週が明けても、発表会の余韻はクラスの中に残っていた。

 「神谷くんたち、めっちゃよかったよね!」  
「うん、ピアノとヴァイオリンのとこ、鳥肌立ったもん」

 そんな声が、心音の耳を通り過ぎていく。

 (届いたんだ、わたしの音も……きっと)

 まだ鼓動が少しだけ速い。
 でも、後悔はしていない。

 あの日、ベンチで美月と交わした言葉が背中を押してくれていた。
 今なら、言える気がした。ちゃんと「好きです」と。

 放課後、心音は意を決して音楽室へ向かった。

 奏多がいる。
 そう思って扉を開けた瞬間──

 「……来年は、音大に行くつもりです」

 誰かの声が聞こえた。

 「神谷くん、あの学校……やっぱり狙ってるんだ」

 それは、澄香と奏多の会話だった。
 扉の隙間から漏れるその声に、心音の足が止まる。

 「でも、心音は気づいてないんでしょ? あなたが──」

 「……澄香」

 奏多の声が遮った。いつになく低く、緊張を孕んでいた。

 「言わないでくれるか。まだ、伝えてない」

 心音は、息をのんだ。

 (……何? 何を、隠してるの?)

 胸がざわつく。
 扉を開けて入っていく勇気が、急にどこかへ行ってしまった。

 そのまま、静かに引き返す。

 足音を忍ばせながら、階段を降りていくと、
 胸の奥に鈍い痛みがじわじわと広がっていく。

 「……知らなかった、神谷くんのこと」

 同じ音を鳴らしたはずなのに、
 同じ未来を、想像していたと思っていたのに。

 (わたしだけが、立ち止まってる?)

 窓の外は、いつの間にか雨が降っていた。

 夕焼けも、空の青も見えなくなったグラウンドを見つめながら、
 心音は、自分の中で何かが“狂い始めている”ことに気づいていた。