「何でもいいけどそろそろ行くぞ。次、移動教室なの忘れたのか」

「ああーそういえば。理科室だっけ?ちょっと遠いな」

「そう思うならさっさと行くぞ」


仕方ないなーと佐渡が歩き出し、吉野はぎょっとする。「ちょっ、先輩」と声を上げると、先に歩き出していた佐渡のクラスメイトが振り返った。


「……おい佐渡、後輩は置いていけ」


ええーと不満そうな声を上げ、「置いてなんていけないよ」と佐渡はぎゅっと吉野を抱きしめる。


「先輩、ふざけないでください」

「そうだぞ、ふざけるな佐渡。お前が授業に遅刻するのは自業自得だが、後輩と俺を巻き込むな」


もう一度「ええー」と不満そうな声を上げ、ようやく佐渡が、それも渋々と吉野を抱きしめていた腕を離す。
解放されてほっとする気持ちと、先ほどまですぐ近くにあった温もりが遠ざかった寂しさとが、一緒になって吉野の中を駆け巡る。


「もう、理科は理科室でやらないといけないって誰が決めたの?」

「強いて言うなら理科の教師だな。ほら、行くぞ」


先に歩き出したクラスメイトの背中にこれ見よがしなため息をついてから、佐渡は吉野を振り返る。