
奏多の言葉を皮切りに、五人の音が、重なり始めた。
♪♪♪♪♪
けれど、その響きはどこかぎこちなく、馴染まない。
心音のヴァイオリンは、柔らかいけれど不安定だった。
陸のチェロは包み込むように支えているが、心音との“距離”を埋めきれない。
澄香のフルートは美しいが、どこか“試すような”音を奏でていた。
美月のオーボエだけが、皆の間を優しく繋ごうとしていた。
……不協和音。
それは音の問題ではなく、心のバランスの問題だった。
「……ストップ」
奏多が静かに演奏を止める。
「このままじゃ、音が“重なってる”だけだよ。響いてない」
「……ごめんなさい」
心音がうつむきながら言った瞬間、澄香がすっと言葉を投げる。
「責任を感じるのは大事。でも、音はひとりのせいじゃない。むしろ──私は、あなたの“迷い”が音に出てると思う」
その言葉に、心音は顔を上げた。
「迷い……?」
「あなたは誰に向かって弾いてるの? 奏多? それとも、自分の理想? それが決まってない音って、すぐにわかるのよ」
澄香の言葉は、冷たくない。でも、痛かった。
練習が終わったあと、心音は校舎裏のベンチに座っていた。
少し遅れて、陸が隣に腰を下ろす。
「……今日のこと、気にしすぎないで」
「でも、私……」
「澄香先輩の言葉は、たぶん、心音の“変化”に気づいてるからこそだと思う。
前の心音だったら、あんなふうに弾けなかった。
今の君の音は──誰かを想ってる音だよ。だから、揺れるんだ」
心音は驚いて、陸の横顔を見つめる。
陸は視線を外したまま、言葉を続けた。
「……僕、君と組めてうれしい。澄香先輩がどうとか、奏多先輩がどうとか、そういうのじゃなくて。
僕は、君の“これから”の音を、隣で聴きたいんだ」
心音の胸の奥が、静かに熱くなった。
陸のチェロの音のように、低く、やさしく、温かい想いだった。
帰り道。
夜風に揺れる街灯の下、心音はようやく自分の中にあった“沈黙”がほぐれていくのを感じていた。
まだ不協和音かもしれない。
でも、それは響こうとする意思があるから。
そして──誰かの音に寄り添いたいと願っているから。
小さな歩幅で、心音は前に進み始めていた。
五重奏。
それは、かつて“響き合わなかった”者たちが、ふたたび同じ音楽を奏でようとするということ。
誰もが、それぞれの思いを胸に秘めたまま、初回の顔合わせの日を迎えた。
練習室。
ピアノの鍵盤を静かに叩く奏多の隣で、心音は譜面に目を落としたまま、弓を構える。
その向かいに陸が座り、チェロを優しく抱え込んでいる。
澄香は、壁際でフルートのリードを軽く確認し、美月は淡く微笑みながら自分のオーボエを丁寧に調整していた。
空気は、静かで、張りつめていた。
音楽が始まる前の、沈黙の緊張感。
「じゃあ──合わせてみようか」
奏多の言葉を皮切りに、五人の音が、重なり始めた。
♪♪♪♪♪
けれど、その響きはどこかぎこちなく、馴染まない。
心音のヴァイオリンは、柔らかいけれど不安定だった。
陸のチェロは包み込むように支えているが、心音との“距離”を埋めきれない。
澄香のフルートは美しいが、どこか“試すような”音を奏でていた。
美月のオーボエだけが、皆の間を優しく繋ごうとしていた。
……不協和音。
それは音の問題ではなく、心のバランスの問題だった。
「……ストップ」
奏多が静かに演奏を止める。
「このままじゃ、音が“重なってる”だけだよ。響いてない」
「……ごめんなさい」
心音がうつむきながら言った瞬間、澄香がすっと言葉を投げる。
「責任を感じるのは大事。でも、音はひとりのせいじゃない。むしろ──私は、あなたの“迷い”が音に出てると思う」
その言葉に、心音は顔を上げた。
「迷い……?」
「あなたは誰に向かって弾いてるの? 奏多? それとも、自分の理想? それが決まってない音って、すぐにわかるのよ」
澄香の言葉は、冷たくない。でも、痛かった。
練習が終わったあと、心音は校舎裏のベンチに座っていた。
少し遅れて、陸が隣に腰を下ろす。
「……今日のこと、気にしすぎないで」
「でも、私……」
「澄香先輩の言葉は、たぶん、心音の“変化”に気づいてるからこそだと思う。
前の心音だったら、あんなふうに弾けなかった。
今の君の音は──誰かを想ってる音だよ。だから、揺れるんだ」
心音は驚いて、陸の横顔を見つめる。
陸は視線を外したまま、言葉を続けた。
「……僕、君と組めてうれしい。澄香先輩がどうとか、奏多先輩がどうとか、そういうのじゃなくて。
僕は、君の“これから”の音を、隣で聴きたいんだ」
心音の胸の奥が、静かに熱くなった。
陸のチェロの音のように、低く、やさしく、温かい想いだった。
帰り道。
夜風に揺れる街灯の下、心音はようやく自分の中にあった“沈黙”がほぐれていくのを感じていた。
まだ不協和音かもしれない。
でも、それは響こうとする意思があるから。
そして──誰かの音に寄り添いたいと願っているから。
小さな歩幅で、心音は前に進み始めていた。



