週明けの月曜。
 昼休みの中庭には秋の光がやさしく差し込んでいた。

 心音は、校舎裏にあるベンチに静かに座っていた。
 そこに、背後からオーボエケースを抱えた美月が近づいてきた。

 「ひとりですか?」

 「うん。ちょっと、音の整理してたの」

 「……ご一緒してもいいですか?」

 心音はうなずいて、隣をぽんと軽くたたいた。

 しばらく、風の音だけが二人を包んでいた。
 そして、美月が小さく口を開いた。

 「前の学校で、私は──演奏ができなくなった時期がありました」

 唐突な告白だった。

 「……え?」

 「演奏会の直前に、オーボエのリードが壊れて。代えも効かなくて、本番で音が出なかった」

 美月は、まるで他人事のように淡々と話す。

 「会場には、推薦の審査員がいたのに。自分のせいで、グループの評価が下がって……それで、私は、辞めたんです」

 心音の胸が、ぎゅっと痛んだ。

 「でも、どうしてこの学校に……?」

 「──神谷くんが声をかけてくれました」

 その名に、心音の胸が少しだけざわめいた。

 「前の演奏を、どこかで聴いてくれてたみたいで。
 “あのときの音を、もう一度聴きたい”って」

 美月は、ほんの少しだけ笑った。
 その笑みは、悲しみと照れと、微かな期待が混ざっていた。

 「それが……うれしくて、逃げたままじゃいけないって思ったんです」

 (奏多くん……)

 心音の中で、あたたかな感情と、ちくりとした痛みが交錯する。
 美月を救ったのは、奏多の音だった。
 そして今も、美月の支えになっているのは───彼の言葉だ。

 「……私、朝比奈さんの音、好きだよ。深くて、やさしくて、すごく丁寧で……。
 なんか、言葉よりも正直に伝わってくる感じがする」

 心音の言葉に、美月の目がわずかに見開かれた。

 「ありがとう。あなたのヴァイオリンも……すごく、まっすぐで、温かいです」

 その言葉に、心音は照れくさそうに笑った。

 でも、心の奥では、小さく胸がきしむ。

 (あの人の“好き”が、誰かに向いていたとしても──)
 (それでも、私は、私の音で応えたい)

 音楽でしか伝えられないことが、あるのなら。
 私は、それを信じたい。

 秋風がふわりと二人の間を吹き抜け、ベンチの上に落ち葉が舞った。