「よーしのくん」


背後から聞こえた声に振り返る間もなく、後ろから伸びてきた腕に絡みつかれ、そのまま体を後ろに引っ張られるようにして抱きしめられた。
驚いて思わず出そうになった声を飲み込んで、吉野は顔だけで振り返る。


「急にそういうことされるとびっくりするのでやめてください、先輩」


振り返らずとも予想はついていたが、やはり背後から吉野を抱きしめていたのは佐渡だった。


「吉野くん、こうしてみるとサイズ感が女子っぽいよね。昔からあまり変わらないこのフィット感」


そう言って佐渡が抱きしめる腕に力を込めるから、吉野は慌てる。
なにせここは学校の廊下だ。それも休み時間の廊下。あっちにもこっちにも人がいて、そのほとんどが吉野と佐渡の方をチラチラ見ている。


「どうせ俺は先輩より小さいですよ。もういいでしょ、離してください」


佐渡がいる、ただそれだけでそこに注目が集まるのに、その佐渡が後輩に抱き着いているだなんて、視線を集めないはずがない。
そしてその集まった視線は、佐渡はもちろんだが吉野へも注がれる。
教室の隅で空気のようにして生きて来た人間には、最早苦行と言ってもいい時間だった。