午後の業務が始まる頃には、外周りから戻って来た翔真先輩が会議に合流した。
先輩は甲斐くんからの連絡を受け、帰社を前倒しにしてくれたらしい。
「ゴメン。俺が任せっきりにしてたから」
「いえ。こちらこそ報告悪くて申し訳ありませんでした」
とりあえず、昼休憩の前後でプレゼン資料は仕上げた。
ここから質疑応答に耐えられるだけの内容の読み込みと理解が必要になる。
『大丈夫そう?』
そんなチャットメールの返信には、イイネのスタンプ。
「相手との打ち合わせは、三時からだっけ」
翔真先輩は会議室に腰を下ろすと、スマホからプレゼン資料を開いた。
「元稀、練習するか」
「はい」
今回の仕事に関しては、事前に何度も擦り合わせはしてきた。
相手は初めてとなる新しい取り引き先だし、どう出てくるか予測が難しい。
今回甲斐くんにプレゼン担当を任せたのは、翔真先輩と新井室長の判断だ。
新しい取り引き先との関係構築に、新人を当ててフレッシュに行きたいと相談された。
実は彼には内緒だけど、二人の案に私と藤中くんは反対した。
入社して二年目のまだ新人の彼に、新規の大口企業を相手にするには荷が重すぎるんじゃないかって。
それでも彼にこの話を振ったとき、「頑張りたいです」っていう熱意に、任せてみようという気になった。
甲斐くんの作業が遅れていそうな感じはしてたけど、宮澤さんとも相談のうえ、あえて室長とかチームの皆で、相談されるのを待っていた。
相談しにくい空気は出してなかったつもりだけど、結局今日の今日まで甲斐くんにそれが出来なかったのは、私たちのせい。
しかも日程の把握ミスなんて……。
「あの……。申し訳ありませんでした!」
チームの皆が居並ぶ会議室で、甲斐くんは盛大に頭を下げた。
「自分じゃ間に合うつもりだったんですけど、確認が悪かったっていうか。普段からちゃんと進捗報告してればって。せっかく任せてもらえたんだし、出来れば先輩たちの手を借りずに、自分で最後までやりたいとか思っちゃって。皆は他の案件も抱えてたし。とりあえず資料さえ仕上げれば後は何とかなるかなって。本当は昨日のうちに終わらせるつもりだったんですけど……。って、言い訳するのも見苦しかったですよね」
静まりかえった会議室に、静寂の音が鳴り響く。
翔真先輩のため息が漏れた。
「ま、会議資料が時間十分前に完成なんてザラだし?」
「文章はとにかく、これだけデータと図が出来てりゃ、あとはぶっつけ本番でもなんとかなるでしょ」
藤中くんが、ぼーっとノートPCのマウスをクリックする。
「今回は初回だし、顔合わせのつもりで。そんなに気負うことないし。甲斐のデビュー戦ってことで」
新井室長はニヤリと大胆な笑みを浮かべ、宮澤さんはしっかり直してきたメイクとヘアスタイルで、やっぱりネイルを気にしている。
「そうよ。これくらいのことでビビってたら、この先やっていけないよ」
甲斐くんが、これほどヘコんでいるのも珍しい。
ガラにもなく落ち込んでいる彼を見ていると、自然と助けてあげたい気分になる。
「平常心! ほら背筋伸ばして! 間違えてたって、堂々としてればいいの。いつもの強気さを忘れちゃダメよ。そこが甲斐くんの良い所なんだから」
「はは。何だそれ。天野先輩、ひでー」
彼のやんちゃな顔に、ようやく笑顔が戻ってきた。
「本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」
「よし! じゃあ、やるか!」
「はい!」
新井室長の気合い入れが入った。
藤中くんが会場にプロジェクターをセッティングし、他の皆で椅子や机を並べる。
「じゃ本番前に、サクッと予行練習しときますか」
室長の合図で、翔真先輩が部屋の明かりを消した。
表紙扉が画面に映し出されると、甲斐くんは配布用にプリントアウトしたコピーを手に取る。
教育係である私は壇上に立つ彼を後方で見守り、藤中くんがスライドを動かす。
びっしりと書き込まれたメモを見ながら、彼の持つポインターの赤い点が、画面を滑り始めた。
先輩は甲斐くんからの連絡を受け、帰社を前倒しにしてくれたらしい。
「ゴメン。俺が任せっきりにしてたから」
「いえ。こちらこそ報告悪くて申し訳ありませんでした」
とりあえず、昼休憩の前後でプレゼン資料は仕上げた。
ここから質疑応答に耐えられるだけの内容の読み込みと理解が必要になる。
『大丈夫そう?』
そんなチャットメールの返信には、イイネのスタンプ。
「相手との打ち合わせは、三時からだっけ」
翔真先輩は会議室に腰を下ろすと、スマホからプレゼン資料を開いた。
「元稀、練習するか」
「はい」
今回の仕事に関しては、事前に何度も擦り合わせはしてきた。
相手は初めてとなる新しい取り引き先だし、どう出てくるか予測が難しい。
今回甲斐くんにプレゼン担当を任せたのは、翔真先輩と新井室長の判断だ。
新しい取り引き先との関係構築に、新人を当ててフレッシュに行きたいと相談された。
実は彼には内緒だけど、二人の案に私と藤中くんは反対した。
入社して二年目のまだ新人の彼に、新規の大口企業を相手にするには荷が重すぎるんじゃないかって。
それでも彼にこの話を振ったとき、「頑張りたいです」っていう熱意に、任せてみようという気になった。
甲斐くんの作業が遅れていそうな感じはしてたけど、宮澤さんとも相談のうえ、あえて室長とかチームの皆で、相談されるのを待っていた。
相談しにくい空気は出してなかったつもりだけど、結局今日の今日まで甲斐くんにそれが出来なかったのは、私たちのせい。
しかも日程の把握ミスなんて……。
「あの……。申し訳ありませんでした!」
チームの皆が居並ぶ会議室で、甲斐くんは盛大に頭を下げた。
「自分じゃ間に合うつもりだったんですけど、確認が悪かったっていうか。普段からちゃんと進捗報告してればって。せっかく任せてもらえたんだし、出来れば先輩たちの手を借りずに、自分で最後までやりたいとか思っちゃって。皆は他の案件も抱えてたし。とりあえず資料さえ仕上げれば後は何とかなるかなって。本当は昨日のうちに終わらせるつもりだったんですけど……。って、言い訳するのも見苦しかったですよね」
静まりかえった会議室に、静寂の音が鳴り響く。
翔真先輩のため息が漏れた。
「ま、会議資料が時間十分前に完成なんてザラだし?」
「文章はとにかく、これだけデータと図が出来てりゃ、あとはぶっつけ本番でもなんとかなるでしょ」
藤中くんが、ぼーっとノートPCのマウスをクリックする。
「今回は初回だし、顔合わせのつもりで。そんなに気負うことないし。甲斐のデビュー戦ってことで」
新井室長はニヤリと大胆な笑みを浮かべ、宮澤さんはしっかり直してきたメイクとヘアスタイルで、やっぱりネイルを気にしている。
「そうよ。これくらいのことでビビってたら、この先やっていけないよ」
甲斐くんが、これほどヘコんでいるのも珍しい。
ガラにもなく落ち込んでいる彼を見ていると、自然と助けてあげたい気分になる。
「平常心! ほら背筋伸ばして! 間違えてたって、堂々としてればいいの。いつもの強気さを忘れちゃダメよ。そこが甲斐くんの良い所なんだから」
「はは。何だそれ。天野先輩、ひでー」
彼のやんちゃな顔に、ようやく笑顔が戻ってきた。
「本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」
「よし! じゃあ、やるか!」
「はい!」
新井室長の気合い入れが入った。
藤中くんが会場にプロジェクターをセッティングし、他の皆で椅子や机を並べる。
「じゃ本番前に、サクッと予行練習しときますか」
室長の合図で、翔真先輩が部屋の明かりを消した。
表紙扉が画面に映し出されると、甲斐くんは配布用にプリントアウトしたコピーを手に取る。
教育係である私は壇上に立つ彼を後方で見守り、藤中くんがスライドを動かす。
びっしりと書き込まれたメモを見ながら、彼の持つポインターの赤い点が、画面を滑り始めた。



