「なに?」

「なにって、お前がひとに教科書持たせたままいなくなっていつまでも戻ってこないから、呼びに来たんだろ」


顔は知っている、でも名前までは知らない。けれど佐渡との会話を聞いていれば、クラスメイトなのだろうなとは予想出来た。


「急に走り出してどこに行ったのかと思えば、後輩に絡むな」

「絡んでるんじゃないよ、これはスキンシップ。ねー?吉野くん」


スキンシップという言葉に喜びそうになるのを気合いで抑えて、「いえ、絡まれています」と吉野は答える。


「本人は絡まれてるって言ってるぞ」

「吉野くんは照れ屋だから。さっきも、二人っきりになりたいって言われたし」

「言ってません」


喜びは気合いで抑えられても、高鳴る鼓動まではどうにもならない。先ほど耳元で喋られた時に、更に跳ね上がったせいもあるだろう。
佐渡に気付かれていないことを願って、吉野は表情だけはいつも通りを保つ。