会社付き医師である佐伯に紹介された病院で、俺は精密検査を受けた。
 あちらこちらを調べられる不安と不快感に耐えながら、検査はとりあえず終了した。

「柊くん。この前受けた精密検査の結果が出たらしい。今日、佐伯先生から僕に連絡があってね。
 結果を伝えたいから、できたら来週月曜に医務室へ来てほしいそうだ」

 検査を受けてから、10日ほど経過した金曜の夜。
 帰宅した神岡が、満面の笑みで俺にそう伝えた。

「重大な疾患などは全くないから、とりあえず安心してほしいって、佐伯先生が言ってくれたんだ。うーん、今日の夕食は久々に美味しく食べられるぞ!」

 帰ってくるなりそう教えてくれる神岡の言葉に、ずっと塞ぎ気味だった俺の気持ちもやっと明るく解放された。
「そうですか……はあ。よかった!! それ聞いて、俺も緊張がやっと解けました」
「今日は金曜だし、取っておきのスパークリングワイン開けちゃおうか。何だかお祝いしたい気分だ」
 神岡は、まるで子供のようにウキウキと美しいボトルを冷やしにかかる。


「……ということは、月曜は簡単な結果の説明で済む、と思っていいんですかね?」
 今日の夕食である筑前煮の鍋の火を細めながら、俺は『俄かには信じられないことなのよね』と呟いた佐伯の言葉を思い出していた。

「でも、今日連絡をくれた時、少し説明したいことがある……とは言ってたんだよな、彼女。
 ……それに、この前の『喜ばしいことかもしれない』っていう謎の言葉も気になるし……」
 神岡も、鍋の蓋を開けてくんくんと嬉しそうにその湯気を嗅ぎながら、そんなことを呟く。

「——ねえ、柊くん。もし君が嫌じゃなければ……月曜日、君と一緒に僕も説明を聞いていいかな?」

「ええ、俺は構わないですけど……
 そうなってくると、何だかだんだん気になってきますね、その『説明』の中身が……」

「何はともあれ、深刻な病気などじゃないことはわかったんだから、まずは祝おう! 美味しい食事の前に、ここしばらくの心配を洗い流してこようかなっ♪」
「あーーー!! 樹《いつき》さんっ何度も言ってますけどここで脱がないでくださいっっ! 脱衣所がちゃんとあるでしょっ!?」
「んーーーだってもういろいろ待ちきれないし♪♪」
「…………とっとりあえず、理由はどうあれ人前で簡単に脱いだりしちゃいけませんっ!!」

 そんなこんなで、俺たちは久しぶりにほっとくつろいだ気分で乾杯し、美味なワインと夕食をゆっくり味わったのだった。









「…………柊くん、いい匂いする」

 久々の安堵感と上質なワインのおかげで、心地いい酔いに満たされたその夜。
 柔らかなキスを交わしながら運ばれたベッドで、俺の首筋に唇を寄せながら神岡がそう囁く。

「ん……
 そうですか?
 ボディソープもシャンプーも、いつもと一緒ですけど」
「……んー、そういう匂いじゃなくて……
 なんだろう、たまらなく甘くて、温かくて……
 なんていうか、理性のブレーキがぶっ飛ぶような……そんな匂いだ」
「えっ……なっなんですかそれは……樹さん、今日飲みすぎじゃないですか??」

「……飲んだせいなのかな……?
 どちらにしても……」

 いつもより更に濃いキスはやがて耳へ移り、耳朶にきゅっと歯を立てられる刺激の強さに、俺はびくっと反応した。

「……っ……!」
 思わずその肩を遠ざけようと抗ったことが彼を煽ったのか、その腕に強い力がこもり、ぐっと強引に引き戻された。
 俺の両手首をベッドにしっかりと押さえ込んだ彼は、美しい獣のような微笑で俺を見下ろす。

「だめだよ、逃げたりしちゃ」

「…………」

 溶けるほどに脳を刺激するその低い囁きに——あろうことか、俺は組み敷かれる獲物の快感に溺れながら彼の瞳を見上げる。


 俺の頬にふわりと彼の髪が触れ——首筋を優しく辿った唇が、そこへ甘く歯を立てた。
 自分でも呆れるほどの甘ったるい喘ぎが抑えようもなく溢れ出す。

「……ん……っ……」

 その喘ぎを零すまいとするかのように、荒々しい彼の唇が俺の唇を強く塞ぐ。
 暴れたがる吐息を押さえ込まれる苦しさが、俺の意識を一層強烈に揺さぶる。


 愛することに、男も女もない。
 こうして抱き合う度に、これでもかと思い知らされる。
 互いを愛したいと欲する紛れもない感情が、こうして抑えようもなく互いの身体を突き動かすのだから。

 いかにも男らしく逞しい強さで身体の奥を突き上げるその衝撃と快感に、俺は彼の肩に強く腕を回し、ただ必死にしがみつく以外にない。


「……っ……、柊…………
 もっと、欲しい……どうしようもなく」


 自分自身の放つ匂いに、抗いようもなく導かれ……
 その夜俺たちは、幾度となく深く互いを求め合った。









 翌週、月曜日の夕方。
 俺と神岡は、医務室で佐伯の向かい側の椅子に座っていた。

「副社長、余程三崎さんのことが気になるようですね……なんだか当てられちゃいます、うふふっ」
 佐伯のそんな柔らかな冗談に、俺も神岡も微妙に赤面しつつ俯いた。

「あ、ごめんなさい。では今回の検査の結果をお伝えしますね。
 いろいろ詳しく検査した結果……三崎さんは、どうやら両性具有の身体であることが分かりました」

「……両性具有……??」
 何だか微妙な響きのその言葉に、俺たちの心細い声がシンクロする。

「ええ。
 つまり、男性としての機能と女性の機能、両方を体内に持っている、ということです。
 最近続いていた症状は、女性で言う『生理』に当たるものです……やはり、私の最初の見立て通りでした」


「……………………」

 彼女の口から飛び出した事実のあまりの衝撃に、俺も彼も言葉が出てこない。


「……驚きましたよね?
 私自身、この結果には驚きました。何となく勘が働いたにしても、こんなふうに目の当たりにするとは思わなくて」

「……あの。
 俺、今まで生きてて、そんな違和感を感じたことなんて一度もなかったんですが……どうして、ここに来て急にそんな……?」
「うーん……なにしろ前例がないから、これはあくまで私の推測なんだけど……
 もしかしたら、今お付き合いしているお相手に刺激されて、眠っていた機能が活性化した……とか、そういうことは一因として考えられるかもしれないわね」

 佐伯の冷静な説明に、俺たちは思わず一気に赤くなった。

「……それで、先生。その機能は、今後どうなるんですか?
 三崎くんの身体に何か負担や悪影響などは……?」
 ふと不安げに佐伯を見つめ、神岡が真剣な声で問いかける。
「そういう深刻な心配は全くないから、大丈夫よ。三崎さんも、心身共にこれまでと特に何も変わったりはしません」
 佐伯の明瞭なその回答は、ざわざわと不安な俺たちの心をとりあえず落ち着けてくれた。


「……ただ」

「————」

 佐伯のその一言に、俺たちはギクリとして次の言葉を待つ。


「もしかしたら……妊娠は可能になるかもしれない」


「…………は??」

 全く予想していなかった方向へすっ飛び出した佐伯のコメントに、俺たちは再び呆然と言葉を失っていた。