「うひゃ、聞きしに勝るイケメンくんだねー。真っ直ぐな眼差しの初々しさがまたたまらないなあー」
 開口一番、宮田はいつものペラっとした声で初対面の相手の第一印象を述べ立てる。普通そんなん頭で思っとくだけにするもんじゃないのか? しかし空気はペラっとしてても決して貶してはいないし、むしろちゃんと言い当てている。俺たちも何ともリアクションしにくい。
 微妙に青ざめて様子を窺う俺と神岡をよそに、須和くんは嫌な顔をするでもなくぺこりと頭を下げて微笑んだ。
「宮田さん、初めまして。須和翔吾といいます。大学3年です。どうぞよろしく」
「ああ、何から何までまっさらだ……めっちゃ感動……あ、僕は宮田優斗です。そこの美容室『カルテット』で美容師やってます。店の評判は結構いいのでよかったら是非ご来店ください。どうぞよろしくー」
 須和くんの爽やかな態度に、宮田はいたく好感を抱いたらしい。いつになく感じの良い笑顔で挨拶を返している。
 初顔合わせ、滑り出しはまずまずだ。俺と神岡はひとまずほっとした笑顔を見合わせた。









「やっぱ肉だよねー、熱いうちにガッツリいかないとね。ほら須和くん、これもいい感じに焼けた」
 須和くんの向かい側で、宮田は手際良く肉をプレートへ並べて頃合良く焼いてはホイホイと須和くんの皿へ乗せていく。
「うっま。肉がとにかく美味いですね……いい肉だって一口目でわかります。ジューシーで溶ける。美味い」
 須和くんもまた、乗っけられた肉を片っ端から平らげていく。普段の控えめで穏やかな彼とは違い、本能を剥き出しにして食欲を満たすその姿は、まさにぴちぴち男子大学生だ。
「宮田くん、前も思ったが、肉焼くのが上手いな」
 須和くんの横で、神岡がビールを傾けつつ改めてその手捌きに感心する。
「器用ってのはありますかね、美容師ですし。あと、目の前にこういう仕事があるとどんどん片付けたくなる性分というか。あ、焼くのハイピッチすぎたら言ってくださいね、はは。
 ところで、須和くんって食べ方綺麗だよねえ。野菜も全然好き嫌いないみたいだし、箸の使い方も綺麗だし。何というか、育ちの良さを感じるんだけど?」
 宮田に話を振られ、須和くんは箸を止めて何となく宙を見つめた。
「……育ちがいい、っていうんですかね? ああいう環境。
 しつけがいろいろ細かくてうるさかった、ってのはあるのかな。黙って言われることを守ってましたけど」
「うん。きちんと守る子っぽいよねー。いろいろなものを踏み外さない真面目ないい子で、でも君本人は息苦しさを悶々と溜め込んじゃう。違う?」
 そんなことを言って宮田はさらっと微笑む。ああああ、踏み外しそうで怖いのはあんただぞ!!
 須和くんは、少し宮田の顔を見つめてから、浅く笑った。
「——ええ、そうですね。宮田さんの言う通りです。
 いや、『言う通りだった』と表現しようかな。俺の中では、今回そういう息苦しい殻を一つ突き破った気でいるので」
「そうそう、須和くん、本当頑張ったよね。俺も、批判的な両親に自分の主張をビシッと突きつけるなんて怖くてそうそうできない。親って、なぜか子供にとって絶対的な壁に見えるんだよね。本当は必ずしもそうじゃないのに」
 俺は、焼いた肉や野菜を適当に皿に乗せ、ビールのグラスと一緒にリビングのローテーブルへ運びながら会話に加わる。マットの上で遊ぶ子供たちからあまり長時間目を離すのも気になるからだ。
「いえ。これはもう完全に三崎さんと神岡さんのおかげです。お二人に背を押してもらえなければ、俺は絶対に両親と向き合って自分の話なんかできなかった。
 神岡さんの言葉で、父も随分変わった気がします。何と言うか、これまでは他人に対してあからさまに見せていた軽視や嘲笑のようなものを、何かに包んだように表に出さなくなりました。
 自分自身こそが正しいという思い込みが全くの勘違いだったと、はっきり気づいたせいなのかもしれません」
「僕自身も、親との関わりを長く悩んだからな。どうしても言っておきたいと思ったことを伝えたつもりだが、それが何かお父さんの役に立ったのならよかった」
 そう微笑む神岡に、宮田はビールのグラスを呷って平然と突っ込む。
「神岡さんは押しも押されもせぬ超セレブリティですからね。この人の言葉っていうのはもうそれだけで大砲並みの破壊力を持つし、厳しくも真摯な言葉を真正面から浴びた日には大抵の人はすっ飛ぶよね。お父さん、めちゃくちゃに凹まなくてよかった」
「いや、ぶっちゃけた話かなり凹んでました」
 須和くんはポリポリと頬を掻いて苦笑する。
 ふとグラスを置き、宮田が美しい微笑で須和くんを見つめた。
「ラッキーなことに、君は現段階で相当な出会い運を持っている。
 けど、このマンションを出れば、とりあえず君はひとりきりで歩き出すウブい大学生だ。真っ直ぐ綺麗なだけじゃ渡っていけない社会が待ってる。そして君は、この先も僕たちと同じ苦しみを心の奥に抱えて歩いていかなければならない。そうだろう?
 ——それ、結構怖くない?」

 あくまで穏やかな口調だが、その微笑の奥底には、美しいだけではない挑戦的なものがはっきりと感じられる。
 なあーーーー、何で須和くんの不安を煽るんだよそうやって!!?
 俺も神岡も、内心ハラハラとしながらこの会話の行方を見守る。

「…………ああ、こういうところですか」

 これまでの柔らかさをすっと消して宮田を見つめ返し、俄かにクールダウンした須和くんの表情と声に、俺たちは今度こそガチで青ざめた。
 やばいやばい、一気に関係決裂か!!?

「み、宮田くん、仮にもこれから独り立ちしようとしてる子に、そういう言い方は……」
「須和くん、あんまり深刻に取り合わずにさ、なにぶん酒の上の話だし……」
 俺たちのフォローも、何とも弱腰で情けない。 

「いいえ。いいんです、全然」
 一瞬強張った空気を破り、須和くんはさらっと爽やかな笑顔になってそう言った。

「宮田さん。あなたはいろんな面を持つ面白い人だって、三崎さんたちから聞いてました。本当にそうみたいですね。
 けど、済みませんが、そういう態度に面白いリアクションをするタイプじゃないみたいです、俺。いちいち怒ったり取り乱したりするの、苦手なんですよね、はは。
 それに、今あなたの言った言葉は、全部本当のことですよね? これまで馬鹿みたいに取り繕ったお世辞とか耳を塞ぎたくなるようなくだらない噂話を散々聞かされたのに比べたら、これほど心地いい言葉はないなあと、むしろそんな気がして」

「…………」

 須和くん、すげえ。
 宮田のクソな一面を、こういう風に受け止められるって、マジ!?
 ちょっと思ったより懐の大きいニュータイプ男子だ、須和くん……
 俺と神岡が向ける密かな尊敬の眼差しになど気づかず、須和くんは続けた。
「あなたのおっしゃる通り、俺は巣から出たばっかりのウブい大学生です。もしご迷惑でなければ、これから一歩一歩前へ進むアドバイスを、あなたからもいただければと思っています。どうぞよろしく」


「…………へえ」

 しばらく須和くんをじっと見つめた宮田は、小さく声を漏らした。

「どれだけ無菌状態の純粋培養くんかと思っていたら……はっきり言って驚いた。僕のクズっぷりをこんなふうに受け止めたヤツは、ちょっと初めてかもしれない」

 宮田は手元のグラスをぐっと飲み干すと、改めて須和くんに向き合った。

「須和くん。君はこれから部屋探しをするってことだったよな。
 もし君が嫌じゃなかったら、僕とルームシェアしてみる? なかなかお洒落なマンションが部屋代折半で超お得だよ」


「…………は???」

 あまりにもぶっ飛んだ宮田の提案に、須和くんより先に俺と神岡が間抜けな声を出していた。