下らない話

 玄関のドアの開く音が、一瞬で俺を現実に引き戻す。
「ただいまー」
 ベッドから出ようとするが樹がしがみ付いていて間に合わず、俺はドアに背を向けたまま顔を捻った。
「何…してるの」
 樹の母親が呟いた。
「あの、熱があって寒いって‼︎布団とか分かんなくてとりあえず仕方なく…」

 俺は見逃さなかった。
 その瞳に浮かんだ動揺と、説明を聞いてからの安堵の表情。

「え⁈熱…」
 樹の母親が部屋に入って来て樹に触れた。
「あー、結構高そう‼︎ありがとうね…」
 そう言った後、俺の腰に回された樹の腕や重なり合った脚に目を向けた。

 何か言わなければと思うのに言葉が出てこない。

「小さい頃、よくこうやってしがみ付いて脚の間に自分の脚挟んできたんだよね…不安だったり寂しかったりすると…」
「…え」
「ごめんね、暑かったでしょ?」
「いえ、大丈夫です」
 俺にしがみ付いている手が優しく剥がされた。
 上半身をそっと起こして右脚をベッドの下に着き、ゆっくり左脚を抜いた。
 ベッドから降りて立ち上がった俺の身体は樹の熱でじっとりと汗ばんでいる。

「良かったらシャワー使って?」
「いや、家近いんで大丈夫です」
 後ろめたい気持ちで、まともに目を合わせる事ができない。

 脱ぎ捨ててあったワイシャツを拾い上げ、リュックを肩にかける。
「いい友達がいてくれて本当に良かった」
 わざとそう言われているような気になり死にたくなった。

「冷やしたりとか、まともな看病できなくて…すいませんでした。俺帰りますんで」
「とんでもない‼︎助かりました。ありがとう…」
「じゃ」
 軽く頭を下げて部屋を出た。

「また来てね、是非」
 俺は返事をしなかった。できる訳がなかった。