発表会当日の朝、空はどこまでも澄んでいた。

　体育館のステージには、すでに観客が集まり、
　次々と披露される演奏に耳を傾けていた。

　自分たちの番が近づくにつれ、心音の鼓動は速くなる。
　楽器ケースを抱えたまま、息を整えると、背中をぽんと叩かれた。

　「大丈夫。君の音、ちゃんと届くよ」

　振り向けば、奏多がいつもの優しい笑みを浮かべていた。

　「……ありがとう」

　そう答えた声は、ほんの少し震えていた。

　その隣で、美月が静かにオーボエを組み立てている。
　澄香も口元を引き締めながら、深呼吸をしていた。

　この四人で演奏するのは、きっと今日が“はじめての完成形”。　


　名前を呼ばれ、ステージに立つ。

　ライトの熱、客席のざわめき、沈黙──
　すべてを背負って、心音はヴァイオリンを構えた。

　ピアノの導入が始まる。

　奏多の指先が紡ぐ、静かで穏やかな旋律。
　そこに、オーボエとフルートの繊細な響きが重なり、
　そして、心音のヴァイオリンがそっとその間を縫うように加わった。

　（大丈夫、私たちは、ひとつになれる）

　緊張の糸が、すこしずつ解けていく。
　それぞれの音が、互いを支え、補い、響きを広げていく。

　ソロパートに入る直前、心音はほんの一瞬、奏多を見た。

　彼は、まるで「任せた」とでも言うように、目で合図を送った。

　心音は一歩、踏み出す。

　（聴いて。私の“想い”を──）

　心の奥からあふれるように、弓を動かす。
　震える音が、やがて熱を帯び、天井へと昇っていく。

　気がつけば、演奏は終わっていた。

　観客の拍手が波のように押し寄せてくる。
　心音は、肩の力を抜いて深く息を吐いた。

　やり切った。今の自分にできるすべてを、音に込めた。

　袖に戻ると、澄香がすっと近づいてきた。

　「……すごくよかった。ねえ、心音」

　「うん？」

　「……やっぱり、神谷のこと、好きなんだよね？」

　その言葉に、心音は一瞬、言葉を失った。

　でも──うなずいた。

　「うん。たぶん……好き、なんだと思う」

　「……そっか」

　澄香は、少しだけ遠くを見るように笑った。

　「美月がね、前に言ってたの。“あの人の音は、誰かの光になれる”って」

　（……美月さんも、奏多くんが好きなんだ）

　胸が、少しだけ痛んだ。

　でも同時に、音でつながった今日という日が、
　心音に勇気をくれていた。

　（私は、ちゃんと、自分の気持ちと向き合おう）