「また差し入れ、ですか?」
 事務所で旭の大きな溜息が漏れた。目の前の机には人気ドーナツショップの箱が二つ並んでいる。
「うん」
 幸成が椅子に座りながら、箱を開けて「一つどうぞ」と勧めると、旭は溜息を返した。
「せめてラインナップ考えてくださいよ」
 箱の中を見て幸成にジト目を向ける。
「オールドファッション、美味しいよ?」
「えぇ。でも毎回これ一択って……このお店、他にも沢山種類があるでしょう?これじゃあ、みんな流石に飽きますよ」
 旭は再び溜息を吐いた。というのも、幸成はここ数日に渡ってドーナツショップでオールドファッションを同じ個数買って来ていた。初めはアルバイト達が喜んで手をつけたが、深夜に差し掛かる時間帯の差し入れとしては重過ぎる上に、毎度同じ味に飽きてしまったらしい。次第に喜ぶのはオールドファッションドーナツを好物とする遥真だけになってしまった。
「そっか。次から気をつけるよ」
「まぁ、でも……差し入れは喜んでいましたから」
 旭のフォローもこれが限界だろう。幸成は返事をすることなく唇を尖らせ抵抗を見せる。
「そもそも何でこれなんです?駅前には他にもサンドイッチ屋だったり、色々あるじゃないですか」
「集めているんだよ」
「……はい?」
 旭が聞き返すと幸成は嬉しそうに「見る?」と言いながら財布を取り出して一枚のカードを取り出した。そのカードにはポメラニアンをモチーフにしたキャラクターのマスコット『ポメ郎』が描かれており『ドーナツを食べてポメ郎グッズを貰おう!』と楽しげな文句も書かれている。ポイント毎にポメ郎のお皿やエコバッグ、そしてアルバイト制服を着たポメ郎のぬいぐるみが貰えるようだった。
「ほらこの子、遥真くんに似てるでしょ?よく似てるって言われてるからつい集めちゃうんだって。だから俺もお手伝いしてるの」
 にこにこと話す幸成に、旭は何を言っても無駄だと悟り、もう一度深い溜息を吐いた。
「店長……」
「なんだい?ポイントはあげないよ」
 旭は首を振った。
「……もういい歳なんですから、そんな甘やかしばかりではなくストレートに伝えたらどうです?」
 旭の問いに、幸成は何も答えずポメラニアンのマスコットをじっと見つめて撫でている。
「あなたを見ていれば誰でも分かりますよ。彼のような鈍い人は例外ですけれど……」
 旭がジト目を向けた。呆れたというその口調に、幸成はくすりと笑う。
「君の言う通り、もういい歳だからね。伝えるのが怖いの」
「面倒くさい人ですね。外堀だけもの凄く深く埋めといて」
「酷いなぁ、策士って言ってよ」
 するとそのタイミングでアルバイトの辰巳が事務所に入って来た。
「お疲れ様です、休憩入りま……うわ、またこれ……」
 辰巳が文句ありげな顔で幸成を見た。フリーターで連勤が多い彼はここ連日、幸成の差し入れを夕食代わりにしているため、オールドファッションはもう見ただけで味が口の中に広がるようになっていた。
「お疲れ。良かったら食べてね」
「残すのは嫌なのでいただきますけど……」
 むすっとした顔で辰巳が箱から一つ取り出すと、他の袋を確認して旭と幸成の顔を見た。
「……もしかしてなんですけど、コレ以外のドーナツの頼み方知らないとか……?」
「え?」
「いや、何んでもないっス……」
「この犬のグッズが欲しいそうですよ」
「えっ」
 横から口を挟んだ旭の言葉に、辰巳は目を丸くして固まった。恐る恐る旭の顔を見上げる。目が合った旭が困った顔で微笑むと、辰巳は何かを察して数秒後には黙ってドーナツにかぶりついた。その反応に幸成が口をへの字に曲げると、旭がくすりと笑う。
「似合わない事するからですよ」
「最近は推し活っていうのが流行っているの知らないの?」
「……言ったでしょう、もういい歳なんですって」
 旭はそう言って幸成の肩に手を置いた。同年代に何度も言われると、流石にカチンときたよつで、幸成は目を細める。
「ま、せいぜい策に溺れないようにしてください」
「そこは素直に応援するって言ってくれないんだね」
「え、全部コンプするつもりなんですか?」
 話を横で聞いていた辰巳が、ポメ郎に囲まれた幸成を想像し「ウゲェ」と声を出しながら口を挟むと、旭は吹き出した。
「……次は別のものを持ってくるよ。何が良いか考えといて」
 首を振って答える幸成に、辰巳は安堵の息を漏らした。




「なんだそれは」
 教室に入るなり蒼生が遥真の私物を見て目を見開いた。どさりと隣の席にリュックが置かれ、遥真は席を一つ開けて座り直した。
「ポメ郎だよ。蒼生が言ったんじゃん、僕に似てるって」
「違う、俺が聞きたいのはその量だ」
 そう言って蒼生は新しい遥真のペンケースを取り上げる。中にはポメ郎のがノック部分に付いたボールペンもあった。
「幸成さんがくれたんだ。僕が似てるって言われてるって話したら、なんか幸成さんもポメ郎好きになっちゃったみたいで。他にもまだ家に沢山あるんだ。使いきれないから今度蒼生にも持って来るよ」
 嬉しそうに話す遥真に蒼生は大きな溜息を吐いた。
「……要らない。ていうか普通、アクセサリーとかじゃないのか?」
「え、ポメ郎グッズにそんな大人っぽいのあったっけ?」
「……いや、なんでもない」
 何か言いたげな顔で遥真を見たが、ポメ郎のペンケースが視界に入ってその気が失せたようだった。
「あ、そうだ」
 遥真はスマホを取り出すと、スケジュールアプリを開き出した。そのスマホケースもポメ郎のイラストの物に変わっており、蒼生はギョッとした。
「今日って兼彦何限から?」
「四限だけだよ。二限は休校になったみたいだけど……兼彦に用か?」
「うん。昨日、返しそびれちゃって」
 そう言って遥真はカバンから一冊の本を取り出した。気になっていた小説を兼彦が貸してくれたのだ。
「文化祭の資料がなんだって最近は更に忙しそうだからな。ま、あいつのことだからもうすぐ学校には来るんじゃないか?」
 蒼生が目を細めた。その顔が不貞腐れているようにも見えて、遥真はくすりと静かに笑う。
 ここ最近、兼彦は家に帰っても学生団体の仕事に時間を費やしていた。遥真や蒼生には仕組みが分からないが、夏休み前に終わらせておかないと許可や申請の通らないものがあるらしい。そのせいもあって、大学にいる間は部室に籠り、遥真や蒼生と過ごす時間も減っていた。更に言えば、遥真はここ最近、蒼生と兼彦と校門前で待ち合わせるのをやめた。鈴音の一件からだいぶ日が経ち、もう殆ど大学内で囁かれる事もなくなっていた。それに幸成という過保護な送迎役が付いている事もあり、学内で心配するようなことはもうないだろうという、三人で出した判断だった。
「俺が代わりに渡しておこうか?」
 忙しそうではあるが、家で話さない訳じゃないと蒼生が言った。しかし、遥真は首を横に振って断った。
「ううん。自分で返すよ、ありがとう」
「そうか」
 そのタイミングでチャイムが鳴る。遥真の横で蒼生が参考書とノートを取り出すと、遥真のカバンに付いた小さなポメ郎と目が合った。
「……にしても増え過ぎだろ」
「だから、あげるってば。ほら、シバ太もいるよ?」
 遥真はポメ郎の親友、柴犬のシバ太を蒼生に差し出す。以前から少しつり目なところが蒼生に似ていると思っていたが、それは本人には伝えないでいた。
「要らないっつーの」
 蒼生は訝しげに見つめて溜息を吐くと、遥真に顎で前を向くように言った。



「兼彦、学校近くの喫茶店にいるって」
「は?」
 講義が終わり、スマホを取り出した遥真が画面を見て蒼生に伝えた。蒼生は眉を寄せ、訝しげな顔をしながら同じように自分のスマホを確認する。
「……俺には連絡来てないぞ」
「僕が朝連絡したからかなぁ」
「だとしても、なんで喫茶店?あいつが一人で作業するのに店なんて使わないだろ」
「んー……。気分転換じゃない?」
「どうだか」
 蒼生は顔を顰めたまま机に広げていた荷物をリュックに詰め込んだ。何が蒼生の癇に障ったのか分からず、遥真は苦笑いを浮かべた。


 兼彦との待ち合わせの喫茶店は、校門を出て数分の距離にあった。創業何年かはわからないが、二階建ての外壁を蔦が覆い、白い壁は所々が色褪せている。大学付近ということもあり、学生に人気でそれなりに人の出入りはあるが、某人気コーヒー店ほど入り浸る人は少なかった。現に遥真も数回しか入店したことがない。
蒼生はしょっちゅう通っているようだが、兼彦は基本的に蒼生から呼び出された時にぐらいしか足を運ばない。だからこそ遥真と蒼生はこの店を兼彦が指定してきたことに疑問を抱いていた。
 店の前に着くと、遥真と蒼生は顔を見合わせた。窓から見える店内は閑散としていて、カウンター席はがらんとしている。その奥のテーブル席に兼彦がいるのが見えのだが、ノートパソコンを出してはいるものの、画面は閉じられたままなようだった。
「誰かと喋ってるみたいだね」
 兼彦の声は聞こえなかったが、相槌を打つ素振りが見えた。目ははっきりと開いているのが見えていたので、眠気に負けて舟を漕いでいるようには見えない。
「……遥真じゃないが、変な女に捕まっている……とかか?」
「まさか。兼彦なら上手くやるでしょ」
「好きなタイプなら分からないだろ」
「どうでもいいけど、さっきからなんでそんなに不機嫌なの?」
「……お前には関係ない。ほら、行くぞ。兼彦が生活力のない男だって教えてやらないと、相手が可哀想だ」
「え、ちょっと!」
 遥真の止める手を振り払い、蒼生は喫茶店の扉を開けた。ドアベルが鳴ったと同時に兼彦が扉の方へ視線を向ける。蒼生と目が合った兼彦はギョッとした。その表情を見た蒼生は遥真にだけ聞こえる小さな舌打ちをすると、そのままずんずんとテーブル席へと向かって行く。
「蒼生っ」
 その後ろを慌てて遥真が追いかけると、遥真に気が付いた兼彦が、更に罰の悪そうな顔をした。それを受け、遥真は首を傾げる。しかし、蒼生は止まらず、テーブル席に着くなりテーブルに思い切り手を付いた。ノートパソコンを避けてくれたのは蒼生なりの譲歩だろう。
「……兼彦。休校になった途端女遊びとは感心しないな?」
「……はぁ?」
 兼彦が気の抜けた声を出す。惚けるな、と蒼生が言い終えると同時に、兼彦の正面に座る者が溜め息混じりで口を開いた。
「……俺のどこが女なんだ」
「え、晃満くん?」
 遥真の声にハッとして蒼生はようやく兼彦の正面に座る人物の方を見た。
「あきみ……つ?」
「よぉ、久々だな」
 蒼生は口をポカンと開けた。その横で兼彦は小さな溜息を吐く。
「……大学に向かおうとしたら偶然会ったんだ」
「そ……そうなんだ」
 気まずそうに遥真が答える。断る兼彦を無理矢理晃満がここに連れてきたのは容易に想像できた。晃満は横にずれて席を開けると、遥真に座るよう促した。
「いつ、こっちに?」
 遥真は腰掛けながら恐る恐る尋ねた。晃満の転勤先は飛行機を伴う距離だと聞いている。
「昨日の最終便でな。溜まっていた有休消化だよ。実家に帰るついでにお前の顔を見にきたんだ。あれから全然連絡を返してこないのはあんまりだろ。こっちは心配しているってのに……」
「あはは、ごめん……」
 流石に連絡をしなさすぎたと、遥真は素直に謝った。
「叔母さんも心配していたぞ」
「母さんが?でも、もう心配することなんて何もないよ」
 ね、二人とも。と遥真が蒼生と兼彦に同意を求めると、二人は静かに頷く。あれから鈴音は潔く身を引き、その後はとにかく遥真の生活を脅かす者はいない。幸成と暮らすことで安心と安全を保てているし、何より、想いを寄せる彼の側に置いてもらえている事が幸せだった。
 まぁ、そんな事晃満くんには言えないけど……。
「確かに連絡しなさすぎたかなぁ、ちょっとバイトも忙しくて」
「バイトねぇ」
「うん。えっと、僕今バーで働かせて貰ってて」
「聞いた。あの男が店長なんだろ」
 晃満の返答に遥真は一瞬固まり、静かに頷く。嫌な緊張感が背中に走り、背筋が伸びた。
「あと、あの男の家に借金して住み始めたのも聞いたな」
「……うわぁ、筒抜けだ」
 返す言葉が見つからない遥真が戯けて答えると、晃満は眉間に皺を寄せた。以前、遥真の家庭教師として部屋に招いていた幸成と鉢合わせてから、幸成に対して悪い印象を持ち続けている。当時、幸成と遥真の間には何もなかったが、たった一瞬の誤解によって生まれた嫌悪感と警戒心は、もともと貧乏くじを引きがちな遥真に対して超が付くほど過保護だったせいもあり、なかなか解かれず今に至る。遥真の側から幸成が居なくなってからは、その過保護も少し落ち着いてはいたが、事あるごとに顔を出すため、蒼生と兼彦とも顔見知りになっていた。
 そんな訳で、現状を全て知らせてしまえば、卒倒してしまうのではないかと思い、母親にも口止めをしていた。だが、甥っ子の帰省に浮かれてうっかり口を滑らせてしまったのだろう。観念した遥真は、大きな溜息を吐いてから「黙っててごめん……」と晃満に言った。
「おかしいと思わないのか?」
「……おかしいって?晃満くんがここにいる事?」
 皮肉を交えて言い返す遥真に、晃満の表情は一層険しくなった。嫌な空気を察して、蒼生と兼彦が「煽るな」と口を揃えて遥真を嗜める。
「考えてもみろ。ただのアルバイトを自分に借金までさせて自宅に囲い込むなんて、普通じゃないだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
 遥真は言葉を濁しながら口を尖らせた。
「でも、そもそも幸成さんは優しいし!昔馴染みの僕を放って置けなかっただけだもん。借金だって、僕が頷きやすいように提案してくれただけで……」
「お前な……頭の中までお人好しか?はっきり言わないと分かんないなら言ってやる。オッサンが若い男囲おうとするなんて普通じゃない」
「待て、囲うなんて言い方はやめろ。最上さんのとこへ行けと言ったのは俺達だ」
 流石に見兼ねた兼彦が口を挟んだが、晃満に強く睨まれ黙り込む。
 何を言っても屁理屈しか返さないと思われ、遥真も口を曲げた。すると、晃満は座り直して遥真に尋ねた。
「……いくらだ?」
「え?」
「借金。俺が払う。要は借金さえなければ、あいつと住む意味はなくなるんだろ?」
「ちょ……待ってよ。だとしても晃満くんが払う意味が分からないってば!それにそんな大金……!」
「アパートの違約金だろ?大した金額じゃない」
「ま、社会人にとっては一括で払える額だよな」
「蒼生」
 黙っている事に飽きた蒼生が口を挟み、兼彦に嗜められた。
「それにあの男がまともだと仮定したとしても、親戚が払った方がまだ体裁が良いだろ」
 晃満の言い分は尤もで、遥真は一瞬黙り込む。どう言い返せば丸く収まるのか、頭の中をフル回転させた時だった。
「部屋探しだって手伝ってやる。なんなら仕送りだってしても良い。いいか。冷静に考えろよ?中学生に手を出す社会人だ。一緒に住むなんて危険すぎる。これ以上お前に何かあってからじゃ遅い。それに……」
「それ、まだ続くの?」
 溜め込んだものを吐き出す様な深い溜息をした遥真が、眉を寄せ、困った顔で静かに尋ねた。店内が急に静まり返り、さっきまで全く気にならなかったジャズの音がはっきりと聞こえる。
「……遥真」
 遥真の握った拳が震えているのが見え、蒼生が静かに声をかけた。眉を寄せ、遥真は首を振るとゆっくりと口を開く。
「……さっきから言い過ぎだと思うよ。晃満くんはさ、幸成さんのことよく知らないじゃん……」
 遠慮がちに遥真が言うと、すかさず晃満は言い返した。
「別に知らない訳じゃない。俺は一般論を言ったまでだ。まぁ、あいつが十以上離れた年下に興味があるとは思えないけどな」
「おい。自分の憶測で何もかも決めつけてこいつを縛るのはやめろ」
 晃満の言葉を遮り、兼彦が強い口調ではっきりと言った。晃満は一瞬何かを言いおうとしたが、直ぐに口を噤む。またも四人の間に静寂が流れた。
「……あのさ、晃満くん」
 最初に口を開いたのは遥真だった。
「僕ね、幸成さんと暮らし始めてから嫌なことなんて何一つ起きてないよ。むしろ、楽しくて……凄く心地良い。安心して暮らしてる」
 口にすると気恥ずかしさが込み上げたが、同時に笑みが溢れる。幸成と暮らし始めてからの事が次々に頭の中に浮かび上がった。思い返せば、幸成はどんなに忙しくても自分を優先してくれていた。何が食べてみたいだの、これが好きだのと、遥真が何の気なしに漏らした些細な一言すら覚えていてくれる。そして何より、遥真の考え方や選択を尊重してくれた。そんな人が側に居てくれるだけで幸せで、文句など何一つ浮かばない。心地良いと言える生活が送れるなんて、少し前の自分には考えられない事だった。
「でもさ、安心して良いよ……」
 力無い笑いを交え、遥真が震えた声で言った。
「晃満くんが想像しているようには、たぶん……ならないから」 
 遥真は顔を上げてきっぱりと言い切った。幸せを感じる半面、晃満の言う通り「年下に興味がない可能性」だって一理ある。それは少なからず考えられる事だと分かっていた。分かっていて、見て見ぬふりし、気が付かない振りをして過ごしていた。もちろん、蒼生と兼彦に言われた様に期待している自分もいる。だが、そんなのは自分の希望でしかない。やはり年の離れた同性なんて、相手にされない確率のが高いに決まっている。そう思い込んだ遥真の目に、今にも零れ落ちそうな涙が浮ぶ。その小さな雫が頬を伝うのを目の当たりにした晃満は、思わず息を呑んだ
「遥真……」
「……ごめん。僕、帰るね」
 遥真は早口でそういうと、止める蒼生と兼彦の声を振り切り店を出ていった。入り口の扉が勢いよく閉められ、ドアベルが大きく揺れる。再びジャズの音だけが店内に響いた。あれだけ捲し立てるように喋っていた晃満は、一点を見つめたまま固まっている。
「あのさ」
 蒼生が大きな溜息を吐きながら口を開いた。
「一番辛い時に近くには居られなかった負目があったのはわかった。だけどな、好きな子いじめて楽しいか?」
「なっ、お、俺は別にっ!」
 蒼生の発言に、晃満は勢いよく赤くなった顔を上げた。そのわかりやすい反応に二人は顔を見合わせる。
「……晃満、アンタ踏み込みすぎ。まぁ、気持ちはわかるよ?取られる前に取り返したかったもんねぇ?」
「なっ……お、俺は兄として」
「だったら今更だ」
「いやマジでそれな?」
 蒼生が兼彦に同意すると、晃満の眉が一層深く皺を寄せる。その表情を見て、蒼生は「怒るとこじゃないから」と鼻で笑いながら突っ込んだ。
「あいつのことが好きなら、もっと近くでちゃんと支える姿勢を見せないとダメだったんだよ。俺も異動願い出すから一緒に住め!ぐらい言わないと。自分の支配下に置くだけ置いて、それが一番安全だなんてよく言えたよ」
「その点じゃ最上さんは非の打ち所がないな」
 兼彦の合いの手に蒼生は「勝ち目ないね、一ミリも」と晃満に追い打ちをかける。晃満は文字通り肩を落とすと、静かに息を吐いて二人の前でテーブルに頭を思い切り打ちつけた。
「……俺、最悪すぎだろ」
「全部今更だな。頭に血が昇りすぎだ。大人ぶって一番冷静さに欠けている」
「ま、自覚したならまだマシだな。ちゃんと遥真に謝れよ。そうしたら俺らは水に流してやる。まぁ、遥真自身が流すかは分からないけど」
 な?と蒼生が兼彦に同意を求めると、兼彦は静かに頷いた。
「ついでに昼時だし、ここで済まそうぜ。財布もいる事だし」
 財布という単語にぴくりと背中が反応し、晃満が顔を上げた。その額は少し赤くなっているのが見え、蒼生はニヤリと笑う。晃満は一瞬顔を引き攣らせたが、静かにジャケットの内ポケットから財布を取り出した。
「分かったよ……代金はここに置いておく。釣りは要らないから好きなの頼んで食ってくれ」
 一万円札をテーブルに置くと、晃満は立ち上がった。が、その腕を直ぐに蒼生に掴まれる。
「……なんだよ」
「遥真の後を追うって言うなら離さない」
「は?今、お前謝れって」
「本ッッ当、空気読めないなぁ……。遥真のことは最上さんに任せろって。そしたら遥真も観念するだろ。あとお前はもう少し頭を冷やせ。そのまま行っても良いことないから。そんで、ついでに空気を読む努力をしろ」
「はぁ?どういう」
「晃満、何食うんだ?」
 納得のいかない顔の晃満に、今度は兼彦がテーブルの端からメニューブックを取り出して押し付けた。
「……分かったよ、頭冷やせば良いんだろっ」
 二人に押し負けた晃満はメニューブックを受け取りながら渋々と席に着く。
「分かれば良し。ちなみに俺はナポリタンの大盛りとデザートにジャンボバナナパフェで」
「俺はハンバーグステーキとライス。デザートはコーヒーゼリー」
「……遠慮ねぇなマジで」
 観念した晃満が溜息混じりに答えると、蒼生が目を細めて「そりゃ、俺達の大事な親友泣かせたからな」ときっぱりと言ったのだった。