一つ息を吐いてから、吉野は手をかけたドアをがらりと開く。その音に顔を上げた佐渡は、吉野と目が合うと、ふふっと機嫌良さそうに笑った。


「いらっしゃい」


佐渡のその機嫌良さそうな顔を見ていると、まんまと誘いに乗ってしまったことが少しだけ恥ずかしくなり、吉野は何も返さずにドアを閉める。


「あれ、吉野くんどこ行くの?」

「自習スペースですけど」


ドアを閉めた吉野はカウンター前を素通りして奥に向かおうとするが、その途中で佐渡に呼び止められる。


「なんで?こっちに来ればいいじゃん」


“こっち”と佐渡は、カウンターの中を指差す。


「俺は今日当番じゃなく、いち利用者ですから」


そう言って歩き出そうとした吉野だったが、今度はカウンターの向こうから伸びてきた手に腕を掴まれて止められる。


「そっち行っちゃったら、遠くなっちゃうでしょ。寂しいよ」


深い意味なんてない。深い意味なんてないんだ。わかっている。わかっているから静まれ心臓!

己に強く言い聞かせているうちに、顔にまで力が入ってしまってなんだか怒っているみたいになってしまう。それを見て、なぜか佐渡は可笑しそうに笑った。